第3話 打撃の鬼

 昼休み、誰もいない道場を貸し切って私とケンは組手をすることになった。私は戦いに関しては完全に初心者だけれど、鍛え抜いた筋肉がある。この熱き筋肉の力を使って、ケンを倒してみせる。


 ケンは逆立った短髪で緑色の髪をしているのが特徴的。目の色も緑でイメージカラーは緑だ。身長は175cm 体重65kg。乙女ゲームのキャラにしてはそんなに高くない方だろう。現実世界の日本なら高い部類に入るのだろうけど。


 筋肉量もぱっとみた感じ女子の私より少し劣るくらい。決してパワーファイターとは言えない。尤も私は女子の中でも最上位に位置する存在なんだけど……ディアナとかいう化け物を除けば。


「まずは、モニカちゃんがどれだけやれるのか知りたいからさ。打ってきていいよ」


 余裕な発言。貧弱おにぎりボーイに目に物を見せてあげる! 私は黄金の右手から放たれる鉄拳をケンに浴びせようとする。


 ケンは目を瞑り、攻撃を避けた。え? 攻撃避けたのは凄いけど、目を瞑る必要あった?


「遅い拳だね。そんなんじゃ目を瞑ったって避けられるよ」


 その嫌味を言うためにわざわざ目を瞑ったのか。厭らしい人。


「モニカちゃんさあ! キミはパワーはあるけど、テクニックとスピードが全然ダメだね。筋トレしかしてこなかったでしょ?」


「そ、それが何だって言うんですの……」


 ずばり図星だ。私は強くなるためにひたすらトレーニングを続けてきた。対人戦なんて全くしたことがない。


「やっぱりね」


 ケンがそう言った瞬間、ケンの拳が私の目前に放たれた。その瞬間私の視界が真っ暗になり、その後私の胸部がむにっと歪められる感覚を覚えた。え? これは……何かゴツゴツした手のようなものに……? ヒィ!


「ケ、ケン! 貴方どこを触ってんですか!」


「モニカちゃん。ここが戦場なら今ので心臓を一突きにされて死んでいたよ。戦闘中に目を瞑るのはダメ。例え、顔面に拳が飛んでこようともね。目をしっかり見開いて。じゃないと隙が生まれるから」


「セ、セクハラをしといてよくそんなこと言えますね! 痴漢で訴えてやりますわ!」


「ん? セクハラ? 痴漢? 俺何かしたか?」


「なんていう鈍感男ですの! 淑女の胸に触っておいて!」


「ん? ああ。俺は気にしてないから大丈夫だよ」


「私が気にしますの!」


 ダメだ。会話が成り立たない。何なんだ。このセクハラ大魔王は。でも、言っていることは真っ当だった。私は、戦い慣れてないせいで、ケンのフェイントで思わず目を瞑ってしまった。戦いの最中で目を瞑るのは良くないこと。私はケンのように目を瞑った状態で攻撃を避けられるほど器用ではないし。


「どうすればいいの?」


「んー。こればっかりは慣れだからね。敵のフェイントに騙されるとか以前の問題だよ。目を潰されるかもしれないという恐怖心を捨てる……かなあ? 当たらなければどうということはない。という精神でがんばれ」


「何なんですのその精神は……」


 精神論で片付けられても困る。こちらは効率的に強くなりたいのに。


「もっと手っ取り早く強くなれる方法はないんですの?」


「修行あるのみさ。さあ、組手の続きをしよう」


 ケンは決して自分からは攻撃してこなかった。私の放つ打撃をただ、両手で受け止めてくれるだけ。私の打撃のダメな点を指摘してくれるのはありがたいけれど、こうも躱されては、プライドが傷つく。


「私だって毎日32時間筋トレしてるんですの!」


 私の怒りの鉄拳が炸裂する。それがケンの腹部に思いきり入った。


「がは……」


 偶然当たっただけかもしれない。けれど私はケンに一撃を入れることが出来た。よし、この調子でラッシュを決めてケンを倒そう。


「本気で行くか」


 ケンがそう呟いた瞬間、ケンの姿が一瞬で消えた。な、何が起きたのか全く理解出来なかった。すると、私の背後から声がしてきた。


「後ろだ」


 私が後ろを振り返るとそこにはケンの姿があった。たった一瞬でケンは私の背後に回り込んだのだ。


「く……なんて速さですの……」


「言ったはずだ。キミにはスピードとテクニックがないとね。逆に俺にはスピードもテクニックもある」


 またケンの姿が消えた。私は後ろを振り返るけど、そこにもケンの姿はない。一体どこに……? 四方八方辺りを見回してもケンの姿はどこにもなかった。


「上だ」


 上を見上げるとケンが天井にしがみ付いていた。な、なんなの! ケンは忍者なの!?


 するとケンが上から私目掛けて落ちてきた。まずい。落下の衝撃がケンの蹴りに乗っかる飛び蹴りをされたら私は一撃でやられてしまう。躱さないと。


 私は後方に跳躍してケンの一撃を躱した。ケンの落下の衝撃で道場の床が揺れる。物凄い地響きだ。もし、あれが命中していたら、私は一たまりもなかったであろう。


 しかし、地面に着地したケンは間髪入れずに私に打撃を入れてくる。早い。スピードが乗った拳が私の顔面にクリーンヒットした。


 私はカエルが潰れたような声を出して、そのまま後方の壁へと叩きつけられた。痛い。物凄く痛い。一体私が何をしたと言うのか。私はただこの訳の分からない漢女ゲームの世界に無理矢理転生させられてしまい。破滅フラグを立てられ、攻略対象に殴られ。正に踏んだり蹴ったりとはこのことだ。


「ふー久々に本気を出したな。俺をここまで本気にさせるなんてやるなお前」


 ケンが倒れている私に手を差し出した。私はそれがたまらなく悔しかった。


 パンと渇いた音が道場に鳴り響く。私がケンの手を払いのけた音だ。


「調子に乗らないで下さいませ。今回はわたくしが負けましたが、次はそうはいかなくてよ? 必ず貴方に勝ってみせますわ」


「ふっ……負けん気の強い女は嫌いじゃないよ。その日が来るのを楽しみにしている」


 勝ちたい! 負けたくない! ケンにも、ディアナにも! 何だろうこの熱い気持ちは。これが漢女ゲーム補正とでも言うの? とりあえず今回の敗北の反省を活かしたい。私はどうすれば強くなれるのか知る必要がある。


「ケンはどうしてそんなに強くなったの? 筋肉量では私の方が上なのに。何故私は勝てなかったの?」


「ああ。それはだね。俺は自分の弱さと強さを知っているから」


「強さと弱さを知っている? どういうことですの?」


「俺にはモニカちゃんみたいなパワーはない。俺にはパワーの才能がないんだ。才能がない所を重点的に鍛えても仕方ない。だから俺は、自分の強みであるスピードを活かすことにした。スピードが増せば、必然的に破壊力も増すし、俺はそれでパワー不足を補うことにしたんだ」


 なるほど。だからケンは打撃を中心に鍛えたということか。締め技や投げ技にはどうしてもパワーが必要。だけど、打撃ならスピードが最終的な破壊力に乗るからパワー不足を解消出来るんだ。


「モニカちゃん。俺に勝つには、俺のスピードについていけるようにならなきゃダメだ。俺の世界についていけるかな?」


 ケンはニヤリと笑った。ケンの世界……やはり、スピードが違う者同士では見えている世界が違うのであろう。歩いて見る景色と新幹線から見る景色が違うように……私も見てみたい。ケンが見ている世界というやつを……手に入れたい。最高のスピードというやつを。


「俺の見立てによるとモニカちゃんはかなりスピードの素質がある。真面目に鍛え上げれば俺をも超える程になるかもね」


「あら、貴方はパワーもスピードも私に劣るようになるってことですか? 随分と惨めですわね?」


「ははは。そうかもね。でもねそれは素質だけの話で、世の中には素質を上回る努力や自信というものがある。俺にはスピードに対する自信があるから簡単には負けるつもりはないさ」


 ケンを上回るスピード。私はそれを絶対に身に着けたい。こうなったら特訓開始だ! 1日32時間スピードの特訓をすれば、必ずケンに追いつけるはず!

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