第十八話◇武術の気
今回は気の話といこう。武術では遠当て、気当て、と、離れた敵を触れずに倒す技、というものが伝えられている。
(* ̄∇ ̄)「はどーけん! パワーウェイブ! 格闘ゲームではお約束の飛び道具」
気功ではこの気を自在に使う。気、というものがあるのが前提となる。
(* ̄∇ ̄)「でも、気って本当にあるの?」
それを言い出すとミクロコスモスとかマクロスペースとかエーテルとか、現代科学で未発見の空間物質を人が意識で操作できるとか、SFの話になってしまう。
また、遠当てが本当にあるか、という実験なども行われているが、確実に実在すると証明できた実験は無いようだ。
ビルの4階に気功師(送信者)を置き、1階にその弟子(受信者)を配置し、1試行80秒間に1回だけ発気したときの、送信時刻と受信時刻との時間差を検出する実験などがある。
遠当ての実験により、技をかける側、かけられる側、両方の脳波を測定したりなど。
これで気を受けた被験者の脳波に変化が起きることが判明。この論文には、『未知な情報伝達機構の存在が示唆される』と、書かれている。
(* ̄∇ ̄)「おお、はどーけんは実在するのか?」
どうだろうか? 示唆される止まりであり、謎物質の存在が証明された訳では無い。人を倒すほどパワーがあるかどうかは、未だ未知のまま。
さて、武術、忍術であるという技には、遠当て、金縛り、幻視術、というものが伝えられている。
ここで幻視術に注目したい。
(* ̄∇ ̄)「幻視術って?」
この幻視術の使える武術家が、道場で弟子にエイと気合いをかけると、弟子の袴に火がついて燃え出した。弟子は熱い熱いと大慌てした。
(* ̄∇ ̄)「なにそれ? 発火能力? パイロキネシス?」
実際は燃えていない。袴が燃えた、という幻覚を弟子に見せた訳だ。これは暗示の一種。
他にも存在しないまんじゅうを相手に見せて、その相手は首を傾げながらも存在しないまんじゅうを手にして、半分に割って口に入れ、うまいと言わせたとか。
(* ̄∇ ̄)「催眠術みたい」
催眠術に近いものではないだろうか。
私が体験したものではこういうのがある。
和太刀の清水さんが見せてくれたものだが。和太刀の稽古の帰り、ファミレスで和太刀の人達とお茶をしていたときのこと。いつもの稽古の反省会の中のこと。
テーブルにタバコの箱が置いてあり、清水さんが、
「ちょっと見てて」
と、隣に座る人に言う。そして清水さんがテーブルの上のタバコに手を伸ばすと、隣に座る人がその清水さんの手に自分の手を伸ばして、清水さんの手を握ってこう言う。
「あれえ?」
と。
(* ̄∇ ̄)「え? どういうこと?」
本人に清水さんの手を握るつもりが無いのに、清水さんを見ていたら、自分の手が勝手に動いて清水さんの手を掴んでいた。
清水さんいわく、相手の手を握りたくなる動きかたをした、とのこと。
( ̄▽ ̄;)「なんでそうなるのか、ワカンナイ」
例えば、握手をする習慣のある人に手を差し出せば、相手は釣られて手を伸ばして握手する。これは、相手の動きのパターンを引き出す動きをすると、相手は釣られてそう動いてしまう、というもの。
(* ̄∇ ̄)「そんなことできるの?」
効く相手と効かない相手がいる。視界に入る人の動きに何の興味も無く、何の反応も返さない人には、効かないだろう。
道で人とすれ違うとき、互いに避けようとする方向に動いてしまい、右、左、とバッティングするのは、これが上手くできないとき。
相手の動作で相手の移動する方向を読み違える。相手もこちらの動作で行く方向を読み違える。
互いにわずかな動作で相手の行きたい方向が読めれば、こういうのは無い。逆にこれを上手く使えば、相手の移動する方向を自分の動作で操作できるようになる。
道で人とすれ違うだけでも、人は視界に入る人の動作の影響を受けて反応する。それができないと道を歩くだけで人にガツンガツンとぶつかるから。
その反応を引き出すことができれば、人に自分の手首を掴ませることもできる、ということらしい。
( ̄▽ ̄;)「自分の手が無意識で人の手を掴むって、なんか気持ち悪い」
真剣での対決ともなれば心理戦ともなる。相手の隙を読む、わざと隙を見せて相手を誘う。
相手の心理や意識の隙につけこむ技の延長に、幻視術があるという。
金縛りの術、というのも、相手の動き出しに大声をかけて驚かして動きを止める、というものから、ではないだろうか。
相手の動作に注目し、相手が動くところでは無く、相手が動こうと思ったところにしかけると、『なんでわかるんだ?』と、驚いてくれる。これは上手く決まるとおもしろい。
(* ̄∇ ̄)「オッチャン、金縛りの術、できるの?」
できない。そこまで極めて無い。
和太刀の稽古で、相手の動き出しをとらえて抜刀する練習をしたことがあるだけ。
武術に限らずサッカーやバスケなどのスポーツでも、フェイントのような心理戦を突き詰めれば、相手を騙す暗示に行き着くだろう。身体の動作だけで、右と見せ掛けて左に、とか。これも相手の思い込みを操作する技だろう。
