第十九話◇達人とインナーマッスル


 私としてはチャンバラ、殺陣が流行して欲しいと考えているのだが。


(* ̄∇ ̄)「難しいんじゃない? スポーツチャンバラみたいな競技ならともかく」


 うーむ、護身術にもなり、介護にも役立ち、歳をとっても元気に暮らせる身体動作を学ぶとか、あるのだが。


(* ̄∇ ̄)「バスケットボールに応用できるとか、スゴイと思うけど。剣術そのものに魅力を感じて、武術を娯楽として、グランドゴルフとかサッカーみたいにやる人はいないと思う」


 剣術の型も面白くて、いい歳した大人が真面目にチャンバラごっこするのは楽しいのに。

 

( ̄▽ ̄;)「オッチャンみたいなのは少数派」


 一緒に武術の型で遊んでくれる人が欲しい。

 その為にもチャンバラのいいところを紹介といこう。


■歳を取っても動ける身体作り


 前述の松林左馬助無雲が、徳川家光に演武を披露して驚かせたのが59歳のとき。他にも80歳まで若者相手に負けたことが無いという剣術家、中山博道など、年齢関係無く強い達人、というのが古武術には出てくる。


(* ̄∇ ̄)「80歳になっても負け無しはスゴイけど。それって、その人がスゴイって話で、誰もが歳をとっても元気に動けるってことじゃないでしょ?」


 老いても現役、年寄りとは思えない達人の逸話。スポーツ選手だとあまり聞かないような生涯現役の老師。

 気、とか、呼吸法、とかいう話もあるのだが、ここで人の筋肉の話をしよう。


 歳をとれば筋肉は衰える。お年寄りを見てみれば手や足が細くなり、筋肉ムキムキのお年寄りというのは少ない。

 では、筋肉の老化とは、人の全身の筋肉で全て同じなのか?


(* ̄∇ ̄)「え? 筋肉の老化が場所によって違うの? 手と足で筋肉の衰えかたが違うとか?」


 全身の全ての筋肉が同じ衰えかたをすると、歳をとって筋肉が弱ったら、すぐに歩けなくなる。だけど歩く速度が遅くなっても、まだ歩けるという状態というのはけっこう長い。


 これは皮膚に近い筋肉ほど、意識して動かしやすく鍛えやすい。その代わりに身体の表面に近い筋肉は衰えやすい。

 逆に骨の近く、身体の内側に近い筋肉や不随意筋は、鍛えにくいが衰えにくい、というもの。人の筋肉は部位によってこういう違いがある。

 これはスポーツでインナーマッスルと注目されているものだ。

 深層筋、体幹筋のことをインナーマッスルと呼び、表層筋、身体の表面に近い筋肉をアウターマッスルと言う。


(* ̄∇ ̄)「インナーマッスルが鍛えにくいけど衰えにくくて、アウターマッスルが鍛えやすいけど衰えやすい筋肉?」


 大まかにはそんな区分けで。そして古流の武術の型では、その意識しにくく鍛えにくいインナーマッスルを使って身体を動かそう、というもの。

 

(* ̄∇ ̄)「昔の人がインナーマッスルを知ってたってこと?」


 駒川改心流剣術の刀の素振りに廻剣素振りがある。この素振りの特徴として両肘伸展、つまり両方の肘を伸ばしたまま、肘を曲げずに刀を振り上げ振り下ろす動作の素振りだ。

 これは実戦において肘を曲げないで刀を振る、ということでは無い。

 両腕を伸ばしたまま、肘を使わずに胸の働きで腕を上げたり下げたりする身体の使い方を学ぶためのもの。


(* ̄∇ ̄)「なんでそんな刀の振り方するの?」


 腕だけで刀を振らないようにするため。

 通常、腕を上げるときに使う筋肉は三角筋だが、練習しだいでは三角筋以外の筋肉も腕を上げるのに使える。


 これは和太刀の清水さんが教えてくれた例えなのだが、人の身体をひとつの会社に例えてみる。


(* ̄∇ ̄)「人間の身体が会社?」


 肩凝りがひどい、腱鞘炎が辛い、腰が痛い、というとき。これは身体のその部位だけ働かせていることになる。特定の部位だけやたらと働かせられて、他の部位は疲労してない。だから疲労の溜まった部位にだけ症状が出る。

 これは係長が仕事ができるからと、係長だけ無理に働かせられて、他の社員や部長や課長は怠けているようなもの。

 係長だけが頑張って過労になるから、身体の特定の部位にだけ、つまり係長にだけ負担がかかる。このままでは係長が過労死してしまう。

 ひとつの会社で社長も部長も課長も係長も平社員も、それぞれがちゃんと仕事をしたら、ひとつの会社として凄いことができそうじゃないか?


