乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生したと思ったら、漢女ゲームでした

下垣

第1話 彼女は乙女ですか? いいえ、彼女は漢女です。

 突然ですがここでクイズです。私は歩行者用信号が青の時に横断歩道を渡ってました。そこに居眠り運転をしているトラックが突っ込んできました。悪いのは誰でしょうか。


 シンキングタイムスタート。


 正解! 悪いのはトラックの運ちゃんでした。しかし、悪いはずの運ちゃんは生き残って、何も悪くない私は死ぬ。こんなに理不尽なことってあるのでしょうか? 私がいくら死後の世界で正しさを説いたところで、結局死んでしまったらどうしようもない。正しさは身を守るすべにはならないのだ。


 ちなみに先程のクイズの別解だけど、悪いのは私の運とも言える。車には本当に気を付けた方がいい。対人事故では歩行者が有利だとしても、それは生きていればこその話だ。死んでしまえば私個人には何の賠償も支払われない。完全に殺され損なのだ。


 そんなわけで私は18歳の生涯を終えた。ただ、乙女ゲームが好きすぎることを除けば平凡な女子大生ながら、懸命に将来のために勉強していたというのにこんな理不尽なことがあっていいのだろうか。


 と言うのが、私、平井ひらい 優愛ゆあの記憶。この記憶が蘇ったのはつい数分前。私が木の上から紐なしバンジージャンプをして、頭を強打した時に思い出した。


 今の私は、モニカ・アルスター。15歳。アルスター家の長女にして、伯爵令嬢である。私はこの春から王立学院スラバドールに入学することになっている。その話を聞いて私はすぐに思い出してしまった。これは私が生前プレイしていた乙女ゲーム……否、漢女ゲームの世界だと言うことに……



 ディアナ・ユリバーはどこにでもいる普通の平民の女の子だった。ある日、ディアナは森でクマに遭遇して腰を抜かしている中年男性を見つける。ディアナは持ち前の怪力でクマを倒した。


 感謝した中年男性の正体は王立学院スラバドールの学長だった。学長は助けられたお礼にディアナをスラバドールに推薦入学させることにしたのだ。


 こうして、ディアナは名門貴族や王族しか入れない王立学院スラバドールに入学することになったのだ。


 そこで出会う5人の豪傑なイケメン達。あなたは誰とマッチする?



 と言う、とんでもない内容のゲームの世界に私は転生した。このゲームはイケメンとキャッキャウフフするような生易しいゲームではない。イケメンと拳で殴り合い、友情を高めて、それが愛情に発展していくという想像の斜め上を行くゲームなのだ。


 イケメンを攻略するのが乙女ゲームなら、このゲームは間違いなく乙女ゲームであろう。何故なら、このゲームのイケメンはいずれも猛者揃いで正攻法でやっても勝てない。きちんとした【攻略】が必要なのだ。


 打撃技を得意とするケン・ジール。


 東洋から来た柔術家のヨシツグ・ミナモト。


 関節・絞め技が得意のビル・パイソン。


 人体の急所を知り尽くしているロディ・ブラスト。


 そして、鋼の肉体を持つダリオ・ディーブ。


 個性豊かなこのイケメン達を攻略して、学院の覇者になるのか。一人を選びお互いを高め合うライバル関係になるのか。はたまた、誰とも関わらず。一人で修行をして孤高のファイターになるのか。色んなルートがある神ゲーである。


 熱いストーリーも展開されるこのゲームは乙女ゲームならぬ、通称漢女ゲームとしてファンの間で呼ばれている。このゲームは賛否両論ではあるが、私は賛の方だった。だって、普通に面白いもん。


 さて、そんなゲームでのモニカの立ち位置とは……悪役令嬢ヒールである。イケメンを攻略しようとすると必ず現れるお邪魔キャラ。所謂咬ませ犬的な立ち位置である。


モニカ:これ以上わたくしの愛しのケン様に近づくのは許しませんわ。

    わたくしが今ここで引導を渡してあげます。


ディアナ:わかった。戦おうモニカ。でもね、私はもう貴女の顔が見たくない。

     私に散々嫌がらせをしてきた貴女だけは許さない!