(* ̄∇ ̄)「フェイントも一人時間差も、暗示に繋がるって? ほんとに?」
命懸けの勝負に繋がる武術では、その突き詰め方も尋常では無いだろう。
気当てでは、いたずら好きな剣術家が鳥獣店、今でいうところのペットショップ、に遊びに行ったところ。
高価な金魚が何匹も泳ぐ水槽を見て、
「おもしろいものを見せてやろう」
と言い、金魚にハッと気を当てたところ、金魚が全部腹を上にして浮いてきた。
店主が大慌てするのを笑いながら見て、再びハッと金魚に気を当てると、金魚は元に戻って泳ぎ出した。
( ̄▽ ̄;)「それ、本当なの?」
分からない。だが、こういう話は伝わっている。これは検証しようにもできる人がいなくなってしまっている。
気当てや気配取りに繋がるのではないか、という稽古法もある。目録以上、または免許以上の者がしていたもので闇稽古というもの。
真っ暗闇の中で気配だけを頼りに打ち込む稽古だ。
(* ̄∇ ̄)「マンガみたい。ほんとにそんな練習してたんだ」
剣道の防具とはこういう稽古でも大ケガしないようにと使われるもの。暗闇に慣れると、目で見えなくとも何となく解り、正確に小手、面、胴、と打ち込めるようになるという。
これはよほど人の動きに鋭敏になる感覚を育てなければ、難しいだろう。
気配に敏感となり、気配を操るのが気当て、に繋がるのではなかろうか?
気当てに関しては、
『他流でも柔術では目録以上取っているものに対しては、気当てができるものとして、用心してかからねばならない』
とも伝わっている。
( ̄▽ ̄;)「なにそれ? はどーけんできる人がごろごろいたってこと? うそー?」
武術研究家、甲野善記 先生いわく。
『私でも感応しやすい人には、触れないで倒すことはできますが、これのみに気を奪われたら武術はどんどん崩れていくと思います』
どうやら武術の修練の中で副次的にできるもののようである。
実際は、気、という見えない力よりも気構え、心構え、という意味で気という言葉は使われていたようだ。
現代ではメンタリストなど、動作から心理を読むというものがあるが、真剣での斬り合いとなれば、僅かな前動作から相手の動きを読めなければ、負けて死ぬ、となればそこに神経を張り詰めるものだろう。
夢想剣の奥義を伝える例え話にこういうのがある。
山の中で
樵が何者だ、と尋ねると不気味な獣は、さとりだ、と応える。
これは珍しいと樵は生け捕ろうとすると、さとりは、
「お前、今、わしを生け捕ろうと思ったろう」
と、言い当てた。
樵は驚き、生け捕れないなら斧で打ち殺してやろうと、考えると
「お前、今、斧でわしを打ち殺そうと思ったろう」
と、言い当てた。
樵は次々と考えを言い当てられてしまい、捕まえることも殺すことも諦めて、木を伐る仕事に戻ろうとする。
「お前、諦めて仕事に戻ろうと考えたろう」
と、さとりは嘲笑う。
樵はさとりのことを考えないようにして、木を伐り続ける。
その最中、斧の頭がすっぽ抜けて、飛んだ斧の頭がひゅんとさとりの脳天を割った。
さとりは何も言えずにそのまま死んだ。
(* ̄∇ ̄)「それが剣の極意?」
伊東一刀斎の夢想剣の極意を伝える例え話として残っている。
考えること、思うことは、人は身体の動作に現れてしまう。それを読む相手となれば技が通じない。
無念無想ならば読まれることも無い。という風に解釈される。
これは剣の達人とはそこまでの読み合いをしていたのではないか、とも取れる。
(* ̄∇ ̄)「剣の達人はテレパシストかい」
武術での気とはこういった気の使い方、気の配り方、気配の捉え方などに使われていたようだ。手のひらから謎パワーを発射したりでは無く。
現代の護身術に応用するなら、危ない人には近づかない、となる。
(* ̄∇ ̄)「それ、当たり前でしょ?」
その当たり前を何で判断するのか? 危ない人と危なくない人の判別はどうする?
( ̄▽ ̄;)「どうするって、目付きがヤバイとか、目が虚ろとか、何かブツブツ言ってたりとか」
その人の動作から見る雰囲気で判断するものだろう。
これは人の気配を読むのと同じ。
人の動きかたで危険かどうか、その人の気配を見て判別しているだろ。これは達人じゃ無くてもわりと誰でもやってることだ。
(* ̄∇ ̄)「あ、気配を読むって、誰でもフツーにやってることなんだ」
身を守ることを考えると、電車の中でスマホばかり見てないで、怪しい人が視界に入ったら降りるふりして隣の車両に移ったりとか。痴漢の被害に遭いたく無ければ、そういう気の配り方は訳に立つ。
(* ̄∇ ̄)「気配察知能力を上げて、痴漢、ストーカー対策に。男は鈍くてもいいのかな?」
……男でも、痴漢に尻を撫でられたことがあると、いろいろ警戒してしまうが。
( ̄▽ ̄;)「オッチャン、昔、何が……」
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