第四話◇剣道の残心


(* ̄∇ ̄)「赤い旗が三本上がって、これは赤の選手が一本取った、ということ?」


 その通り。


(* ̄∇ ̄)「速くて解らなかった。一本取った方がガッツポーズでもしてくれたら、解りやすいのに」


 剣道では有効打突を決めても、ガッツポーズすると残心ができていない、と無効にされるのだ。なのでガッツポーズはしない。


(* ̄∇ ̄)「残心、てなに?」


 一本取っても相手に油断せず構えを解かないこと。この残心が判定に入る競技はスポーツでは無いか。

 柔道ではガッツポーズをしても、技が無効になったりはしない。


 私は柔道の試合で、一本取った選手が相手に背中を向けてバンザイしてるのを見ると、残念な気分になったりするのだが。


(* ̄∇ ̄)「どして?」


 相手の選手がルールを無視して背後から襲って来たらどうするのだろうか? とか。油断しているところを、後頭部を殴り付けてきたり噛みついてきたりしたら、対応できるのか、と。

 一本取ったところで相手が戦闘不能になった訳では無いだろうに、何を油断しているのか。背後からいきなり耳を噛み千切りに来たら、どうするのだろうか。


( ̄▽ ̄;)「いや、そんなことしたら反則負けになるのでは」


 相手もルールを守ることを信頼してるのがスポーツで、スポーツはガッツポーズが有りになる。相手の反則やルール無視の攻撃をも警戒するのが武道、となるのだろうか?


 また相手選手を、同じ競技を、同じ武道を追求する同胞として敬意を示す、というのも残心の心構え。安易なガッツポーズは同じ武道を志す同胞を愚弄する動作である、ということにもなる。


(* ̄∇ ̄)「おお、なんか武道ってカッコいい?」


 カッコいい、なんぞと言いつつも、この残心にも理由がある。

 これも撃剣興業の名残だ。


 撃剣興業では侍の戦いを見世物にして、息詰まるような戦いを客に見せている。場外などで仕切り直しとか、片方が一本取ってからの二本目の始まりまでとか、竹刀の先が胴着の袖に絡んだりとか、試合が中断するとき。互いの緊張が解けないようにするのが残心。

 観客に対して、真剣勝負を演出する手段がこの残心なのだ。


(* ̄∇ ̄)「え? どゆこと? ええ?」


 つまり、一本取った選手が相手に背を向けてキャッホーとバンザイする。それを見た観客が冷めてしまうんだ。おい、まだ一本目で勝負ついて無いだろ、と。

 侍同士の息詰まる戦いを期待して見に来る観客に、この対決を如何に見せるか。

 見てる客が冷めないように、静かに睨み合いを続けて、戦いの緊張感を持続させる演出上のテクニック、これが残心。


( ̄▽ ̄;)「……なんか、武道的にカッコ良さげな残心が、実は?」


 ショービジネスとして、見ている観客にハラハラドキドキさせる演出を、伝統として受け継いだものだ。

 これは柔道のように、判定を解りやすく、世界に通じるルールにして競技化した場合には、この残心はルールに入らない。まぁ、名残として柔道の残心はマナーの中に入っているけれど。


 ちなみにこの撃剣興業の残心の精神を受け継いでいるのが、プロレスだ。

 ロープブレイクで審判が割って入り、試合を一時中断するとき。ここでプロレスラーなら相手選手から目を離してはならない、という。


(* ̄∇ ̄)「なんで?」


 審判により一時中断されても、見ている観客に二人の対決が中断されたように見えてしまうと、そこで観客はテンションが下がって冷めてしまうから。

 審判が割って入っても互いの決闘は続き、対決の相手からは目を離さない。因縁の相手を決着が着くまで睨み続ける。

 相手が何をしようと、絶対に油断をせず、何をしてこようと打ち勝ってみせる。

 と、いう姿勢やポーズを見せることで、見せ続けることで、観客のテンションも切らずに持続させることができる。


(* ̄∇ ̄)「カッコいい対決を演出するのが、残心なのか」


 剣道の残心とは真剣勝負を演出するショービジネスから産まれ、これを今も伝統として受け継いでいる。

 剣道の試合で残心を大事にするのは、対戦相手への礼儀と、見ている観客への気遣い、おもてなしの心なのだ。


 追記


 剣道では応援で声援、ブーイングをしてはならないとある。応援は拍手のみ。

 このマナーは日本国内の試合では守られているが、世界大会では守られてはいない。

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