     この勝負。負けた方が国外追放されるのはどう?


モニカ:受けて立ちますわ。わたくしが貴女ごときに負けるはずがありませんもの。

    貴女は所詮庶民の出。それを思い知らせてあげますわ。


 そして、戦闘は自動的に行われて、どう足掻いてもディアナが勝つようにプログラムが仕組まれている。



モニカ:そ、そんなわたくしが負けるなんて何かの間違いですわ。


ディアナ:残念だったねモニカ。約束は守ってもらうよ。


モニカ:い、嫌です。た、助けて下さい。ま、待って国外追放だけは……


 といった感じでモニカは無様にも国外追放されてしまう。エンディングでは無人島で暮らしているボロボロのモニカの一枚絵がチョロっと出る程度の扱いである。


 これはどのルートを選んでもそうなるのだ。イケメン全員をぶちのめす最強ファイターへの道を選んでも、モニカは最後の一人と戦う前に颯爽と現れて無様に負けるし。孤高のファイターへの道を選んでも、モニカが山籠もりしているディアナに会いに行って負けるという。


 そう、私は破滅ルートしか用意されていない悪役令嬢に転生してしまったのだ。


 嫌だ。ディアナにボコボコに殴られた上で追放なんて嫌だ。私は追放を免れたい。


 このゲームにおいて、追放を免れる方法は一つ。そう、たった一つしかないのだ。クマをも素手で倒す女ディアナを倒すしかない。


 こうして、私の特訓の日々が始まった。全ては打倒ディアナのため。憎き主人公を倒さなければ、悪役である私は生き残ることが出来ない。


 ならばやることは一つである。筋トレだ。幸い、私は入学前に自身の破滅フラグに気づくことが出来た。つまり、今はゲーム開始前なのだ。この大きなアドバンテージを活かして、私は肉体を作り上げる! 寝る間を惜しんでの筋トレ。


 最初はただの伯爵令嬢に過ぎなかった貧弱ボディでは1日1時間の筋トレが限界であった。モニカは決して最初から強いファイターではなかった。平民出なのにちやほやされているディアナへの対抗心から努力で強くなったのだ。


 1日2時間。4時間。8時間と倍々に筋トレ時間を増やしていった。そして、ついに入学式前日に私は最強の体を手に入れた。なんと、その日は1日32時間もトレーニング出来たのだ。時空の歪みを発生させるほどの筋肉。これなら、勝てる! ディアナに勝てる!


 私はそう確信していた。そして、運命のディアナとの初対面はつたいめんがもうすぐ訪れる。校門にディアナが現れた。急遽入学が決まったディアナは制服が間に合わなかったのか私服で来ていた。そこに私が目を付けるというストーリーだ。


「貴女、何で私服でここに来ているのですか?」


「えっと……その、制服の発注が間に合わなかったんだ」


「あら、そうでしたの。そんなみすぼらしい服を着て、この学院の敷地をまたがる気なのでしょうか?」


「そんな……」


 ふふふ。効いてますね。ここで一つマウントを取るとしましょうか。入学初日から相手の戦意を喪失させる。戦意を消失した相手は腑抜けになり弱体化する戦法。


「ちなみに、わたくしは1日32時間筋トレが出来ますわ。そのわたくしの機嫌を損ねないことね」


 勝った……このマウントで私の勝利は確実なものとなった。追放されるのはお前だ! ディアナー!


「え? たった32時間? 私その倍の64時間はいけるんだけど?」


 え?


「そんな少ない時間でマウント取ろうとするなんてこの学院もレベルが低いのかもね。やっぱり貴族のご令嬢はそれが限界なのね。あーあ、がっかりしたなー」


 な、何なんだこの女は……1日64時間……? あ、ありえない! 1日は24時間しかないんだぞ!


 私はディアナに格の違いを見せつけられて絶望した。か、勝てない。こんな化け物にどうやって勝てと言うんだ……


 私は入学早々挫折しかけた。やはり、破滅フラグの回避は一筋縄ではいかなそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る