第10話 戦いの終わりは突然に
「行くぞ!」
ケンが掛け声をすると同時に物凄い速さでヨシツグに迫った。速い。私と戦った時よりも明らかに速いスピードだ。ケンも成長しているんだ。
ヨシツグもケンのスピードに驚いて硬直している。無理もない。一度、ケンと戦っている私ですら対応できないほどのスピードだ。初見のヨシツグが反応できるはずが……
「せい!」
ケンの打撃をヨシツグが腕で防いだ。ヨシツグもまたケンの速さに対抗できる素質の持ち主だった。
凄い。この人たち、本当に強い。流石は漢女ゲームの攻略対象と言ったところか。素質からして他の格闘家とは一線を画する。
見ているこっちが身震いしてくる。なんて強さなんだろう。あれ? この人たちがこれだけ強いってことは、ケンとヨシツグを味方に付ければディアナを倒せる?
そうだ。二人共私に好意が向いているなら、それを利用しない手はない。少し悪女っぽいやり方だけど仕方ない。私だって命がかかっているのだから。
私が
ケンとヨシツグの攻防が続いた。ケンが打撃を加えようとすれば、ヨシツグがそれをガードする。
ヨシツグが腕を伸ばした。腕を掴まれることを警戒したケンは腕を引っ込めた。ヨシツグはその隙を見逃さなかった。ケンの意識が上半身に集中している時にローキックを決めたのだった。
「痛っ! てめえ! 柔術家じゃなかったのかよ!」
てっきり柔術のみで勝負を仕掛けてくると思っていたケン。完全に油断していたのだ。
「僕は確かに柔術家さ。でも柔術しか使えないわけじゃない。キミほどじゃないにしても、ある程度打撃も扱えるんだよ」
「へえ、そうかい」
ケンがヨシツグに向かって右手を突き出す。これはケンの拳が炸裂するだろう。誰もがそう思った次の瞬間、ケンはヨシツグのガードした腕を掴み、投げ技を繰り出した。
宙を舞い床に叩きつけられるヨシツグ。ケンを投げたヨシツグはすぐさま、間合いを取った。このまま追撃もできただろうけど、ヨシツグの得意な寝技に持ち込まれるのを防ぐためだ。ケンはリスクを負うよりかは安定を取った。
「俺も柔術はある程度使えるんだよ」
「やるねえ」
ヨシツグは立ち上がった。そして、戦闘態勢を取る。
この二人はやっぱり強い。打撃も柔術も使いこなせて、戦闘の幅が広い。やはり、強い漢というのは戦闘中に取れる選択肢が多いものだ。使いこなせる技量の多さが強さに直結する。
もし、ヨシツグが柔術だけしかできなかったら、ローキックによる攻撃チャンスを逃していただろう。もし、ケンが柔術を使えなかったら、打撃をすると見せかけての柔術という奇襲が使えなかっただろう。
この二人は単に強いだけじゃない。自分の強みをわかっている。そして、それを活かす頭脳もある。
私はこの二人の戦いをじっくり見ることにした。私とディアナは好感度を上げた漢の技を受け継ぐことができるオールラウンダータイプだ。色んな技を習得することが可能だ。
もし、色んな技を使えるようになったとしても、それを使いこなせるようにならなければ意味がない。完全に宝の持ち腐れである。
私はまだまだ強くなりたい。そのためには、必要なんだ。強さが、知恵が、使いこなすだけの器用さが。
私が思案している間にも二人の激しい攻防は続いた。殴ってはガードして、蹴ってはガードをして、掴んでは引き離してと言った一進一退の攻防。どちらも決め手に欠けているその時だった。
ケンの体勢が崩れた。先程のローキックが効いたせいであろうか。バランス感覚が失われたようだ。その隙をヨシツグは見逃さなかった。一瞬でケンを掴み、投げた。
ケンが床にたたきつけられた音が響き渡る。この技を受けてない私だから言える。いい音だ。尤も投げられたケン当人にとっては嫌なものであろう。
ヨシツグがそのまま寝技を決めようとする。しかし、ケンは素早く立ち上がった。体勢を低くしたヨシツグはケンの格好の獲物だった。ケンの膝蹴りがヨシツグの顎にクリーンヒットした。
顎は急所。人体の中でも打撃を受けるとかなり痛い場所なんだ。ここに一撃を食らうと脳がぐわんぐわんとした感覚を覚えて、自分が自分じゃなくなるような感じなる。
ケンの一撃を急所に受けたら常人なら耐えられないだろう。事実、ヨシツグも完全によろめいてしまい、立つのもやっとの状態だ。しかし、ヨシツグは雄たけびを上げてなんとか持ち直した。凄い。肉体が強いだけでなく根性もある。やはり、この二人が力を合わせればディアナを倒せる!
ガラっと道場の扉が開いた。そこにいたのはディアナだった。え? なんでディアナがここに来たの?
「ねえ。今、凄い音がしたけど何事……?」
ディアナは私を睨みつけてそう言った。道場には戦闘態勢を取っているケンとヨシツグ。そして、それを見守っている私の構図。漢女ゲームにおいて、この状況を説明できるのは一つしかないだろう。
二人の漢が漢女を取り合い決闘をしている。正確には決闘ではないのだが、それに近いものが起きているのは事実だった。
「モニカ。やっぱり、貴女……! 私を裏切ったね!」
「ち、違うのディアナ! 聞いて」
「言い訳なんか聞きたくない! 私の気持ちを知っていて、そんなことができるなんてひどいよ! モニカもヨシツグを狙っているんだったら言えば良かったじゃない! そしたら、正々堂々勝負する気にもなれたのに! こんな抜け駆けみたいなことされたら……私、」
ディアナの筋肉が膨張した。それと同時に彼女の肉体から禍々しいオーラが放たれた。
「自分を抑えられなくなっちゃうじゃない」
力を解放したディアナ。どうやら本気で怒っているようだ。彼女はこのゲームの主人公。いわば、製作者に愛された最も強い存在である。余程修行をサボったりしなければ、間違いなく作中最強の力を身に着けるだろう。
そう。ゲームとは最終的に主人公が勝ってクリアできるようになっているのだ。それが当然のゲームデザイン。主人公の前にはどんなサブキャラや敵も駒に過ぎない。なぜなら、ゲームを動かしているプレイヤーを楽しませるためにゲームは作られているのだから。
でも、それは主人公を究極まで鍛え上げた時の話だ。やはり主人公は初期ステータスというものがあり、それが低いうちは主人公より強い存在はゴマンといる。大丈夫。今のケンとヨシツグはディアナより強い存在だ。彼らにディアナを倒して貰えれば、私の破滅フラグは避けられる。
主人公を倒せばゲームオーバー。いわば、悪役の勝利だ。私が目指すのは正にそれだ。
「なんだかよくわからないけど、モニカちゃんがピンチのようだね。ヨシツグ。ここは一時休戦といこうか」
「ああ。このディアナはやばい。僕たち二人がかりでも勝てるかどうか怪しい。ケン君。力を合わせて戦おう」
さっきまで敵同士だった二人が、強大なる敵と戦うために協力する。まさに漢の中の漢の展開である。昨日の敵は今日の友。漢は敵だと思った相手を許す度量が求められているのだ。
「待って。わたくしも戦いますわ。元はわたくしが撒いた種ですもの」
少しでも勝率を上げるために私も参戦することにした。流石に、漢と漢女という三人の闘士を前にすれば、主人公のディアナも勝てないだろう。私に残された唯一の希望。主人公のゲームオーバーを賭けて私は戦うことにした。
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