第12話 歪な愛
ヨシツグに投げ飛ばされたディアナ。受け身を取れずにいたのでかなりのダメージを負ったはずだ。このまま立ち上がらないで欲しい。そう思っていたけれど、ディアナはゆっくりと立ち上がり、ヨシツグを見据えた。
「ふふふ。ヨシツグに投げ飛ばされちゃった。嬉しい……ヨシツグの愛の籠った一撃。とても情熱的で激しい。やっぱりヨシツグは私のことを愛してくれているんだ。この痛み、苦しみを与えてくれるヨシツグが好き」
ディアナは両手を頬に当ててうっとりしている。ダメージを受けて喜んでいるのか。好きな人から攻撃を受けて喜ぶ。それが漢女にとっての最上の幸せだと言わんばかりだ。
「そうかい。ならもう一度食らってくれないかな!」
ヨシツグはディアナに掴みかかろうとする。しかし、今度はディアナがヨシツグの腕を掴み、間接技を決める。腕を固定されて動けなくなったヨシツグはうめき声をあげる。
「私ばっかり貰って悪いから、私の愛もあげるね。ヨシツグの関節に私の愛をたっぷり注ぎ込んであげる」
「ぐ……や、やめろ離せ」
「照れなくてもいいんだよ。実は言うとね。さっきの投げもわざと受けたし、受け身もしなかったのはあえてなの。私が本気を出せば、あの程度の投げ技を躱すのは簡単なの。でも、私は受けた。ヨシツグの
ヨシツグは苦悶の表情を浮かべている。痛みで声すら発せられないんだ。どうしよう。私がなんとかしてヨシツグを助けなきゃ。
私は覚悟を決めた。今、ディアナはヨシツグと密着していて身動きがとり辛い状況だ。なら、この技を当てやすい。
私は跳躍した。そして、膝を曲げてディアナの顔面めがけて落ちていく。これがケンから受け継いだ飛び膝蹴りだ!
ヨシツグに関節技を決めていることに夢中のディアナは私の攻撃を受けられずに直撃してしまった。その衝撃でヨシツグから手を離してしまう。その隙にヨシツグは脱出をした。
流石のディアナも顔面に飛び膝蹴りを食らってはたまらないだろう。ディアナの硬い皮膚とぶつかり、私の膝にもダメージが入る。痛い。これ骨にヒビ入ってないよね?
「ディアナ! わたくしと勝負してくださいませ! ケンとヨシツグの二人をこれ以上傷つけさせませんわ」
私はきれいに着地した。ディアナの顔面にぶつかった膝が少し痛むけれど、これくらいはどうということはない。ケンやヨシツグの方がもっと痛い思いをしているんだ。漢女の私が耐えられなくてどうする。
「モニカ。あれほどビンタしてあげたのに、まだ私に逆らう気なんだ。ふふふ。どうやら貴女に慈悲をあげたのは失敗だったようだね。私の無慈悲な拳で貴女を始末してあげる!」
ディアナが私の方を思いきり睨みつける。寒気がするほどの殺気を放つディアナ。服の中に氷を突っ込まれたかのようなそんな気分だ。
「モニカ君。助かった。けれど、ディアナを怒らせてしまったようだ。勝算はあるのか?」
「そんなものありませんわ。それどころか、わたくしは今、死を覚悟しているくらいですの」
「死を覚悟か……ははは。僕もだ。でも、足掻こう。人間はみんな生にしがみ付く権利があるのだから」
私はヨシツグと共に戦うことにした。二人がかりでも勝てないだろう。けれど、私は諦めたくなかった。例え、無理ゲーだとしても、敗北の確率99パーセントを超えていようとも、諦めるなんて選択肢は取れない。だって――
「わたくしは漢女ですもの! 女の子には意地がありますの! それを見せつけてあげますわ!」
「あはは。そんな意地は私の拳で打ち砕いてあげる!」
ディアナが私に殴りかかってきた。まずい。速い。避けられない。
「あんたの顔にも傷をつけてあげる! 一生残るほどのね!」
ディアナの拳が私の目前に来た。やられる。そう思った時だった。拳は直前でぴたりと止まった。なにが起きているの……
「な! ケン! 貴様!」
ディアナはケンに背後から押さえつけられていた。すっかり戦闘不能になったと思われていたケンだけどなんとか復活してくれたようだ。
「モニカちゃん! 俺がこいつを抑えている! 今こそ最大限の威力の技をぶつけるんだ」
生半可な攻撃では、ディアナの皮膚にダメージを与えることはできない。ディアナの体は鉄でできていると思った方がいいだろう。鉄をも砕く拳。それをイメージするんだ。
私は目を瞑った。そして、イメージした。鉄を砕く自分の拳のイメージを。鉄を砕くなら鉄しかない!
