第13話 タイムリミット

 私の体が宙に舞った。一体何が起きたのか理解できなかった。ただ、浮遊感を得られた。この感覚は覚えがある。そうだ。私がトラックに轢かれた時と同じ。死ぬ間際、世界がスローモーションに感じる。そんな感覚。ああ、私、これから死ぬんだ。


 そう思った瞬間、私は地面へと叩きつけられた。


「げほ……!」


 地面に叩きつけられた衝撃がダイレクトに打ち付けられる。そして、じわじわとやってくる顎の痛み。どうやら、私は顎を殴られて宙へと舞ったようだ。


 一瞬のことだった。ディアナは一瞬でケンの拘束から抜けて、私の顎に一撃を食らわせた。もはや時空が歪んでいるとしか思えないくらいのスピードだ。強すぎる……勝てない。なんだ。この化け物は。


「顎は砕かないであげたの。流石にあんたも女の子。顔面が変形するほど殴ったら可哀相だからね……だから」


 仰向けになって倒れている私に向かってディアナが近づいてくる。まずい。逃げなきゃ。そう思うけれど、痛みで体が動かない。もう体の機能の一部が損傷しているようだ。


 そして、ディアナは私に近づき、私の腹部を思いきり踏みつけた。


「あが!」


「あんたの内臓を破裂させてあげる。ふふふ。子供が生めない体になっちゃうかもね」


 それは……それだけはやっちゃいけないことでしょ! この女は私から、夫がいて、子供がいる。そんな幸せな未来を奪うつもりなの。


 2発目の踏みつけが私のお腹に向かって炸裂しそうな時だった。ヨシツグがディアナの足を掴んで止めた。


「落ちるところまで落ちたなゲスが」


 ヨシツグは心底軽蔑した目でディアナを見つめた。おおよそ乙女ゲーの主人公が言われないようなセリフ。それをディアナは言われてしまったのだ。当然、その言葉を言われてディアナが傷つかないはずがなく。


「ひ、ひどい……ひどいよヨシツグ! モニカが悪いんだよ! モニカが私とあなたを貶めるようなことを言うから! だから、償いをさせようとしているんじゃない!」


 ディアナは恥も外聞を捨てて泣き始めた。そして、泣きじゃくりながら、ヨシツグに打撃を浴びせまくった。本人的にはポカポカという可愛らしい擬音がつく殴り方をしているつもりなのだろう。けど、その一撃一撃が鋼のように重く、一発受ける毎にヨシツグが軽くうめき声をあげている。物凄く痛そうだ。


 その時だった。扉がガラっと開いた。


「なにごとだ!」


 王立学院スラバドールの学長が扉をガラっと開けて入ってきたのだ。学長。確か原作の漢女ゲームではOPに出てきたきり、登場していない影の薄い存在。そんな彼がどうして、今この場に出現したのだろう。


「学長……うえええん」


 ディアナは学長に泣きついた。しまった。ディアナは学長のお気に入りだ。私たちがディアナを泣かしたことになれば、確実に締め上げられるのは私たちの方だ。それだけはなんとしても避けなくてはならない。


「ディアナ君。何事だね」


「あ、あの……学長」


「モニカが私を虐めるんです」


 よく言うわ! これだけ私たちをボコっておいて、よくそんな被害者意識ができたな! 感心するわ!


「なんだと……モニカ君。本当なのかね?」


「いや、それは……」


 私は返答に詰まる。ここで言い訳しても心証が悪くなるだけだ。でも、私はディアナを虐めたつもりはない。


「違います学長。俺たちの傷を見てわかりませんか? この傷は全てディアナ君にやられたものです。むしろ、僕たちがディアナ君の被害者なんです」


 ヨシツグは恐れることなくハッキリとそう言った。その言葉を受けて学長は困ったような顔をした。学長としてはディアナの味方をしたいのだろう。けれど、学長はディアナの強さを知っている。クマでさえボコボコにできるくらいの実力者だと。その実力者がほぼ無傷で、ボロボロになっている私たち。この状況を見たら、私たちの方が真実を言っていると学長は判断したのだろう。


「ふむ……私からではどちらが本当のことを言っているのか判断しかねるな」


「学長ぉ……」


 ディアナは学長に媚びるような視線を向ける。本当になんなんだ。この女は腹立つ。


「よし、それならこうしよう。1ヶ月後、1ヶ月後だ。そこでディアナ君とモニカ君が正式に決闘をしよう。そして、負けた方がこの学院を追放される。それでいいだろう」


「はい、それで構いません」


 ディアナは二つ返事で了承した。しかし、私としては受けるわけにはいかない。


「ま、待ってください学長。決闘は双方の合意がなければ認められない行為。わたくしはその決闘に賛同できませんわ」


 無理だ。1ヶ月以内にディアナを倒すだなんて。学長は私を追い出すつもりなんだ。ディアナにとって都合が悪い存在である私を……


「モニカ君。私を困らせないでくれ。どちらが悪いのか判断できない以上、決闘で判別するしかない。それが漢女の流儀だろう? 決闘から逃げるのは漢女の矜持に反する? 違うかね?」


