第17話 赤ちゃんはどうやって生まれるの?
私はいつものように、ケンとヨシツグと一緒に朝の特訓をするために道場に向かった。
私が道場の門をガラっと開けると中にいたのは、ケンとヨシツグだけでなく、ビルの姿もあった。
「あ、モニカさん。おはよう」
無邪気な笑顔を私に見せるビル。どうして彼がここにいるんだろう。
「不思議そうな顔をしているね。モニカちゃん。ビルがモニカちゃんの力になりたいんだとさ」
「ケン君たちから話は聞いたよ。モニカさん。ディアナを倒すために特訓しているんでしょ。僕は全然強くないから……ディアナには勝てなかったけれど。モニカさんならきっと大丈夫。あの、畜生に絶対勝てるよ」
ビルが両手をグッと握る仕草をする。その所作がなんとも可愛らしい。
「ありがとうビル」
「ディアナ。あいつは強かった。拳が早くて見えないし、僕の得意の絞め技を食らわせようとしたけれど、彼女に組み付く隙すらなかった。パワーとスピードで全く歯が立たなかったんだ」
「ええ。そうですわね。ディアナのパワーとスピードが優れているのは、実際に彼女と戦ったわたくしがよく知っています。あれはもう規格外の化け物ですわ。あれを人間として認めたくありません。あれは純粋なる戦闘民族ですわ」
ディアナは打撃が通さないほど硬い耐久力を誇っている。だとするとビルの絞め技が非常に有効な相手だと思う。どんな人間でも関節は鍛えることができない。ディアナに対抗できる数少ない有効打をビルは持っているのだ。
だからこそ、ビルが仲間になってくれたのは心強い。私はビルに師事をして関節技を覚える。それがディアナ攻略の近道なのだ。
「ビル。わたくしに関節技を教えてください」
「うん。いいよモニカさん」
私は両手を広げてビルを受け入れる体勢を取った。
「さあ、ビル。わたくしの体を好きになさい。あなたの関節技をわたくしに身を持って教えてくださいませ」
「え、ええ!?」
ビルは驚いている。私なにか変なこと言ったのだろうか。
「いいなー。ビル。俺もモニカちゃんの体を好きにしたい」
「黙りなさいセクハラ大魔王」
やっぱりケンの玉は一つくらい潰してもいい気がしてきた。私は漢女だから、その痛みは知らないけれど。きっと漢なら耐えられるはず。
「ん? どうしたんだい? ビル君」
ヨシツグはビルの様子を心配している。
「え、あ、あの……その……」
ビルがなんかもじもじしている。なに? トイレ?
「は、恥ずかしくて無理だよ」
ビルは顔を真っ赤にさせて両手で顔を隠す。え? なにこの乙女な反応。
「なに恥ずかしがっているんだよ。思春期のボーイかよ!」
ケンが謎のツッコミをするが、私たち全然思春期な年齢なんですけどね。
「ビル君。キミだって女子とは何度か組手はしたことあるだろ。ディアナとだって一緒に特訓した仲だろ? 今更恥ずかしがる道理などないよ」
「恥ずかしいに決まってるよ。だって、僕はモニカさんが好きだから!」
「え?」
私は思わずそう口にする。ビルの言葉を受けて、ケンもヨシツグも固まっている。
「他の女子なんか全然目に入らない。ディアナとか全然タイプじゃないし。僕の瞳にはモニカさんしか映らないんだ!」
「あ、いやその……」
なんなのこの告白。え? 嘘。私告白されてるの? え、どうしよう。どうしよう。いや、堂々として漢らしい告白だけど、そうじゃなくてTPOを考えて欲しいっていうか。私は今恋にうつつを抜かしている場合じゃないっていうか。まずはディアナをぶっ殺さないといけないし。
なんで、私が逆に恥ずかしい思いをしなきゃならないの。
「い、一旦落ち着け。な? ビル。落ち着け。落ち着いて餅を付け」
ケン、お前が落ち着け。
「関節技をかけるってことは、モニカさんとくっつくってことでしょ? だ、だめだよ。僕たちまだ婚前なのに」
結婚する気でいるよ。この子。
「いいかい? ビル君。そんなんで恥ずかしがってたらダメだ。結婚したら男女はもっと凄いことするんだから。その予行練習だと思えばいいさ」
なんの予行練習なの!? 漢と漢女の世界では、関節技以上のなにかをするの?
