第5話 ケンとの再戦

 ケンとの再戦の日が来た。ここでケンを倒せば彼の好感度が上がるはず。確か、私がプレイした漢女ゲームではそうだった。


 ケンがいつも修行している道場に私は来ていた。今度こそ負けない。私は修行に次ぐ修行でスピードとテクニックを身に着けた。パワーで勝る私が勝てない道理はない。


「その顔つき。大分自信に満ち溢れているね。いいね。自信に満ち溢れている女の子は好きだよ」


「わたくしはセクハラする貴方のことは軽蔑してますけどね」


「あらら、随分と嫌われちゃったみたい。でも、怒った顔も可愛いよ」


 どうもこの人は掴みどころがない。こんなキャラだけれど、飄々とした感じがいいという女性ファンもいる。私の好みには合致しないけれどね。


「じゃあ、今度は最初から本気で行くよ」


 ケンがそう言うと最初のステップから一気に私に距離を詰めてきた。やばい、また胸を触られる。そう思った私は咄嗟に胸をガードした。しかし、予想外に私の顔面に平手打ちが飛んできた。


 パァンという乾いた音が道場内に響き渡る。私は痛む頬を抑える暇もなく、次に来る第二撃に備えて後方に跳んだ。ケンの打撃が空振りする。もし、回避行動が間に合わなければ、もう一撃受けていたかもしれない。


「へえ、やるね。今の二撃で決めるつもりだったけれど」


 こいつ……前回胸を触るセクハラかましたのは、私の防御を胸に集中させるためだったのね。それにしても乙女の顔面を平手打ちするなんて。なんて酷い男なの!


「ぶ、ぶちましたわね! お父様にもぶたれたことないのに! 貴方! 婦女子の顔を何だと思っているんですの!」


「戦いに男も女もないだろう? そんなに顔が大事ならずっと守っていたらどうだい?」


 ああ言えばこう言う。女の顔を傷つけた報い必ず受けさせてやるんだから!


「もう怒りましたわ。堪忍袋の緒がぶちぎれました。わたくしの最大限のパワーを持って貴方を仕留めさせて頂きます!」


 こいつには負けたくない。私はその思いで修行をして強くなった。絶対勝つ! その熱い思いが私に力を与えてくれる!


 私はケンに接近した。相手の方がリーチが長い。だからその分距離を取られればこちらが不利になる。逆に接近戦ではパワーで勝るこっちが断然有利だ。女は拳で勝負。それがこの世界の常識だ!


「オラァ!」


 私は令嬢にあるまじき雄たけびをあげて、ケンの顔面に思いきり殴り掛かった。ケンはこれを避けきれないと判断したのか、顔面を腕でガードする。その判断が功をなしたのか、私の攻撃はケンに防がれてしまった。


「っつー。なんてパワーだ。もし、顔面にクリーンヒットしてたら今の一撃で勝負は決まってたかもね」


「それはどうも。わたくしはパワーなら自信はありますのよ。女子最強は間違いなくわたくしですわ!」


 尤もそれは規格外のディアナを除いての話だけれど。あんなものを女子と認めてはいけない。間違いなく彼女は人外であろう。


 ケンはバックステップをして、こちらと距離を取った。なるほど。ケンもリーチ差に気づいて距離を取る方がいいと気づいたようだ。


 ケンは身長175cmあるし、手足のリーチも女子の私と比べて長い。身長160cm程の私ではこのリーチの差は埋められない。


 やはりリーチの差ほど理不尽なものはないであろう。パワー、スピード、テクニックは鍛え上げれば上げることは出来る。しかし、リートだけはそうもいかない。完全に生まれ持った才能なのだ。私は女子にしては手足が長い方なのだが、それでもスタイルの良い男子には敵わない。


 乙女ゲーの男子は、ほぼ例外なくスタイルが良いので、戦闘能力もそれに比例して高くなるのだ。このリーチ差を埋める何かが私にあれば、ケンを倒せるはず……一体どうすれば。


「ハイィ!」


 ケンが掛け声と共に私に蹴りを食らわせて来る。届くか届かないかギリギリのライン。私はそれを後ろに跳躍してかわした。


 やはりケンは当たるか当たらないかギリギリのラインでの攻防を選択してきた。私からのカウンター攻撃を受けない程度の距離から攻撃をする。もちろん、避けられるリスクは距離が離れている分あるのだけれど、そんなものはリスクの内に入らない。


 最小限の動きをしているため、すぐに体勢が元通りになる。私に反撃の隙を与えない動きだ。洗練されたその動きは正にスピードとテクニックを併せ持つケンならではの動きであろう。


 やはりこの男は強い。だけれどこの程度の相手に苦戦しているようでは、私もまだまだ修行は足りない。ディアナの強さはこんなものじゃない。私は今日ここで勝たなければならないのだ。ディアナに勝つために! 勝って破滅フラグを叩き折るために!


「ほいさ!」


 ケンがまたもや蹴りを入れてくる。私はそれを躱そうと後ろに跳躍する。またこの繰り返し……だけれど、私は気づいてしまった。この状況が非常にまずいことに。


 ここは道場という狭い場所。当然壁というものが存在している。私の背後には壁が迫っている。これ以上、後方へは下がれない。


 ケンはこれを狙っていたのか。だから、私に躱されるとわかっていながら攻撃を続けた。


「壁際に追いつめたよ。子猫ちゃん」


「く……万事休すですわね」


 悔しい……パワーでは勝っていて、スピードとテクニックも劣らない所まで成長できた。なのにリーチの差で負けてしまうなんて。こんなことがあっていいはずない……


 否、私は諦めない。この状況でも勝つ方法はある。


「これで止めだ!」


 ケンの蹴り技が炸裂する。私はそれより前に後方の壁と思いきり蹴飛ばした。その反動で私の体は素早く前に出る。一気にケンとの距離が詰まった。


「何ィ!」


私は足技を繰り出す。その足技がケンの蹴りと相殺された。しかし、私の方がパワーは上だし、スピードも乗っている。ケンに思いきり蹴りをぶちかまして、彼の体を思いきり後方へと蹴飛ばした。


「追いつめられた乙女……いえ、漢女は獅子よりも恐ろしい存在でしてよ?」


 蹴りを足にモロに受けてしまったケンは体をぷるぷるさせている。最早立っているのもやっとの状態だ。これは勝負あったかと思いきや……


「やるねえ、モニカちゃん!」


「もう降参なさっては? その足ではまともに戦えなくてよ?」


 これ以上の戦いは正直言って無意味だ。これからは一方的な戦いになるであろう。私は相手をボコボコに打ちのめすサディスティックな趣味はない。


「手負いの獅子は侮れないってね……勝負は最後までわからねえんだ!」


 ケンが片足の力だけで思いきり跳躍した。なんという跳躍力。身体能力の化身!


 そのままケンは無事な方の足を私に向けて飛び蹴りを放とうとする。まずい。避けられない。なら……


「受け止めるまでですわ!」


 私はケンの飛び蹴りを腕でガードして受け止めた。痛い。物凄く痛い。腕にヒビが入ったかのような痛みだ。けれど、ケンの動きを今捕らえた。


 私は隠し持っていた切り札、サマーソルトをその場で行った。バック転をしながらの蹴り。その一撃が丁度ケンの股間部分に命中した。


「ぶふぉ……」


 ケンはカエルが潰れたかのような声を出してそのまま床へと落下した。まともに受け身も取れなかったのかかなり痛そうだ。


「お、お前……そ、それは反則……」


「わたくしのデリケートな所に触ったバツですわよ。だから貴方のデリケートな部分に蹴りを入れる仕返しをしてあげました。これでおあいこ。チャラにして差し上げますわ」


 この漢女ゲームは打ち負かした攻略対象の好感度が一気に上がる仕様だ。これでケンとの好感度も上がって、私もケンの技が使えるようになる。ケンの得意技は飛び蹴りだ。これを会得出来るのは大きい。さあ、果たして会得できるほど好感度は上がったかな?


 あれ? 全く習得できる気配がない。一体どういうこと?


「い、いくらなんでもここ蹴るのはやりすぎだ……子供作れなくなったらどうするんだ!」


 確かに私は勝った。勝てば攻略対象のキャラの好感度は上がる。けれど、どうやら勝ち方に問題があったようだ。


 男性の大事な部分を足で攻撃するなんてしてはいけなかったことなんだ。これには反省しなければならない。次からは気を付けよう。

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