Journal Journey ~魔王罪として処刑する~
柚須 佳
プロローグ(真歴一五〇〇年一月)
1.白樺
十六色の虹を感じた。
目の前の中空に揺れる膜のようなものを、『虹』と言って良いのか分からないが、とにかく美しかった。
ゆらゆらと揺れるその膜は、呼吸とも鼓動ともとれるリズムで形状を変化させ、まるで生き物のように思えた。
ただ、その形状自体は意味をなさず、服に滴った液体が無造作に染みを作り、広がって行くそれに似ていた。
男がその膜に手を伸ばし、指先で触れようとした瞬間、膜は一瞬ではじけ、まばゆい閃光と共に男の視界を奪った。
「本当に戻ったのか?」
男はつぶやき、左手で目を擦り、視界が戻るのを待った。
男が森で目覚めてから、この虹を見たのは、三回目だ。
この症状が、疲労からくる眩暈のようなものなのか、あるいは、何か幻導の力による副作用的なものなのか、男には判別ができなかった。
視界が戻ると、あらためて、ここが雪深い森の中だと思い知らされた。
男は白樺の木に寄りかかり、投げ出された足先を、ぼんやりと見つめていた。
先ほどの虹の残滓が、視界の片隅で揺らいでいる気もするが、それはきっと体温で溶けだした雪が、目元を流れているにすぎないのだろう。
どれくらい、ここに座っていたのだ?
男は自身に積もった雪を払いながら、体の感覚を確かめた。
だいぶこわばってはいるが、手足が動かないということはなさそうだ。
胸や腹、腰や背中に至るまで、どこにも痛みは感じないし、傷のようなものもない。
「大丈夫そうだな」
男は全身に力を込め、寄りかかっていた白樺の木を支えに、のろのろと立ち上がった。
「ふぅ」と一息いれ、辺りを見回したが、吹雪が酷く、殆どなにも見えなかった。
見えるものはといえば、ただ白樺が並んでいるだけで、右も左もまったく同じ景色に思えた。
しかたなく、男は左手の白樺を目指して、歩き始めた。
雪に足を取られ、風に視界を奪われ、やっとの思いで、その白樺までたどり着いたが、やはり景色は変わることなく、また次の白樺が現れるだけだった。
男はうんざりしたが、次の白樺を目指した。
そして、たどり着いたのなら、また現れた白樺へ。
そして、また次の白樺へ。
さらに、その先の白樺へ……。
こうして男は、点と点を結ぶように、白樺の木を自身の足跡で結んで行った。
どれくらい経ったのだろう?
しばらくすると、白樺の点の間隔が幾分か広がってきたように感じた。
森を深さで図るのなら、少しは浅瀬に近づいたのだろうか?
男がそう思っていると、吹雪が弱まっていることに気が付いた。
視界は開け、遠くに何かの明かりが見えた。
距離はまだ随分ありそうだが、きっとあれは篝火だろう。
男は疲れた体を引きずり、ぼんやりと輝く、虹ではない光を目指して歩き続けた。
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