「え? 大丈夫? 関節技かけて子供できたりしない?」
「なんの心配してますの!? そんなのでできるわけないじゃないですか!」
ビルがちゃんと性教育受けているかどうか怪しくなってきた。私も昔性教育を受ける前はキスで子供ができるって勘違いしてたことはあったけど、関節技で子供ができるって勘違いしたことは一度もない。漢と漢女の世界では、よくある勘違いなの? これ。
「そうだぞ。ビル。寝技ならともかく、関節技で妊娠するわけないじゃないか」
「寝技でも妊娠しませんわよ! どういう寝技なんですのそれ」
「え? じゃあ赤ちゃんはどうやって生まれるの?」
う。なんて質問しやがるんですか。この子は。私は彼にも貴族の令嬢なんだよ。どこまで説明していいのかわからない。そういうはしたないことを口にしたら、令嬢としての格が落ちちゃわないかな。
「ビル君。そういうのは女性に訊くものじゃない。後で教えてあげるから、その疑問は一旦忘れなさい」
「はーい」
流石ヨシツグ。上手くこの場を収拾させてくれた。全く。異世界の性教育の事情はどうなっているんだ。原作者出てこい。こんな漢女ゲーム作りおって。説教してやる。
「えっと……とりあえず関節技をきめるだけでは妊娠しないんだよね? おかしいな。昔、父さんが愛する女に関節技をかけると子供ができるとか言っていたのに」
お父さんが全ての元凶かい! もう少し誤魔化しようがあるだろうがい!
「じゃあ、関節技かけるね。モニカさん……」
ビルが恐る恐る私に近づいてくる。そして、私の腕を掴み、鮮やかな手つきで関節技を決める。私は腕が動かせなくなり、痛みでうめき声を上げる。
「あ、うぅ……んー!」
「あ、ああ……僕、モニカさんに関節技かけてる……ああ、なんか癖になっちゃいそう。ああ、モニカさんの関節の運命が僕が握っているんだ」
ビルが恍惚とした表情で私を見ている。ええ。なにこれやばいやつなんですけど。ちょっと、なにこれ。私がしているビルの解釈と全然違う。公式と解釈違い起こしてるよ。
だけれど、私の中に新しい力が流れ込んでいるのを感じた。え? これはまさか、好感度が上がった時に発生するあれ?
『モニカ・アルスターはアームロックを覚えた』
ええ。今の一連の流れで好感度上がる要素どこにあったの? 私、関節技かけられただけなんだけど。え? それとも漢の中では関節技をかけるのって特別なことなの? 子供ができるのと勘違いするくらいに? 私たちの世界で言うところのキスに相当する行為なの?
「おい、ビル。その辺にしておけ」
ケンがビルの肩にポンと手を置く。その動作にビルの顔がハッとなり、正気に戻ったかのように思えた。
ビルの力が弱まり、私は解放された。な、なんだったの。今の。
「ご、ごめん。モニカさん。僕、ちょっと我を忘れて」
「え、ええ。気にしなくていいですわ。ビル。お陰でわたくしも関節技を覚えることができましたし」
「それは凄いね! 一回技を受けただけで覚えるなんて流石モニカさんは天才だ」
そうか。傍から見れば、私が技を受けて覚えたみたいな感じになっているんだ。実際は好感度が上がることで漢の技を習得できるだけなんだけどね。ゲームシステムのあれこれの都合上で。
「とにかく、このアームロック。実戦で使えるようにするためにもっと鍛え上げなければなりませんわ。ビル。練習台になってくれますか?」
「え? いいの? そ、そんな。モニカさんが僕に関節技をかけてくれるなんて。嬉しすぎるよ」
なんで喜んでるのこの子は。関節技は色々と奥が深いんだなと思い知らされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます