第十一話◇かつての剣術


(* ̄∇ ̄)「バスケットボールに古武術が使えるのは聞いたけど、剣術って凄いの? ル〇ンのゴエ〇ンみたいに、戦車斬ったり、戦闘機斬ったりとか」


 アニメみたいのはちょっと違う。かつての名人、剣術家の話なども残っているが、現代の日本人からは信じられないような話だったりする。

 達人技、と言ってしまえばそれまでなんだが。今の日本人の身体感覚と明治以前の日本人の身体感覚とは、大きく違うから余計に嘘っぽく感じたりしてしまうのではないだろうか。


(* ̄∇ ̄)「そんなに違うもの? 人の手足の数は同じでしょ?」


 人間の形は同じだが、動作の仕方は随分と変わったぞ。歩き方も違う。食生活もそうだし、トイレも和式から洋式に変わり、しゃがむことも少なくなって、足腰も弱くなっている。


 では、達人と呼ばれた人の話を紹介してみようか。

 佐々木小次郎、秘剣、つばめ返しで有名な人。


(* ̄∇ ̄)「某アサシンだね」


 まぁ、この佐々木小次郎という人物は、実在したかどうかも怪しい剣豪なんだが。その佐々木小次郎が某アサシンやったアニメ。


(* ̄∇ ̄)「オッチャン、何気にアニメ見てるね」


 げふん、えー、原作の方でもいいが、あの作品のつばめ返しは、一瞬で三回の斬撃を放つ必殺技、だった。これで金髪ヒロインがピンチになったのだが。


 では、刀の連続斬撃とはどうだったのか。


 源義経が、柳の枝が水面に落ちる前に空中で八断した、という話がある。一瞬ではないし、どのようにしたのかも解らないのだが。

 柳の枝が八つに断たれた、となると、枝が落ちる僅かな間に七回の斬撃があったということになるだろうか。


(* ̄∇ ̄)「なんか、格闘ゲームみたい? シュバババッ」


 松林左馬助まつばやしさまのすけが、この話を知り、柳の枝切りをやってみたところ、空中で柳の枝は十三に切れたという。十三だから斬撃十二回かな?


( ̄▽ ̄;)「十二回? ポトッと落ちる間に? あ、あれ? つばめ返しって、実はたいしたことない?」


 この松林左馬助という侍。夢想願流の創始者で、江戸時代初期の剣術家だ。


 将軍、徳川家光に演武を披露したとき、打ち込んでくる相手の刀を足で踏み、袴の裾が御所のひさしに触れるほど高く舞い上がった、と伝わっている。


 マンガや小説などで、正眼に構えた相手の剣の上に立つ、というのはこの松林左馬助がモデルなのではないだろうか?


(* ̄∇ ̄)「どういうこと? 相手の刀にかかと落としを決めてジャンプしたの?」


 これは夢想願流には『足鐔そくたん』という技として残っている。

 これに徳川家光は、『身の軽きこと蝙蝠こうもりの如し』とその技量を讃えて、赤裏の着物を与えた。

 このとき蝙蝠と呼ばれたのが気に入ったのか、後に松林左馬助無雲は、蝙也斎と名乗るようになる。

 

(* ̄∇ ̄)ノ「それ、ホントの話? 佐々木小次郎みたく、謎の人物とか、出所不明なんじゃ? 講談で尾ひれがついたりとか」


 これは伊達藩の記録にあり、また、徳川家光に演武を披露した様子を書いた、本人直筆の手紙も残っている。

 ちなみにこのとき松林左馬助、五十九歳。


( ̄▽ ̄;)「相手の刀に飛び乗り宙を舞う五十九歳? ゲームみたいな人……」


 他にも、小太刀で飛び回るハエの頭を狙って切り落としたとか、部屋の中を縦に一周して、天井を逆さになって走ったとか、いろいろやらかして、天狗の生まれ変わりと呼ばれたりなど。


 続いては日本の武道の守り神。


 国井善弥

 鹿島神流第十八代宗家。


(* ̄∇ ̄)「何した人?」


 GHQのアメリカ兵と戦って勝った人。


 戦後日本を占領下に置いたGHQは、武道を危険なものとみなし、日本の武道教育を廃止しようとする。

 武道、武術を後世に残したい日本側はこれに反発。

 日本側は『武道とは決して危険なものではない。むしろ相手を傷つけることなく、戦いを治めるもの』と反論。武道教育が軍国主義政策とは無縁で、武道の精神、武士道は護身と平和に繋がる、と主張した。


 それならアメリカ軍の海兵隊の銃剣術のプロと戦い、それを証明してみせろ、という話になる。

 相手を傷つけずに、戦いを治めるのであれば、やってみせてくれ。ということで日本の武術家とアメリカの海兵隊隊員の勝負になった。


(* ̄∇ ̄)「お、日本の武術とアメリカ海兵隊銃剣術の異種格闘だ」


 日本側は、海兵隊員に怪我をさせたら日本側の負け。相手に怪我をさせないために、日本側は真剣では無く木刀で。

 海兵隊員は実戦同様に本物の銃剣を使い、相手を殺してもいい。

 というハンディキャップ戦を行うことになった。


( ̄▽ ̄;)「なにそのハンデ、相手に怪我させたら負けで、それで相手に勝てって? 殺されても文句言うなって?」


 武道は危険なものでは無い、と言ったので証明しないといけなくなった。これで日本側が勝ったら武道を認めてやる、ということに。この武道の存亡をかけた戦いに出たのが、国井善弥。

 

(* ̄∇ ̄)「そのルールでどうやって勝ったの?」


 この勝負、一瞬で決着が着いたという。国井善弥に銃剣を振りかぶった海兵隊員が、次の瞬間、地面に伏せ四つん這いになった。国井善弥の木刀がその海兵隊員の後頭部を押さえつけていた。


(* ̄∇ ̄)「おー、スゴイワザマエを見せつけて、日本の武道スゴイと認めさせたんだね」


 GHQが日本の武道を認めたのは政治的な話で、この国井善弥と米海兵隊員との勝負は関係無い、という説もある。

 敗戦後の日本、侍の技が米海兵隊員を圧倒した、というのが話題となり、武道廃止の案が消えたことと結びついた。

 これで国井善弥が日本の武道の危機を救った人物、という風に見られることになった。この説だと、ちょっと物足りない。


(* ̄∇ ̄)「あらら」


 実際のところはよく解っていない。だが、国井善弥の勝負がGHQの判断の一要素になったのではないかと私は考える。


(* ̄∇ ̄)「その国井って人も、ずいぶんと不利な勝負に挑戦したもんだね。自信があったの?」


 実は、国井善弥は武道界では異端視されている。強い剣術家であり、やたらと他流試合を好んでいたという。

 明治神宮での奉納演武に出場したとき、他流派に立会いを求めて、これが無礼だとその後数年、奉納演武に出入り禁止になっている。


 実戦では武器有り、武器無しでも圧倒的な強さを誇っていた。他流派との勝負に挑み負け知らず。相手の出す条件の中で勝ち、生涯不敗。ここから、今武蔵とも呼ばれる。


(* ̄∇ ̄)「戦後の宮本武蔵かー、乱暴者だけどメッチャ強い人だったんだ」


 ちなみに、ヨーロッパのボクシングのチャンピオンと戦った時は、拳でチャンピオンをKO勝ちしている。


( ̄▽ ̄;)「ボクシングのチャンピオンにパンチで勝つって、マンガみたいな人……」

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