第6話 ケンとデート
ケンと死闘を繰り広げてから三日程が経った。私はケンに勝ったからと言って油断しないで特訓を続けていた。ケンに勝てたのだから確実に強くなっている感じはする。けれど、まだ足りない。あの脳みそ筋肉女のディアナに勝たなければならないのだ。私の破滅フラグを折るためにも。
「よお。モニカ。元気にしてたか?」
この無駄に爽やかなイケボで私の名前を呼ぶ人。その心当たりは一人しかいなかった。
「ケン。何ですか? また戦いに来たのですか?」
ケンとの戦いは何度だって受けて立つつもりだ。戦いに勝てば好感度が上がるし、私も経験を積んで強くなれるし一石二鳥だ。
「いや、やめとく。またあのゴリラみたいなパワーで金的食らったらシャレにならないからな」
「なんですの! もう一回蹴られたいのですか!?」
「ひ、や、やめろよ! 俺はまだ男として終わりたくねえ!」
ケンが滑稽にも股間を抑えている。そんなにあの一撃がトラウマだったのだろうか。
「そんなに弱い所なら鍛えたらいいのに」
「鍛えられるようなもんじゃねえぞ!」
そうなのかな? 前世も現世も女の私にはわからないな。
「そうだ。今日はキミにお願いがあって来たんだ。今度の休みの日にちょっと買い物に付き合ってくんねえか?」
こ、これは!? 世間一般で言うところのデートなのでは? そうだ。これも漢女ゲームとはいえ、イケメンと恋愛出来るゲーム。悪役令嬢として転生した私にもその権利はあるんだ。
どうしよう。私、生前も彼氏いなかったし、これって実質初デートなのでは!? 初デートの相手が漢女ゲームのイケメンだなんて……
「ええ。構いませんわ」
私は毅然とした態度を取る。ここでテンション上げたら、私の方がケンとのデートを楽しみにしていたみたいな空気になる。それは避けたい。私は主導権を握りたいタイプなのだ。
「実はプレゼントを買いたくてな。どうしても女子のセンスに頼りたくてね」
「なんなんですの? 他の女性のプレゼントを買うために、わたくしを連れ出すんですの?」
私はケンに対して不信感を抱いた。私は本命を落すための踏み台になるんかい。その本命もどうせ、主人公のディアナなんでしょう。ああ、やだやだ。転生するなら主人公が良かったなあ。
「なんで拗ねてんだよ。プレゼントを贈る相手は妹だよ。い・も・う・と」
「な、なんだ。妹さんでしたの。ほほほ。わたくしったら。ついうっかり」
そういえば、ケンには妹がいるという隠し設定があった。ゲーム本編ではあまり触れられていないことだけれど、設定資料集の隅っこの方に書いてあった。ゲーム本編にはないイベントを受けて、私はこの世界のリアルさというものを思い知った。
◇
ケンとのデートの日。私は精一杯のオシャレをすることにした。私は貴族の令嬢だから、欲しいブランドの服やアクセサリは買い放題だ。だけれど、私はまだ学生の身。あんまりゴテゴテに着飾っても却って分不相応になるだけだ。ここは学生らしく、シンプルな私服姿で行くことにしよう。
少し高めの生地を使った白いワンピースを着て、真珠のネックレスを付けてデートに挑むことにした。
髪型も下して、普段とは違う雰囲気を作り出す。うーん。やっぱり、モニカのキャラデザというか容姿は本当に素晴らしいものがある。私も生前はこういう顔に生まれたかった。そうすればもっとオシャレを楽しむことが出来て、私の人生はバラ色のものだっただろう。
まあ、私は結果的にこの顔に生まれることが出来て良かったと思っている。客観的に見てもモニカは美人だ。
私は身支度を整えて、ケンとのデートの待ち合わせ場所に向かった。待ち合わせ場所には既にケンがいた。腕時計をチラチラ見てなんだか落ち着かない様子だ。
「ケン。御機嫌よう」
「お、おう……モニカか」
ケンは私の姿をまじまじと見つめている。どうやら、見惚れているようだ。こういう反応を見ると頑張ってオシャレをした甲斐があった。私の生前の容姿ならこうはならなかっただろう。凄い。これが令嬢パワーというやつなのか。腹筋は割れてるけれど、顔は本当にいいからね。
「うふふ。今日はわたくしの貴重な休日を割いて一緒にいてあげるのですよ。そのことを光栄に思いなさい」
「ふふ……ああ、わかったよ。モニカお嬢様」
なんだか軽くあしらわれたような気がしたけれど、まあいいか。今日はケンとのデートを楽しもう。