 学長は強制的に決闘を受けさせるつもりだ。


「やろうよ、モニカ君」


「ヨシツグ……?」


「父さんが言ってたんだ。決闘は正しい者が勝つって。だから、勝ってモニカ君の正しさを証明しよう。キミはなにも間違っていないのだから」


 ヨシツグが言っているのは精神論だ。決闘は正しいものが勝つのではない。強いものが勝つのだ。弱いものがいくら正しさを説いたところで、強者にねじ伏せられたらなんの意味もない。


「モニカちゃん。やろうよ。俺たちもサポートする。練習相手が必要ならいつでも言ってくれ。相手になるから」


 ケンがそう言ってくれた。それは心強い。けれど、それでもディアナに勝てる気がしない。


「決闘を受けないのかね? モニカ君。なるほど……つまり、キミは自分が悪いということが分かっているから、やましいことがあると思うから神聖な決闘ができない。ということだね?」


 学長が超解釈を始めた。どこをどう考えたら、その思考に行きつくのか。小一時間ほど問い詰めたい。


「ち、違いますわ! わたくしはなにも間違っていません!」


「なら、決闘でそれを証明したまえ」


 どいつもこいつも漢ってやつは、一言目に決闘、二言目に決闘。それしか言うことがないのだろうか……でも、それが漢の世界なんだ。


 私はまだ漢女としての自覚が足りなかったのかもしれない。中途半端な覚悟で漢の世界に入っていたのかもしれない。そうだ。漢はいつだって自分の正しさを貫くために戦って来たんだ。漢女の私が戦わないでどうするんだ。


「わかりました……私ディアナと決闘いたしますわ!」


 私は覚悟を決めた。私の破滅フラグはもう見えている。だけれど、それはディアナにとっても同じことだ。私が土俵際に追い詰められたってことは、すぐ近くにもディアナがいるということ。いつ立場が逆転してもおかしくない。それが土俵際の戦いなんだ。


なんにせよタイムリミットは1ヶ月。それまでに私は強くならなきゃいけないんだ。


「では、今から1ヶ月後にディアナ君とモニカ君の決闘だ。負けた方が今回、起こした問題の全責任を負い学院を去る。それで問題ないな?」


「はい」


「ええ。問題ありませんわ」


 ディアナと学長はまさか負けるなんて夢にも思っていないだろう。その余裕が腹立つ。絶対に吠え面をかかせてやる!


「では、ディアナ君。行こうか」


「はい。学長」


 ディアナと学長は去っていった。ディアナも学長の前では猫被っているから、タチが悪い。でも、一体どうしてこのタイミングで学長が来たんだろう。


「フッ、危なかったな。もし、学長があの場に訪れなければ、貴様ら3人の命はなかった。そう思った方がいい」


 低音のイケメンボイスの声が道場の外から聞こえてきた。そして、その声の持ち主が道場の中に入ってきた。この声は忘れもしない。私の推している声優の邦枝くにえだ 晴翔はるとボイス。もうこの声を聴いただけで妊娠しそうである。そのボイスの持ち主は……


「ダリオ・ディーブ!」


「ふっ……俺様の名前を知っているのか」


 鋼の肉体を持つダリオ。彼の防御力の数値は圧倒的に高い。彼の好感度をあげれば、鋼の肉体を得られて防御力が上がるだろう。そうしたらディアナの猛攻も防げるようになるかもしれない。


「ちなみに学長は俺様が呼んでやった。そうでもしなきゃディアナは止められなかっただろうよ」


 そうか。学長を読んだのはこのダリオだったのか……あれ? ダリオってそういう行動を取るキャラだっけ? もっと俺様系で自分の力を過信しているタイプで誰かに頼るのは苦手って感じだったような。


「すまないが、ケンとヨシツグ。咳を外してくれないか? モニカと2人きりで話がしたい」


「あ、ああ。それは構わない。行くぞヨシツグ」


「ん。ああ。モニカ君。また明日」


 ケンとヨシツグは道場を後にした。2人きりで話したいこと? 一体なんなんだろう。


「モニカ……ううん。モニカたそ~」


「は?」


 私の憧れの声でとてつもなく不快な声が聞こえた気がする。なんだろう。友達としてなら受け入れられるけど、恋人には絶対したくない感じ。このオタク臭は一体なんなんだ?


「実は拙者は転生者なのです! モニカたそもそうなんだしょ?」


 だしょ? って、あれ? 転生者?


「え、ええ! あ、あなたも転生者なのですか!?」


「ええ、そうです。あ、後、堅苦しいお嬢様口調ももうやめていいでござるよ。2人きりの時は素の状態で会話しましょう」

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