第21話 話し合いの余地
ディアナの正体がやりこみプレイヤー。つまり、ディアナは私たちと同じ転生者? ダリオが言っていることは、ただの推測でしかない。けれど、今までのことを考えるとそれで辻褄があってしまう。やけにディアナの行動が人間くさいのだ。
ケンやヨシツグと言ったみんなも実際にリアルな人間に感じられるけれど、ゲームを知っている私からすると決められた行動の範囲から脱していない感じがする。ゲームとは違った行動をとる時もそれは私たちの“行動”がきっかけで違った言動をする。それに対して、ディアナは私たちが何もしなくても勝手にゲームとは違う想定外の行動を取る。これは、四本指のネズミの中に人がいるのと同じくらい確実なことかもしれない。
「確かにダリオの言う通りかもしれないね。でも、それだったら1つ疑問があるの。どうして、ディアナは転生者なのに私に対してやたらと攻撃的なんだろう」
「うーん。モニカ殿はディアナを殴る時に容赦しようって思いましたか?」
「いえ。全く思わなかった。だって、相手はいくら女の子とはいえ、ゲームのキャラ。できれば戦わずに済ませたかったけれど、戦うことが確定してしまったら倒さなくてはならない相手」
「そうですな。多分、ディアナもモニカ殿が自分と同じ転生者だとは思ってないのかもしれないですな。所詮はゲームの駒という認識。だからこそ、非情に攻撃ができるんだと思います」
確かに私たちもたった今ディアナが転生者である可能性に気づいてしまった。それに気づく前は私たちはディアナを倒すべき相手という認識でしかなかった。あれ……ってことは。
「ディアナに私たちも転生者であることを告げたらどうかな? もしかしたら、同じ転生者として仲間になってくれるかもしれない」
「なるほど。確かに説得できればそれが最も平和的解決ですな」
相手に話し合いの余地がある。それがわかったのはかなり大きい。問題はどうやって説得するかだ。残念なことに私たちは既に交渉のカードを1枚捨ててしまっている。
「ディアナの本命はヨシツグだった。そのことは彼女自身の言動からわかりきっていること。もし、モニカがヨシツグを攻略していなかったら。彼に手を出さないことを条件に説得ができたかもしれない」
私自身、そう言ったところで何でヨシツグを攻略しちゃったんだろうと後悔の念に苛まれた。しかし、覆水盆に返らず。一度攻略ルートに入ってしまったキャラを再び未攻略状態に戻す術はこのゲームにはない。
「そう考えるととてもまずい状況ですな。ディアナはモニカ殿に本命を奪われたことで怒り狂うかもしませんなあ。この世界で暮らすとなったら、推しと結ばれたいと思うのは自然なこと。どうして、ヨシツグを攻略しちゃったんですか?」
「いや、だって。漢の技はどれも強力なものだし、ディアナを倒すためには必要かなって。あって損はないかなってー」
「ふむ。まあ、これは攻略スタイルの違いというやつですな。やりこみプレイヤーの中にも先に攻略しやすい漢から技を取ってから己の肉体を鍛え上げる派ともいれば、とりあえず強力なダリオを攻略して育成を完了させてから本命の攻略を始める派がいます。どちらも、それぞれメリットとデメリットがあるんですが……それは、ライバルに先取りされる要素がない原作ゲームでの話。今回は双方共に悪手を取ったわけですな」
私はダリオを先に攻略されたことでディアナに圧倒的な戦闘力を付けられてしまったし、ディアナはヨシツグを先に攻略されたことで最推しと結ばれる未来がなくなった。これが逆だったら、全てが万々歳で終われたのに。
「まあ、ディアナの方が基礎的なステータスが高いように設定されていますからな。主人公補正というやつで。ある意味モニカ殿の方が不利なスタートだったわけです」
「むー。それってズルくないかな」
「確かに、普通のゲームならば、プレイヤーの操作と言う名の介入がある時点でプレイヤー側が有利。だから、敵側のステータスをその時点のプレイヤーの適正レベルより若干高くするというのはあるんですな。でも、今回はライトユーザーを内包している女性向けのゲーム。プレイヤーの操作で優位が取れるとは限らないため、敵側の能力が低く抑えられてしまっているのは仕方のないことです」
「うう……ライトゲーマーの女性に優しい開発者の心遣いがこんな形で私に牙を剥くなんて」
なんというか、悪役令嬢の転生物の作品はいくつか見たことあるけれど、その難易度がやけに高い理由がわかった気がする。主人公側が有利じゃないと普段ゲームをしないような女性がクリアできないもの。
「まあ、とにかく。他にどうやって説得するのか考えましょう。戦闘さえ避けられれば最悪のエンディングは回避できるはずです」
「うーん。まあ、やってみるしかないか」
そんなわけで私とダリオは色々と段取りを考えて、ディアナの説得をしに向かった。ディアナを使われていない空き教室に呼び出した。先に空き教室で待っていた私とダリオは緊張しつつもディナアを待つ。心臓が口から飛び出そうなくらい生きた心地がしない。そうして、運命の瞬間を告げる音。教室のドアが開けられる音が聞こえた。
「モニカ。話って何?」
しばらく見ない間にディアナの筋肉量がこころなしか増えている気がする。
「ディアナ様……いえ、ディアナ。あなたももしかしたら、薄々違和感に気づいているんじゃない?」
ディアナの眉がピクっと動いた。私だってディアナの違和感にはなんとなく気づいていた。ということは、ディアナだって私がただの悪役令嬢モニカではないことに気づいていてもおかしくない。
「お互い、自分の正体を明かしませんか?」
「正体? なんのこと? そんなこと言って戦いから逃げようって言うんじゃないよね?」
ずばり図星を突かれてしまった。そう。これは戦いを避けるための説得。私たちが転生者だと明かせばディアナも考えが変わるかもしれない。
「私の名前はモニカ……ではなくて、本名は平井 優愛。日本に住む18歳の女子大生。あなたと同じ転生者だよ」
「転生者……平井 優愛……? ふふ、なるほど。そういうこと。ふっふっふ」
ディアナが急に笑い出した。一体何が起こっているんだろう。
「まさか、こんな偶然があるなんてね。あなたは転生と言ったけれど、それは正しくない。あなたは生きている」
「え!?」
私と隣にいるダリオは驚いた。私はトラックの居眠り運転に轢かれてこの世を去ったと思った。私を轢いた運転手。衝撃と共に運転手が目を覚まして轢いた私の元に駆け寄る。そして、目撃者の歩行者が運転手に詰め寄る。運転手は自分は居眠りしまっていたと言い訳をしている。その言い訳を聞きながら私の意識が途切れる。そして目が覚めたら乙女ゲームの世界にいて……そんなの死んで悪役令嬢転生したと思っても仕方がない。
「あなたは病室で眠っていた。そう……私と同じ病室に。だから、私はあなたの名前を知っている」
「え? どういうこと……話が見えない」
「いいよ。1から順番に話してあげる。そうだね。まずはあなたが言ったお互いのことをよく知ろうか。私の自己紹介。既にわかっていると思うけど、私もあなたと同じくこの世界の人間ではない。ディアナの肉体に魂が乗り移った存在」
ディアナがすっと息を吸って吐いた。その呼吸はほんの1秒にも満たない出来事だったけれど、私にとっては数分の出来事のように感じられるほど時間が濃縮しているような気がした。
「私の本名は、
乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生したと思ったら、漢女ゲームでした 下垣 @vasita
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