第19話 防御力をあげる特訓
ダリオは私を目前にして深呼吸をして心を落ち着かせている。と言ってもその呼吸はかなり不自然なもので、どちらかと言うと過呼吸といった表現のほうが近いかもしれない。
「ダリオ……? 大丈夫か?」
ケンが心配そうにダリオの顔を覗き込む。
「ふっ。し、心配するな。ケン坊よ」
「ケン坊……?」
ダリオのわけのわからない呼称に戸惑うケン。ダリオはステップを踏み、士気を高めている。
「モニカ……行くぞ」
「ええ。構いませんわ」
ダリオは拳をぐっと握る。
「本当の本当にいくぞ」
「だから、構いませんってば」
さっきからずっとこの調子である。推しであるモニカを殴りたくない。その気持ちはわからないでもない。でも、殴ってくれないと私の特訓が終わらない。
「ぜーはー……ぜーはー……後悔するなよ?」
もう人選を間違えた気がする。でも皮膚を硬質化できるのはダリオしかいない。だから、彼のパンチをどうしても受ける必要がある。仕方ない。こうなったら、手助けしてやるか。
「ダリオ。あなた意気地なしの雑魚ね」
「え?」
ダリオは急に私に
「漢女1人殴れないなんて、とんでもない愚図ね。殴らないことが優しさとでも言いたいのかしら。その理屈が通るのは乙女しかいない。漢女は戦いの中でこそ輝き、羽ばたくもの。その漢女に対して、女の子は殴れないと言うのは最大限の侮辱でしてよ。本当に漢女に対する礼があるのなら、さっさとわたくしを殴りなさい」
現実の私だったら絶対に言わないようなセリフ。というか、私普通に男の人に殴られたくないよ。力じゃ絶対に勝てないし勝負にすらならない。異世界転生して強靭な肉体を手にした漢女だからこのセリフを吐ける。
「ダリオ。あなたも漢に生まれたからには覚悟を決めなさい。わたくしは漢女に生まれた時から、どんな苦痛を受けても耐えられるように覚悟を決めているのです」
ダリオの気持ちはわかる。人に傷つけられるよりも、人を傷つけてしまう方が恐ろしい。私も転生前は人を殴ったりすることができない小心者の女でしかなかった。でも、私は覚悟したんだ。モニカとして生まれてきた以上破滅フラグを回避するために泥水を啜ってでも、破滅フラグを折ってやるって。
ダリオの中身だって、きっと優しい心の持ち主なんだろう。ダリオは私と事情が違う。彼はそのままダリオとして生活していても、破滅しない。物語がどんな結末を迎えたとしても、彼は元気にやっていけるのだ。だから、私と違って覚悟を持つことができなかった。だから、人を傷つけたり、人に傷つけられたりといったことに抵抗があるのかもしれない。
「く……ああ、わかった」
ダリオは歯を食いしばり、拳をふりあげた。
「ふっ……俺様を焚きつけたからには覚悟はできてるんだろうな。行くぞ!」
ダリオは思いきり拳を私に向かって振り下ろした。私の顔面にダリオのパンチが炸裂する。
「あ、ああ……」
ダリオがつい弱気な声を出す。女の子の顔を殴るなんて本来の彼にはできないことなんだろう。だが、すぐにその弱気な表情から毅然とした表情に変わる。彼も覚悟を決めたんだろう。
だが、今の一撃はまだ軽い。彼の中で躊躇する感情があったのだろう。皮膚の硬質化がされていなかった。
「どうしましたか? ダリオ。それがあなたの全力でして? 全然硬くないですわ。高野豆腐の方が硬いくらいです」
「ふっ……言うじゃねえか」
ダリオは自分の役割に徹してくれるようだ。これでいい。
「高野豆腐? なんだそれ」
ケンが怪訝そうな顔をする。そうか。ケンは高野豆腐を知らないんだ。まあ、異世界のゲームのキャラだから知らなくて当然か。
「高野豆腐か……僕はあのモサモサとした食感が苦手なんだよな」
そういえば、柔術家のヨシツグは日本をモデルにした国から来た設定だったか。じゃあ高野豆腐を知っていてもおかしくない。
ヨシツグは高野豆腐が苦手らしい。そういうキャラ設定は……特になかったな。この世界オリジナルの設定か、ゲーム上では登場しない隠し設定か。まあ、どっちでもいいや。
「モニカ。今度はきつい一撃をお見舞いしてやるぜ」
ダリオの腕が怪しく光る。そして、次の瞬間私の視界がブラックアウトした。意識を失いかけるほどの衝撃が私の頭に響き渡る。
一瞬なにをされたのかすらわからなかった。すぐに意識を持ちなおせたからよかったけれど、少しでも気を抜いたら気絶は必至だった。それくらい強い一撃。
私は殴られた箇所を拳で拭い、不敵な笑みを浮かべる。
「ふふふ。効きましたわダリオ。いいパンチをお持ちの用で」
これだ。このパンチだ。スピードとテクニックではケンには劣るものの、それでも強烈な一撃を放てる。そもそもの硬さが桁違いの一撃。柔らかいものをぶつけても痛くないけど、硬いものがぶつけたら痛い。そう、単純な物理法則の話だ。
ケンとの戦いでスピードとテクニックを身に付けた私が、この硬さまで手に入れたらどうなるのだろうか。スピードも硬さもパワーに乗り、ディアナにも届きうる一撃を身に付けられるかもしれない。
「ダリオ。あなたのその硬さ。ぜひともわたくしのものにしますわ」
「ほう。俺様の技術を盗もうって言うのか。面白い女だな。やれるものならやってみな」
ダリオがもう一撃私にパンチを食らわせる。痛い。とても痛い。ダリオの攻撃は間違いなく痛い。かなり強烈な一撃であることは間違いない。
でも足りない。
ディアナの攻撃はこんなものじゃなかった。硬さではダリオは申し分ないのだが、ディアナはそれ以上にパワーとスピードが規格外の化け物。ダリオのパンチで気絶しかける程度では、ディアナには到底敵わない。
「まだまだ……軽いですわ。ディアナの攻撃はこんなものじゃなかった! ダリオ! もっと、わたくしにパンチを! もっと、わたくしを痛めつけてくださいまし」
「ああ。わかった。後悔するなよ」
◇
痛い。全身が痛い。消毒液をつけてないのにヒリヒリと染みる。空気が私の肌を撫でる度に悶絶しそうなくらいの痛みを覚える。
やりすぎた。ちょうどいい具合でギブアップすれば良かった。私もついつい特訓に熱が入ってしまい、加減というものを間違えてしまったのだ。
確かに、ダリオと特訓する前と後では打撃に対する耐性はかなり変わってきたと思う。でも、それで体を壊したら元も子もない。もうディアナとの決闘まで1ヶ月を切っている。特訓の怪我で不戦敗なんてことになったら流石に笑えない。
「おお。モニカ殿。大丈夫でござるかあ」
素の状態のダリオが私の周りをウロウロとしていて狼狽えている。ケンとヨシツグはこの場から去っているから、完全に素を出せる状態なのだ。
「ええ。大丈夫ですわ。わたくしは漢女ですから。これくらいの痛みを苦に感じるわけには……」
強がってみても痛いものは痛いのだ。でも、ダリオに心配かけるわけにはいかない。私が大袈裟に痛がれば、彼が罪悪感を覚えてしまう。だから、ここはやせ我慢をするしかない。
「それにしても妙ね。ダリオ。どうして、あなたのスキルを私が受け取れないかしら」
ダリオとの親交も大分深まっている気がする。なのに、一向にダリオのスキルを得られる気配すらないのだ。ケンとヨシツグとビルのスキルを得ることはできたのに。
「さあ、拙者にもわからんでござる……でも、拙者も気になることがあるでござるよ」
「気になること?」
「ディアナの異常なまでの硬さでござる。モニカたんはディアナになんどか打撃を浴びせたでござろう?」
「ええ。そうね。でも、あいつは硬くてとてもダメージを与えられなかった」
「ゲームのディアナはそこまで硬いわけではないのでござるよ」
確かに。ゲームでの戦闘シーンではディアナは普通にダメージを受けていた。全ての攻撃を遮断するほどの防御力は得られないはずだ。ディアナはパワー、スピード、テクニックは伸ばすことはできても防御力の伸びがイマイチなのだ。それこそ、防御力を上げるには、ダリオの好感度を上げる必要がある。……あれ? まさか……
「モニカたんも気づいたようですな。ディアナも好感度を上げた相手のスキルを得る能力を有している。つまり、ダリオのスキルを既に得ている可能性があるのですぞ」
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