第9話 ケンとヨシツグ

「ケン君! 僕と試合をしてくれないか?」


 ヨシツグがケンに試合を申し込んだ。試合を申し込まれたケンは訳の分からないといった感じで困惑している。そりゃそうだ。ケンとヨシツグは同じ学年ではあるものの接点はあまりない。漢たちの間では友情を確かめ合う試合を行うのは時期尚早というものだ。


「ヨシツグだっけ? なんで俺と試合をしたいんだ?」


「キミのことが知りたくてね。そのためには試合をするのが一番手っ取り早いと思ったからさ」


 ケンの問いかけに対して飄々と返すヨシツグ。


「なるほど。そういうことなら大歓迎さ。友達が増えるのはいいことだからね」


 ケンは爽やかにそう返した。それに対してニィと笑うヨシツグ。二人の試合は決定されてしまった。


「そうだ。ケン君。この試合は正式な決闘じゃないから、拘束力もないけど一つ賭けをしてもいいかな?」


「賭け? まあとりあえず言ってみなよ」


「もし、僕が勝ったら二度とモニカ・アルスターに近づかないで欲しいんだ」


 その言葉を聞いた時、ケンの表情が曇った。そして、鬼のような形相でヨシツグを睨みつけた。


「お前、モニカちゃんのなんなんだ? 返答次第では、試合を決闘に変えてもいいんだぜ」


 一触即発の空気。この空気耐えられないよ。私のために争わないで。


「決闘か。それもいいだろう。決闘で賭けたものは絶対。それくらい重要なものだ。けど、モニカ君は決闘は嫌がっている。だから拘束力がない試合という形式を取らなきゃいけないんだ」


 ケンとヨシツグの二人が睨みあっている。私は遠目で見ているだけなのに、それでも緊張感が伝わってくる。怖い。あの間には絶対に挟まりたくない。


「わかった。今日の放課後、道場に来な。二度とモニカに近づく気が起きないくらいに叩きのめしてやる」


 そう言うとケンは去っていった。


「モニカ君。聞いていたよね。今日の放課後、僕たちの試合を立ち会ってくれないか?」


「え? わ、わたくしがですか!?」


 本音を言えば嫌だ。私を巡って争いはして欲しくない。特にヨシツグ。彼の視線はディアナにだけ向いていて欲しい。私の破滅フラグのためにディアナとくっついて。お願いだから。


「お願いモニカ君」


 しかし頼まれると断れない性格の私。


「はあ、仕方ないですわね。わかりました。放課後立会いいたします」


 結局引き受けてしまった。はあ。今日の放課後は憂鬱だ。



 放課後、ディアナに見つからないようにこっそりと抜け出して道場にやってきた私。ヨシツグとケンは既に道場に来ていた。


「やあ。モニカちゃん。俺がこの野郎をぶっ潰すところを見ていてくれ」


 ケンが白い歯を見せた笑顔を私に向けた。いや、そういうキメ顔されても困る。


「モニカ君。僕はキミのために戦うよ」


 いや、私のこと想うならさっさとこの戦いをやめてディアナとくっついて欲しい。


「それじゃあ、モニカ君の合図で始めようか」


「ああ。上等だ」


 ええい。もうどうにでもなれ


「では、始め!」


 私の始めの合図と共に二人は距離を詰めた。先に仕掛けたのはケンの方だ。右手で正拳突きを繰り出す。


 ケンの一撃はスピードが乗っていて思い。そのことは戦った私がなによりも知っている。この一撃が決まればケンはかなり有利になるが、果たして……


 ヨシツグはケンの正拳突きを軽くいなした。そして、ケンの右手を掴んだ。ケンはそれを素早く振りほどいて後方に跳躍した。距離を取られたヨシツグは不服そうな顔をしている。


 凄い。素人目ではただ単に攻撃が当たらなかっただけのやりとりに見えるかもしれない。けれど、実際は激しい攻防と心理戦が繰り広げられていた。


 まず、ヨシツグはケンの一撃を誘うためにわざと隙を見せた。ケンはその隙にまんまと乗り、正拳突きを繰り出した。しかし、それはヨシグツの罠だった。ケンの攻撃を躱すことで、逆にケンの右手を前に突き出させたのだ。そして、その右手を掴んで投げ技につなげるつもりだったのだ。


 ヨシツグは優れた柔術家。相手の右手を掴みさえすればすぐに投げ技に派生させられるだろう。ケンもそれを察知したのだ。投げ技をかけられないように、掴まれた右手をすぐに振りほどいた。この一瞬の判断がなければ、ケンの体は今頃宙に浮いて、地面に叩きつけられていたであろう。


 そして、ペースをヨシツグに飲まれていることに気づいたケンは後方に下がることで流れを仕切り直したのだ。たった一瞬の所作でこれほどまでの戦いをするとは。お互いの実力が完全に拮抗している証左であろう。


「やるな。ヨシツグ」


「そういうケン君こそ。やるねえ」


 ケンとヨシツグの二人は一定の距離を保っている。ヨシツグはケンの打撃を待っているのだろう。ケンもそれをさっきの攻防で察している。不用意に打ち込めばヨシツグの餌食になることがわかっている。だから打てない。


 この勝負、思ったよりも長引きそうだ。恐らくケンもヨシツグもお互いの集中力が切れるのを待っている。ヨシツグの集中力が切れれば、カウンターを決められずにケンの打撃を浴びせることができる。一方で、ケンが痺れを切らして打ち込んできたら、ヨシツグは楽にカウンターをすることができる。


 お互いが睨みあってから10分ほどが経過した。ヨシツグの額に汗がにじみ出ている。緊張状態から汗をかいてしまったのだろう。ヨシツグの汗が目に入った。その瞬間をケンは見逃さなかった。


 ケンはヨシツグの脇腹に向かって蹴りを入れた。ヨシツグはその攻撃を躱すことができずにダメージを負ってしまう。


 ケンはここぞとばかりに攻撃をたたみかけようとする。脇腹を抑えているヨシツグに第二撃の正拳突きを放つ。だが、これはヨシツグの罠だった。


 ヨシツグはケンに向かって足払いをした。ケンはその攻撃を受けて体勢を崩してしまった。これはケンの油断からくるものであった。


 ケンは先ほどのヨシツグのカウンターを見て、もしカウンターが来るとしたら、自分の右手を掴まれて投げられるという予想を立てた。つまり、神経を右手に集中させて後は疎かになっていたのだ。


 完全に足元がガラ空きだったケン。ヨシツグはそれを見逃すわけがなく、足払いを決める。


 すっ転んだケンにヨシツグが追い打ちをかける。そう寝技が始まったのだ。


 ケンを抑え込むヨシツグ。ヨシツグの寝技も素晴らしいものがあり、これが単純に柔術の試合だったら、ヨシツグの勝利は確実なものだっただろう。


 ところがこれはなんでもありの異種格闘戦。ケンは抑え込んでいるヨシツグに打撃を食らわそうとした。


 しかし、ヨシツグも呼んでいた。ケンの腕をがら空きにさせるなんてヘマはしない。腕もがっちり掴んで動けなくさせた。


 そして、そのまま関節技も同時に決める。見ているだけで痛そうだ。ケンは苦悶の表情を浮かべている。これはもう勝負はあったかもしれない。


 そう思っていた時だった。首と足の力だけでブリッジをした。それに押し出さるヨシツグ。ヨシツグの拘束が一瞬緩んだ。その隙にケンはヨシツグの鳩尾に拳を食らわせた。


 急所を突かれたヨシツグはその場に転がる。かなり強い一撃が入ったようだ。まさかの逆転。ケンが一転して有利になったのだ。


 だが、ケンはヨシツグに近づかなかった。一体どういうことだろうか。


「どうした? こないのか?」


 ヨシツグはケンを挑発した。しかしケンは全く表情を変えなかった。


「行くわけないだろ。寝技はお前の得意分野なんだろ? 寝っ転がっているお前に不用意に近づくほど俺はアホじゃない」


「そうか……」


 そう言うとヨシツグは立ち上がって、服の埃を払った。


「お互いの実力も大体わかったことだし、そろそろいいかな?」


「ああ」


『本気で戦うぞ』

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