私達は付かず離れずの距離を保ちながら、オシャレな商業区を歩く。女性向けのブランドのお店が立ち並び、道行く人は皆上等な恰好をしているオシャレな人や、カップルばかりだ。私達も傍から見たらカップルに見えるのだろうか。
「なあ、プレゼントは何がいいと思う?」
「やっぱり気持ちが籠っているのが良いと思いますわ。妹さんの好みの物を贈ると自分は大切にされていると思う。それが女心というものですわ」
「なるほど……あいつの好みはあんまりよくわかんないんだよな。最近あんまり口きいてないし」
「あら、そうなのですか?」
プレゼントを贈る仲だから、てっきり仲がいいと思っていたのだけれど、どうやらそうではないらしい。
「昔は結構仲が良かったんだけれどな。あいつも年頃なのか、俺と一緒にいるのを嫌がるようになってな。俺も最初はそんな奴放っておこうみたいな感じで冷たい態度を取ってしまった。それが余計にお互いの溝を深くしてしまったんだ」
年頃の男女の兄妹とは難しいものだね。私には兄弟がいないからよくわからないけれど。
「だから、最近の女子に流行しているものを贈りたくてな。出来るだけハズレがない奴がいい。モニカならきっといいプレゼントを選んでくれるはずだ」
「中々難しい注文をなされますね。ハードルを上げないで下さいませ」
モニカの中に入っているのは、私だ。とてもじゃないけれどセンスに自信がない。この世界の女子がどんなものを好んでいるのかなんて、私にはわかりようがないのだ。
まあ、それでもケンのために一生懸命プレゼントを選ぶことにしよう。とりあえず、アクセサリなんかいいと思う。ケンの妹がどれだけのサイズかわからないから、サイズ調整できる奴がいいな。
私達は手近なアクセサリ屋に入ることにした。その店はシルバーアクセサリを中心とした品ぞろえをしている。
「うーん……このネックレスとか良さそうですわね」
「そうかな。まあ、モニカが言うならそうなんだろうな」
「あーでも、こっちのブレスレットも捨てがたいですわね」
「確かに」
色々と目移りして決まらない。それだけこの店の品ぞろえが豊富で良いものばかりあることの証左であろう。
「これなんかいいのでは?」
私は結構な値がするブローチをケンに勧めた。するとケンの表情が一気に崩れる。
「ゲ……高いな。これ」
「名門貴族の出が何を躊躇しているのですか」
「金持っているのはウチの親父だけさ。俺はそこまで持ち合わせがあるわけじゃない」
名門貴族と言っても色々あるんだな。アルスター家は自由に使えるお金が沢山あって良かった。お陰で結構贅沢させて貰っているし。
ケンの予算的にもアクセサリは厳しいんじゃないかという説が浮上してきた。決して買えないわけではないが、低価格帯のアクセサリに欲しいものがないのだ。
「仕方ない別の店に行くか」
その後なんやかんや店を物色して、結局有名ブランドの刺繍が入ったシルクのハンカチを買ってプレゼントすることになった。そこそこの値はするもののケンの予算でも買えたし、プレゼントとしては最適だろう。
「モニカ。今日は手伝ってくれてありがとうな」
ケンが握手を求めてきた。私はそれに応えてケンと握手をする。すると、私の中に新しい力が目覚めるのを感じた。
これは、攻略対象キャラの好感度が上がった時に技を覚える現象。今日のデートでケンの好感度が一定以上になったんだ。
モニカ・アルスターは飛び膝蹴りを覚えた。
それが感覚的に理解できた。この技……早速試してみたい。どこかに試し打ちできる相手はいないのだろうか。
「きゃーひったくりよー」
突然女性の声が聞こえてきた。如何にも不審者な風貌をした男の人がこっちに駆け寄ってくる。
「どけ! 女ァ!」
丁度いい機会だ。私は空中に飛び上がり、ひったくり犯に向かって飛び膝蹴りを放った。
ひったくり犯は後方に吹き飛び、気絶してしまった。物凄い威力だ。流石打撃の鬼と評されているケンの技だ。
「や、やるなモニカ……」
ケンは私の活躍を見て虚を突かれたような顔をしている。自分の技をあっさり物にされたという複雑な気持ちもあるのだろう。
その後、ひったくり犯は憲兵に突き出されて、私は女性に感謝をされた。
今日はいい一日だったと思う。ケンと親密になれて技も覚えられたし、ひったくり犯を捕まえるといういいことをしたお陰で気分が晴れやかになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます