第8話 好きと言われても困る

 目の前にいるのはヨシツグ。彼は友人のモブ男子生徒に囲まれている。流石にその状況で、どんな女の子が好みかなんて訊けないだろう。


 狙うのはヨシツグが一人になったタイミングだ。それまで待つ必要がある。私はヨシツグの方をチラチラと見ていた。


 結局、放課後までヨシツグが一人になるチャンスはなかった。けれど、授業が終わった今、ヨシツグは一人になっている。話しかけるなら今がチャンスだ。


「ねえ」


 私はビクリとした。話しかけようと思っていたヨシツグの方から声をかけられたからだ。


「モニカ君だったよね? ふふ、今日は何だかキミと目が合う気がしてね。僕の気のせいかな?」


 確かに。今日は私はヨシツグのことを意識して、彼の方ばかり見ていた気がする。それで目が合うと勘違いされてしまったんだ。


「あ、そ、そう。そうなんですわ。わたくし、ヨシツグにお話ししたいことがありましてずっと機会を伺っていたんですの」


 適当に誤魔化しても仕方ない。正直に話した方が気が楽だ。別に嘘をつく理由もないし。


「僕に話したいこと? なにかい?」


「えっと。ヨシツグはどんな女の子がタイプなんですの?」


 ストレートな質問。これでディアナみたいな子がタイプだと答えてくれれば話は早い。そうすれば、私の任務は達成されて破滅フラグも折られる。


「そうだね。モニカ君みたいな女の子がタイプかな」


「ふぇ!?」


 思わず声が漏れる。え? 私? なんで。私、別にヨシツグを狙ってないんだけれど。


「ははは。びっくりした顔も可愛いね。僕はね、女の子と数回、目が合うだけで運命というものを感じるんだ。今日はモニカ君とかなり目が合ったからね。それだけで好きになっちゃうよ」


 困る困る困る。想像していた中で最も悪いパターンを引いてしまったらしい。ヨシツグが私を好きになる。これではディアナを怒らせるだけだ。ディアナが私に対して敵意を迎えたまま、エンディングを迎えると確実に破滅フラグへと向かうだろう。


 それだけはなんとしても避けたい。


「そ、そんなこと急に言われても困りますわ。ヨシツグ。わたくしはある女の子に頼まれて、ヨシツグの好みのタイプを訊いただけですの。その女の子に申し訳が立たないですわ」


 私が目を伏せながらそう言う。しかし、ヨシツグは私の手を取り顔を近づける。


「そんな大事なこと自分で訊かない子は好きじゃないな。そんなことより、友達がどうこうじゃなくて、キミの気持ちが知りたいんだよ。僕は」


「わ、わたくしの気持ち……?」


 本音を言えば私はヨシツグは嫌いではない。というか、このゲームの攻略対象のキャラは全員好きだ。私的には地雷がないのだ。


 そんな状況で迫られて断れるのか……否、断らなきゃダメなんだ。ディアナのため。私の破滅フラグ回避のため。


「ご、ごめんなさいヨシツグ。わたくしは、そんなつもりじゃ」


「あははフラれちゃったね残念。でも気が変わったらいつでも言ってね。それじゃあ、これからディアナと約束があるから」


 そういえば、ヨシツグはディアナと放課後特訓の約束をしてたっけ。それなのに私をナンパするなんてとんでもない胆力というか。これが肉食系男子と言われる所以ゆえん。恐ろしや。



 私はディアナに結果を報告しようとする。流石に、ヨシツグが私をタイプだと言っていたと言えばディアナの鉄拳が飛んできそうだ。それは避けなければならない。上手い具合に誤魔化そう。


「それで結果はどうだったの? モニカ」


「えっと……ヨシツグはよく目が合う女の子に運命を感じみたいですの。だから、ヨシツグの方を頻繁に見るといいですわね」


「ありがとうモニカ。実践してみるね」


 これで良かった。そう、これで良かったのだ。そうすれば、ディアナと目が合ったヨシツグは勝手に彼女のことを好きになってくれるだろう。そうすれば、ディアナとヨシツグがくっつく。この二人がくっついたのが私のお陰となれば、ディアナも私に危害を加えることはないだろう。


 数日後、私はヨシツグに呼び出された。一体何の用だろうか。


「モニカ君。最近、ディアナ君から妙に視線を感じてね……なんだか睨みつけられているようで怖いんだ」


「え?」


「だから、キミの口から僕の方を見るのを辞めるように言ってくれないかな? 流石に女の子に面と向かってこっち見るなとは言えないからさ」


 な、なんてこった。私がディアナにアドバイスしたことが逆効果だったなんて。このことがディアナにバレたら私のせいでヨシツグに嫌われたことになる。それだけは避けなければならない。


「な、なんでですの。この前は目が合ったら好きになるって言ってたじゃありませんか?」


「いやー。限度があるでしょ限度が。あれは目が合うレベルじゃなくて殺気を感じるレベルだったよ。ディアナ君は過去に目だけで人を殺したことがあるね。間違いない」


 一体どんだけ見てたんだディアナは。加減を知らないのはあんたの悪い癖だ。


「大体にしてなんでディアナ君は急に僕の方を見るようになったんだ。全く心当たりがないな」


「あははは。な、なんででしょうね。不思議なこともあるものですわね。あ、わたくしは用事がありますので失礼致しますわ。」


 私はその場から立ち去ろうとする。まずい。なんとかして対策を立てないと、このままではディアナはヨシツグに嫌われてしまう。


「あ、待ってモニカ君」


 ヨシツグが私の手を掴んできた。私は思わず立ち止まってしまう。不意に感じられる男の子の手。少しドキドキしてしまう。


「今度、僕と試合して欲しいんだ」


「え、えぇ!? 試合」


 試合すること自体は構わない。相手がディアナの好いているヨシツグでさえなければ。もし、私がヨシツグと試合したとなれば、ディアナは私に嫉妬するだろう。漢女にとっての殿方との試合は特別な儀式。一般的な感覚とズレてはいるが、そういうものなのだ。


 ディアナも相当な漢女だ。漢女指数が高ければ高い程、男女の試合は特別な意味を持つようになる。意中の相手が他の女と試合したとなれば、それはもう嫉妬で気が狂うほどであろう。


 だから……


「ごめんなさい。ヨシツグ。わたくしは貴方と試合することはできませんわ」


 私は深々と頭を下げて試合を断った。ここで試合をしてしまっては、ディアナの怒りを買うだけである。


「モニカ君。もしかして、他に好きな人でもいるの?」


「え、えっと……そ、それは……」


 そうだ。好きな人がいると答えてしまえば、それでいいんだ。ヨシツグもきっと私を諦めてくれるはず。そう思っていた。なら、手頃な異性の名前を出せばいいや。


「ケン……ケン・ジールですわ。わたくしが好きな相手は」


 打撃の鬼のケン・ジール。彼とは実際に戦ったことがある。漢女的には特別な相手と言えるだろう。


「ケン君か。ふふふ。面白くなってきたね。モニカ君。僕はケン君に決闘を申し込むよ」


「えぇ! 決闘!?」


 決闘と言えば、なにかを賭けて戦う神聖な儀式。決闘を汚すものは死を持って償うほどの重いものなのだ。それを軽々しく言ってのけるヨシツグ。やはり、彼はただ者ではない。


「尤もこの決闘はモニカ君が了承してくれないと成立しないけどね。何故なら僕たちが賭けるのはモニカ君とデートをする権利だ」


「デ、デート!」


 思わず声が裏返る。デートの申し込みになんで決闘が関わってくるの? え? ってか、やめて。もし、ヨシツグが私とデートする権利を賭けて決闘したことがディアナにバレたら、私がディアナに殺されるんだけど。


「お、お断りします。デートは無理です」


 イケメン二人が私を取り合って決闘する。そのシチュエーションは確かに美味しいものがあるが、いや、むしろ大好物だけど、命の方が大事だ。そういうのはヨシツグが関わらない別の攻略対象のキャラでやって欲しい。


「デートはダメか……ふむ。仕方ない。モニカ君の意思を尊重して、ケンとの決闘はなしにしよう。公の場でそういうのをやられても迷惑なだけだよね?」


「は、はい。全くそうですわ。でも、わかってくれて嬉しいです」


 なんとかこの場は丸く収まりそうだ……と思っていた私の読みは甘かった。


「では、個人的にケンと試合をしよう。正式な決闘じゃないから拘束力はないが、負けた方は二度とモニカ君に近づかないという約束で」


 こ、こいつ、わかってない……

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