5.任命
やるせない気持ちと失望を抱え、ジャニィの二年はどんよりと流れた。
その間に王子やシンクフォイルたちは、それぞれ自分の場所に戻っていった。
その代わりではないが、ジャニィの元には新たな子供たちがやってきていた。
ジャニィの日常は相も変わらず教師暮らしだった。
基礎体力の鍛錬で、子供たちが中庭をグルグルと走っているときだった。
「ジャンセン君、ここにいたのですな」
退屈そうに中庭の中央で子供たちを見ていたジャニィの元に祭事長がやってきた。
珍しく、いつものゆったりしローブではなく、書記官用の制服を着こんでいる。
「どうしたのです? 授業でもあったのですか?」ジャニィは祭事長の制服姿を見て言った。
「たまには、こういうのも良いもんですな。気分が締まりますぞ」
祭事長は書記官用の制服の袖を見ながらご満悦だ。
「ところで、ジャンセン君、ちょっとお話がありますぞ」
祭事長は襟元を正すと、少しだけまじめな顔つきになった。
「実は先ほどエレファン王に呼ばれましてな。『真王の証』の件で相談を受けましたぞ」
「『魔王の証』? なんです?」ジャニィは怪訝な顔つきになった。
「そうでしたな。ジャンセン君は知らなかったですな……、ヴォーアム王国では、王子が一八歳になると、『真王の証』を授かる旅に出るしきたりがありましてな。ウチの王子も来月で、めでたく一八歳になりますな。そこで、この旅について、相談を受けましてな」
「旅の相談?」
「そうですぞ。ジャンセン君も知ってのとおり、ウチの王子はあの調子。少しはたくましくなりましが、このご時世では、いやはや危なっかしいばかりですな」
ジャニィは王子の顔を思い浮かべた。
「まあ、そうですが……」
「王も心配なようでしてな。本来は護衛など付けず、身分を隠しての一人旅がしきたりですな。しかし、こっそり後をつけて旅の記録を取るくらいなら問題ないと仰いましてな」
「こっそり後を、ですか……」
「そうですぞ、こっそり後をつけ、王子の旅の記録を取る……、というのは名目ですな」
祭事長は、そこで少し優しい顔になった。
「有事の際には王子に手を貸せ、というのが王の本心ですな。まあ、なんとも親バカな話ですぞ」祭事長は、ハッハッハと笑い出した。
あの王子にして、この王ありだな。とジャニィは思った。
「それでその書記官の制服ですか?」
「うん? ああ、これは私の正装ですぞ。祭事長といっても文官であることには変わらないですからな。王との謁見には正装と決まっておりますぞ」
「はあ? では?」ジャニィには着地点が見えなかった。
「うん? 感の良いジャンセン君にしてはめずらしいですな。キミですぞ。ジャンセン君。キミが後をつける役目ですぞ」
「は? 俺が?」ジャニィが素っ頓狂な声を上げた。
「おやおや、そんなにビックリすることですかな?」
「えっ? でも俺はこうみえても騎士団ですよ。ここの子供たちだって……」
ジャニィは中庭を走る子供たちを見遣った。
「ここの教師は後任を探しますぞ。そして、ジャンセン君、キミは今日から書記官になりますぞ」
突然の任命にジャニィは言葉が出なかった。
「キミの部屋に書記官用の制服を運ばせておきましたぞ。早速それを着てエレファン王の元へ向いなされ」
祭事長は、茫然とするジャニィの肩に手を置いた。
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