第20話 早いもの勝ち

 ディアナが既にダリオの好感度を上げていた。確かにそう考えれば、ディアナの異様な硬さは説明がつく。ダリオはツンツンしているキャラクター故に好感度を上げるのが難しい。だが、その分好感度を上げた時の見返りは非常に大きく、肉体の硬質化という打撃が中心となるこの世界においては、圧倒的なアドバンテージを得ることができる。そういう風にバランスを取っているゲームデザインなのだ。


「なるほど。ダリオの言っていることはわかった。でも、仮にディアナが既にダリオのスキルを得たとしても、どうして私がスキルを得られないんだろう」


「それは……これは拙者の仮説なんですが、漢が授けられる好感度スキルはもしかしたら、1人の漢女だけかもしれませんなあ」


「そんなことは……ありえるかも。だって、ゲーム中では好感度を上げるなんてことをしていたのはディアナだけだった。だから、狙っているキャラがかち合うなんてことはなかったけれど、今回の場合は好感度を上げてスキルを得ようとしているのが2人いる。通常のゲームでは起こりえない事態が発生しているから、何が起きても不思議ではない」


 ダリオが何やら考え込んでいる。口調こそはステレオタイプなオタクのそれであるが、外見は漢女ゲームのキャラであるからかっこいい。思案している様子がミステリアスな感じを醸し出していて、私の心の中の乙女が少し疼いてしまっている。


「あ! 思い出したでござる! モニカ殿はゲーム雑誌に載っている開発者インタビューを見たことがあるでござるか?」


「んー。それはないかな。私はキャラクターを愛でるタイプのゲーマーだったから、開発の裏話とかあんまり興味なかったし」


「拙者はゲーム開発の裏側とかそういうのを調べるのが好きなタイプでしてな。プログラム担当のリーダーが語っていたことを思い出したのです!」


 ダリオが興奮気味に息を荒げている。もしかして、そのインタビューに重要なことが書いてあったのだろうか。


「いいですか、モニカ殿。実は、このゲームは、開発段階では、悪役令嬢が先に攻略対象の漢キャラの好感度を上げきってしまう要素が実装される予定だったのです。そして、悪役令嬢側が先に好感度を上げてしまった場合、そのキャラの好感度を上げるスキルを取れなくなるという仕様だったのですよ」


「それって……」


「そう。今の状況にマッチしているでござる!」


「でも、実際のゲームにはそんな仕様なかったじゃない!」


「ええ。元々は女性向けのゲームですし、その要素を入れたら難易度は高くなる。乙女ゲームを普段プレイしている女性はライトゲーマーな傾向が多いから、難易度が高いと敬遠される可能性があった。それに、じっくりゆっくり育成したいプレイヤーもいる状態で、攻略キャラの好感度を早めに上げないといけない状況を作るのはユーザーに不親切。なにより、先に悪役令嬢に攻略されたら、恋人を寝取られたみたいな感じになって嫌がるプレイヤーもいるでござる。そうした諸々の理由があって、この仕様はリリース直前にオミットされたのです」


「リリース……? オミット……? ごめん、言葉の意味がわからない」


 私には理解できない単語が飛んできた。


「おっと、失礼。発売直前に削除されたってことですな」


「削除されたんだったら、その話は関係ないじゃない」


「いいえ。プログラミングというものは複雑に入り組んでいるものです。例えば、完成間近のプログラミングがあったとするでござる。客先からいらない仕様があったので、それは実装しなくても良いと言わて素直に削除するとしましょう。すると、1つの要素を削除したせいで、バグやエラーが発生する可能性があるのでござる。つまり、プログラムを1部削除するということは、それに伴ってバグやエラーが発生しないか、再テストをしなければならないのです」


「え、えーと……なんとなく大変だということがわかった」


 私、プログラミングとか全く知らないし。義務教育になる前の世代だし。


「つまり、完成直前にゲームで使わない要素を削除するように要請された場合、その削除を最小限に留めた方がバグやエラーが発生するリスクは少なくなるのです。多分、悪役令嬢の寝取りイベントの発生だけを削除する形になったのですかな。だとすれば、システムに深く関わってないイベント管理の部分を弄るだけで済むから、そこまで大きな工事にならないでござる」


 言っていることがほとんど理解できない。


「そうした削除をした結果、ユーザーが決して触れない処理が残ったんでござるな。要は、主人公と悪役令嬢。先に好感度を上げた方が有利な早いもの勝ちの仕様はゲームの内部に残っているってことでござる」


「え、えーと。整理させて。つまり、主人公……この場合はディアナが好感度を上げることで漢のスキルを得られる仕様は普通にある。これはプレイヤーが普通に発生させることができる」


「そうでござるな」


「でも、それとは別にプレイヤーが発生させられないけど、システム的には実装されている要素があった。それが、悪役令嬢による好感度上げ……あ! そうだよ! 私、何気なく漢たちの好感度をあげていたけど、本来のゲームでは、悪役令嬢が攻略対象のスキルを得る。それはありえないことだった」


 私は勝手にプレイヤー側の立場で仕様を享受していたけれど、実際の私は悪役令嬢サイド。そもそも、ゲーム的にはスキルを得られる方がおかしい。


「そうでござるな。それにも関わらずモニカ殿がスキルを得ることができたのは、正に開発者のシステムの消し忘れが原因でござる」


「そして、それと同時にもう1つ厄介なシステムがあって、主人公が好感度をあげた相手は悪役令嬢が、悪役令嬢が好感度を上げた相手は主人公が、それぞれスキルを得る権利を失う。そういう早いもの勝ちシステムはこのゲームには存在した」


「理解できてくれたようで嬉しいでござる。拙者たちは、イレギュラーな存在。だから、本来なら発生しないイベントを起こせるでござる。けれど、システムの根幹の部分は、元の漢女ゲームと変わらない。だから、攻略対象の早いもの勝ちというシステムまでは覆すことはできない」


 この世界の謎が1つ解けた。しかし、その謎が解けたことでわかったのは、私がダリオのスキルを得られないという残酷な現実だけだった。


「ねえ、ダリオ。早いもの勝ちシステムはあったけれど、それを取り返せるシステムはないの?」


「うーん……拙者も開発者じゃないので知らないでござる。ただ、言えるのは拙者が読んだゲーム雑誌では、取り返し要素があると書かれてなかったでござる。多分、存在しないからインタビューでも言わなかったと思う」


「そっか……うん。過ぎたことを悔やんでも仕方ない。ダリオのスキルを得られないことを確信できただけでも良かった。だって、それに気づかなかったら、無駄にダリオの好感度をあげて時間を浪費してたかもしれないし」


「拙者とのデートを無駄って言わないで欲しいでござる」


「ははは。ごめんごめん」


「でも……そうなると、解せないことがもう1つあるでござる」


「え?」


「今のディアナはヨシツグ殿を攻略対象としてロックオンしていたでござる。でも、ヨシツグ殿の好感度を先に上げずに真っ先にダリオの好感度を上げた。これは、このゲームに慣れている……つまり、何度も周回しているプレイヤーの動きでござる」


「確かに……スキルが優秀なダリオの好感度を優先するのは私もやるかも……あ!」


「もしかして、ディアナの中身はこのゲームを知り尽くしているやりこみプレイヤーなのではないと拙者は思うでござる!」

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