第18話 ディアナの山籠もり
「ハァ! ヤァ!」
イラつく! イラつく! なんなんだ。どういうことなんだ。モニカ・アルスター。あいつは一体何者なんだ? 私は苛立ちを拳に籠めて正拳突きを繰り返していた。
王立学院スラバドールの裏にある山。私はそこに籠って修行をしていた。所謂山籠もりというやつだ。本来なら、そろそろ学校に行かなきゃいけない時間だ。だが、私は慌てない。騒がない。優れた格闘家というのは時空を超越する存在だ。私がその気になれば、ここから教室まで一瞬で距離を縮めることができる。
落ち着け。私はディアナ。ティアナ・ユリバー。それは間違いない。そうだ。あの最強のディアナなんだ。
なのに、あのたかが悪役令嬢に過ぎないモニカがどうしてあそこまで私に楯突くんだ。折角、ビルという丁度いいサンドバッグを手に入れたのに、あいつのせいで台無しになった。
私は強くならなければならない。私は天才だ。私の肉体はなによりも優れている。だからこそ、私は自身の才に胡坐をかくことなく努力して上を目指さなければならない。
よく、努力は天才を超えるだの言うけれど、私に言わせてみれば違う。凡人は努力していないのだ。凡人は努力できないのだ。凡人が言う努力なんて、天才が習慣的に行っているそれに比べたら
事実、私が格闘の才能がなければここまで努力することができなかっただろう。結果がついてくるのが楽しい。強くなっていく実感があるのが嬉しい。その楽しさがあるからこそ、私はここまでの修行、鍛錬、努力を続けてこられたのだ。
「ふ、ふふ……ふはははは!!」
自分自身が強くなっていく感覚。それは素晴らしいものだ。それを実感すれば実感するほど不思議と笑みが零れてくる。鍛え抜いた筋肉、スピード、テクニック。それが見に付き、大きくなる度に私の喜びとなる。
ガサゴソと茂みから音が聞こえてきた。この気配はクマだ。丁度いい。サンドバッグ相手に最適だ。
「ぐおおおお!!」
案の定、茂みから出てきたのは赤黒い毛皮をしたクマだった。クマは両手をあげて私に襲い掛かってきた。ふん。所詮は獣。両手を上げたのも自分がより大きく見せるための戦略。
「教えてあげる。本当に強いものはそんな風に自分を大きく見せない。見せる必要がないからね」
私はクマと一気に距離を詰めて、クマの腹部を思いきり殴った。私に殴られた熊は口から涎を吐き出してその場でぐったりとしてしまった。
「一発でダウン……使えないね。これなら、ビルと組手をしていた方がマシだった……私は少し強くなりすぎたのかもしれない」
スラバドールに入学する前、私は学長を助けるためにクマと戦った。その時は、死闘を繰り広げたものだ。私の乙女の柔肌に傷を負ったりもした。けれど、今では無傷で倒せている。この出来事が私の自信を更につけさせた。
クマですら私の相手にならなくなった。やはり、私の血を沸かせ
がさごそ……と私の背後から音がした。私は急いで振り返った。すると、何者かが私から逃げるような動きでここからすぐに立ち去った。
何者だろうか。私の脚力なら本気を出せば追いつける。けれど、私から逃げるだけの存在。そんなもの追いかける価値はない。私に立ち向かってくる活きがいい漢だったら、サンドバッグ程度にはなっただろうけど。
◇
「はぁ! やぁ!」
ケンからの打撃を柔の構えで
「やるな。モニカちゃん」
「僕の教えた技も覚えているし、飲み込みが早いね」
ヨシツグが褒めてくれる。褒められて悪い気はしない。けれど――
「まだ足りませんわ。この程度の力ではディアナには勝てません。もっと強くならなければ」
「モニカ!」
ガラっと道場の扉が開いた。中に入ってきたのはダリオ・ディーブ。鋼鉄の体を持つ漢。そして、私と同じ転生者。
「ど、どうしたのですか? ダリオ」
最近見かけないと思ったけれど、急に道場にやってくるなんてどうしたんだろう。
「モニカ……ディアナは確実に力を付けつつある。今のペースでは勝てないだろう」
「な、なんだと! ダリオ。お前、モニカちゃんがどれだけ強くなったか知らないだろ!」
ケンがダリオに突っかかる。
「モニカは確かに強くなっている。それは俺様も認めてやる。だが、ディアナはもっと強くなっている。あいつはクマを一撃で倒した」
「な、なんだって!」
その場にいる全員が驚いた。ディアナがクマを倒せることは周知の事実だった。だが、それは死闘の末にようやく倒したという話だった。それを一撃で余裕で倒せるようになったとなると話が違ってくる。
「情けない話だが、その光景を見た時思わずビビっちまった。一目散に逃げ出してしまうほどにだ。なにが怖いって? ディアナの顔はクマを一撃で倒したくらいじゃ満足してない表情をしていた。次の獲物を探している。そういう狩人の顔だった。もし、俺がやつに見つかっていたら、次の対戦相手は俺様になっていただろうな」
ダリオの顔が青白くなっていた。血の気が引くとは正にこのことだろう。
「この場にビルがいなくて良かったですわ。もし、ビルがいたら、きっとディアナのことでトラウマが刺激されていたでしょう」
「モニカ。お前の攻撃力は確かに優れている。ディアナほどではないにせよ、この学院では漢女ナンバー2の実力はある。だが、防御面が不安だ。クマを一撃で倒せるパワーを食らっても耐えられるだけの防御力を得なきゃ、ディアナには勝てないだろう」
「ええ。そうですわね。まだまだ鍛えなければならないところは山積みですわ」
本当に絶望的な状況しか待っていない。ディアナに攻撃も通らないし、ディアナの攻撃も耐えられない。こうしている間にもディアナはどんどん強くなっているというのが絶望感がある。
ゲームの悪役の気持ちってこういうものだったんだね。主人公が加速度的に強くなっていく様に怯えながら過ごす。だけど、私は負けたくない。この戦いは私だけの問題ではない。私の特訓に付き合ってくれているケン、ヨシツグ、ダリオ、ビルの思いを無駄にしたくない。私が負けたら、彼らががんばってくれたのが無駄になってしまう。みんな、私を勝たせるために必死になってくれているんだ。
「ダリオ。防御力を鍛えるにはどうすればいいんですか?」
「ひたすら攻撃を受けるしかない。攻撃を躱さずに受け止める。それこそが防御力を上げる道だ」
「そうですか。なら、ダリオ。わたくしを殴って下さい。貴方の鋼鉄のパンチを受けたならきっとわたくしの防御力も上がるでしょう」
私はそう提案した。正直言って痛いのは嫌だ。私は変態じゃないから痛めつけられて喜ぶ趣味はない。でも、耐久力を上げなければディアナの攻撃を受けきることすらできない。つまり、勝負の土台に立つことすらできないのだ。なら、痛みに耐えてがんばるしかない。
「んな。せ、拙者に女の子を殴れと申すのか。で、できぬ。愛しのモニカたそを殴るだなんて
ダリオは動揺したのか完全に素が出てしまっている。ダリオの素を初めて見た、ケンとヨシツグは唖然としている。
「ダ、ダリオ……?」
「ハッ……」
ダリオは完全にしまったという表情をしている。まずい。このままではダリオのキャラが壊れてしまう。
「まあ、そういうことを言うやつもいるだろう。だが、俺様は女に容赦しない」
ダリオは冷や汗をかいている。相当無理しているのだろう。転生者の彼は女子を殴れるような性格じゃないのだろう。しかも、彼は私……というかモニカを推している。余計に辛いだろう。私だって推しを殴りたくない。
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