「食らいなさい! ディアナ! これが正真正銘わたくしの鉄拳ですわ!」
私は全身全霊を右手に込めた。そして、ディアナの腹部。一番装甲が薄いであろう場所に思いきり殴りつけた。
ディアナの皮膚が、筋肉が、私の鉄拳を阻む。私の拳がみしみしと音を立てている。私の手が悲鳴をあげている……けれど、ここで押し返されてはいけない。このまま衝撃をディアナの腹部に思いきり押し付けるんだ!
「ぐは……」
ディアナの口から涎が吐き出される。かなりの衝撃を与えられたはずだ。やったか!?
がしっとディアナが私の右手を掴んだ。そして、思いきり握りしめる。私の右手はギチギチと万力で潰されていくようなそんな痛みを覚える。
「きゃあ! い、痛いですわディアナ……」
なんて握力だ。この握力は明らかにゴリラのそれを超えている。筋肉を骨を体のあらゆるものを鍛えている漢女の私でなければ骨は粉砕されていたであろう。
「今の一撃は……効いたわモニカ。認めてあげる。貴女は強い。私の脅威に足りえる存在だ。だから、二度と闘えないようにこの腕を粉々に砕いてあげる。貴女ほどの闘士を失うのは勿体ない気もするけれど……私の脅威を取り払うのが、なによりの優先事項。残念だけどモニカ。貴女はこの短期間で強くなりすぎたの」
ディアナの脅威……? ディアナはなに言っているの。ディアナほど強ければ脅威なんてなにもないはずなのに。
「私は幸せになるんだ! ヨシツグと幸せな家庭を築くんだ!」
ディアナの握力がどんどん強くなる。まずい。このままでは本当に私の骨が砕けてしまう。
「待った!」
ヨシツグの声にディアナが反応した。すると若干握力が弱まる。
「待つんだ。ディアナ君。降参だ。だから、モニカ君の腕を壊さないでやってくれ」
ヨシツグはディアナに向かって頭を下げている。なに言っているのヨシツグ。せっかくここまで戦ってきたのに、ディアナに頭を下げるなんてそれでも漢なの?
「どういうことヨシツグ?」
ディアナがヨシツグを睨みつける。私への処刑に水を差されて苛ついているようだ。もし、返答を間違えればディアナのお気に入りのヨシツグでもただではすまないだろう。
「僕は……キミの気持ちに答えることにする。僕と付き合ってくれないか? ディアナ」
「えぇ!? ほ、本当! 本当に言っているのヨシツグ!?」
ディアナは目玉が飛び出そうなくらい大きく目を見開いた。ディアナの目的はヨシツグと付き合うことだ。その目的が達成されれば、私への恨みもなくなるだろう。でも……
ヨシツグは、ディアナのことが嫌いだと言った。それなのに付き合うって言ったのは……私のためだ。私の腕を守るために、自分を犠牲にしようとしているんだ。
ヨシツグと私の目が合う。ヨシツグの目はどこか切なげだった。まるで気にするなと私に言っているようなそんな気がしたのだ。
ヨシツグは本物の漢だ。誰かを守るために、自分のプライドや立場を犠牲にできる本当に心の優しい漢なんだ。
ヨシツグの心を犠牲にすれば私は助かる。ヨシツグが好きでもないディアナと結ばれてくれれば私の腕は助かる。けれど本当にそれでいいの? 恋愛って好きな人同士が結ばれるものじゃないの? 生理的に無理な相手と無理矢理くっついたところで幸せになれるとは思わない。
そして、残念ながら私も漢女の血が流れている。誰かの不幸の上に成り立つのなら、右手なんかいらない。
「ヨシツグ。冗談はやめてください。貴女、ディアナのことを大嫌いと言ってましたね」
「は?」
ディアナが私を鬼のような形相で睨みつけた。怖い。けれど退くわけにはいかない。
「な! なにを言うんだ。モニカ君が言っていることは出鱈目だ!」
「いいえ、言ってましたわ。ディアナはブスで、性格も性悪で、脳筋で、なに一ついいところがない糞女だって!」
そこまで言ってないけど、思いきり盛ってやった。ここまで言えば、ディアナとヨシツグがくっつくことは阻止できるだろう。
「モニカ! やっぱりアンタを潰す! 廃人になって後悔しろ!」
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