 腕を上げるという運動も、三角筋だけにやらせないで、胸筋に背筋も手伝ってやれ、というもの。

 会社の中で怠けているのを見つけて、仕事しろよ、というのと同じように、身体の中で怠けている筋肉を見つけて働かせる訳だ。


(* ̄∇ ̄)「えー? そんなことできるの?」


 解剖学的に見て、人体を効率良く使う、という言い方もできる。

 そのために意識して使いやすいところを動かさないように制限をかけ、いつもよく使う筋肉以外のところで身体を動かせるように修練する。

 これは古流の剣術だけの考え方では無い。

 合気道における朝顔の手。

 少林寺拳法では鈎手の理。

 肥田式強健術では集約拳。

 空手では孤拳、鶴頭。

 いずれも手首と指の形を固定して腕を使う。腕の中の体内感覚を鋭くして、体幹の力を腕に伝えようというもの。


 また、民弥流居合術での座構え。

 左足で正座し右足は前に、軽く膝を曲げ足裏を正面に向ける座り型。

 この体勢から抜刀しながら立ち上がるのだが、これも膝から下に制限をかけた状態での足の使い方、重心の取り方など練習できる。


 同様に一文字腰と呼ばれる腰構え。

 膝を曲げ腰を落とす立ち方も、股関節から足を動かし、腸腰筋から足を使う移動の仕方を感覚として掴む練習ができる。


(* ̄∇ ̄)「腸腰筋って?」


 腰骨の中、背骨と骨盤と太股のつけ根に繋がる筋肉。体幹トレーニングで重要とされるインナーマッスルのこと。


 古流の剣術や甲冑剣術では、膝を曲げ腰を沈めた低い体勢がある。

 これは空手の三戦立ち、騎馬立ち。

 中国武術の馬歩とも類似点がある。

 どちらも武術の型としてあるが、武術の型がそのまま実戦で使えないのは、型とは人体の動作を、日常的なものから武術的な動作に修正するためのものだから。

 日頃、思い通りに動かせると感じてる身体の部位に制限をかけ、意識しにくい筋肉、通常の動作で知覚し難い部位から、身体を自在に使おうという練習法だ。


( ̄▽ ̄;)「つまりなんだ? 昔の武術の達人って、特殊な筋トレしてたから、年寄りになっても強かったって?」


 武術に筋トレはあまり無い。というのも、筋トレの前に全身の筋肉の効率的な使い方を、先ず身体で覚えよう、となる。

 人間の身体の筋肉は細かく分けるとその数は600を越える。これを全て把握して、連動させて使いこなすのは難しいだろう。


( ̄▽ ̄;)「一生かけても無理なんじゃ? 600って……」


 猫や犬などは、水に入れると猫かき、犬かきと泳ぐことができる。


(* ̄∇ ̄)「いきなり犬かきの話になった」


 これは犬や猫は溺れないように、生まれつき本能で溺れない泳ぎ方を知っていることになる。

 アザラシは水の中を自在に泳ぐ生き物と思われているが、アザラシは生まれつき泳げない。親の泳ぎ方から学習しないと、アザラシは溺れてしまう。


 先天的に泳げる犬や猫は溺れない方法を本能で知っている。その代わりに泳ぎ方を後天的に学習することができない。

 救命用のゴムボートのようなもの。


 アザラシは泳ぎ方を学習しないと溺れてしまうが、後天的に泳ぎ方を学ぶことによって、自在に水中を泳ぐことができるようになる。

 こちらはエンジン付のモーターボートだろうか。


 ゴムボートがあれば溺れずに済むが、進むのは遅い。エンジン付のモーターボートは速い代わりに操縦が複雑。

 後天的に学ぶことにより、より精密で複雑な操作をものにできる。

 人間はというと、歩くことも走ることも泳ぐこともプリセットされていない。野生動物と違い、立つことすら後天的な学習が必要になる生き物だ。

 だから動作の学習しだいでは、ダンス、楽器の演奏、舞踊、スポーツ、武道、と実にバラエティ豊かな専門家が数多く現れるのも、人間の特徴。


(* ̄∇ ̄)「あー、もしかして、人に生まれつき本能に平泳ぎがプリセットされていたら、誰も溺れない代わりに、クロールも背泳ぎもバタフライも、この世に無かったかも知れないんだ」


 意識して操作するのが難しいインナーマッスルの使い方を覚えて、そこから身体を動かせるのが達人だとする。

 衰え難いインナーマッスルを扱えるように鍛えたからこそ、80歳まで無敗という身体動作が可能になった。

 これが老いてなお強い武術の達人なのではなかろうか?


(* ̄∇ ̄)「インナーマッスルって、そんなにスゴイの?」


 気の力や波動の力、謎の大宇宙パワー、大自然の力と一体に、といろいろ言われることもあるが。

 私が理解して、剣術の型をやってみて、実感したものから説明するとこうなる。


 また、動作の質そのものが人の日常的動作から変わるので、普通の人の動きを見慣れた人には、ちょっと変わった動きに見える。

 これが実戦において、見切り難い動き方に繋がる訳だ。


 古流の剣術において、刀の素振りは腕を使わないように刀の振り方を学び。低い腰構えからは無足とも呼ばれる、足を使わないで重心を移動させる動き方を学ぶ。

 ここから、振って振らず、歩いて歩かず、というような言い方をする。


(* ̄∇ ̄)「いつもは使わない筋肉を使って動け、ということ?」


 これは自分の身体の動きに興味を持って、考えて意識して練習すれば、誰もが達人になれるかもしれない、ということ。

 これは武術に限らない。


 とある剣術家とお団子屋の店主が対決した。


(* ̄∇ ̄)「何故、サムライが団子屋と? 対決?」


 その侍は抜刀術に自信があり、団子屋の店主は団子作りに自信があった。

 侍が刀を抜刀してから納刀するまで、刀を鞘から抜き、斬り、刀を鞘に納める。その速さを自慢する。

 団子屋は片手にヘラを持ち、片手でこねた団子の中に、ヘラで掬ったあんこを入れる速さを自慢した。

 これでどっちが速いか勝負しようとなった。


 侍が抜刀斬りから納刀するまでの一瞬に、団子屋が侍の刀にヘラで掬ったあんこをつける。

 あんこが刀についたら団子屋の勝ち。


「お侍さんが勝てたら、うちの団子、ずっとタダで食わせてやるよ」


 と、団子屋は自信ありげに。

 刀に自信のある侍は、これはおもしろいといざ対決。

 侍が鞘から刀を閃かせて素早く刀を鞘に納める。

 団子屋の店主はニヤリと笑う。

 侍が鞘から刀を抜くと、刀身にあんこがペタリとついていて、団子屋の勝ちとなった。


(* ̄∇ ̄)「なんか、マヌケな勝負。でもどっちも自分の技に自信があったってことか」


 刀が侍の魂なら、職人の道具、団子屋のヘラも団子屋の魂、だろうか?

 団子屋にとって団子を作るのが毎日の作業。

 そこで如何に速く、如何に正確に作るか。数を大量に作る上で、如何に疲労せず手早く作り続けることができるか。

 その修練を積み重ねた結果、団子屋は抜刀術に勝った。

 

( ̄▽ ̄;)「自分の仕事に誇りを持つ職人はスゴイと思うけど、こんな異種格闘技戦は無い」


 こういうのも機械化が進み喪われた技のひとつだろうか。


 追記


 腸腰筋は鍛えることで、下腹部を引き締めウェストを細くし、骨盤の位置を矯正しヒップアップにも繋がる。

 意識して鍛えることが難しい筋肉だが、そこから足を使うようにできれば、年老いても元気に歩ける足腰に繋がるだろう。

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