第十四話◇流派と免許皆伝


 武術には免許皆伝というものがある。


(* ̄∇ ̄)「卒業証書みたいなもの?」


 その流派の技を全てものにした、という意味では卒業証書に近いか。

 まず、免許。これは自動車免許で同じ文字が使われている。武術の免許も自動車免許と同じ意味。


(* ̄∇ ̄)「あ、そうなの? なんだろ、しっくりこない」


 自動車免許は自動車を操縦するだけの、知識と技術があることを公的に認めるというもの。この自動車の部分を変えてみるといい。

 武術の免許は自分の身体を操縦するだけの、知識と技術を修めたもの、という意味だ。


(* ̄∇ ̄)「クルマが自分の身体。でも、自分の身体って、自由に動かせるよって人は多いと思うけど」


 一般の人の動かせる、という水準を普通自動車免許とするなら、武術の免許はF1といった競技運転手、スーパーライセンスだ。

 普通自動車免許を持っていても、時速300キロのレースは無理だろう。

 剣を操り、専門の知識があり、自身の身体を使いこなす。これを師に認められて免許。

 流派ごとにこの免許に至るまで、いくつかの段階があるが、免許を取れば『この流派にお主に教えるものは、もう無い』となる。


(* ̄∇ ̄)「じゃ、免許皆伝は?」


 武芸十八般というように、一つの剣術の流派の中に、剣術、柔術、居合、十手、小太刀、薙刀、などなど様々なものがある。


(* ̄∇ ̄)「学校みたい? 国語、算数、理科、社会」


 それを全て修めないと卒業できない。本来は。そうでないと卒業証書の価値が無い。

 武術の免許とはその一つを修めたということ。剣術の免許、柔術の免許、居合の免許、と、その流派の武術を全て修めて免許皆伝だ。


(* ̄∇ ̄)「なんだか、たいへんそう?」


 一つの免許を取るのに十年以上かかることもあり、流派によっては何十年と免許皆伝者がいない、ということもある。その流派の宗家が、免許皆伝まで至っていないこともある。

 宮元武蔵は五輪の書の中で、


『我、ようやく兵法について悟ったのが五十歳』


 と、書いている。


( ̄▽ ̄;)「なにその難易度? 道場で教える先生が免許皆伝じゃ無いの?」


 一年二年とやれば資格が取れる、というインスタントなものを求める人には向かないか。

 逆に言うと生涯費やしても届くかどうか、というのはずっと続けられる楽しみもある。


(* ̄∇ ̄)「でもさ、直ぐに強くなりたいって人にそんなに時間かかるのもどうなの?」


 刀で戦えるようになるのと、技術を修めて弟子に教えるのは違う。小学校を卒業したからと、小学校の教師として務めるのは違うだろ。

 小学校の卒業証書と教員免許の違い、が近いだろうか。

 

 現代では級や段位があるが、昔は、大まかには、切紙、目録、免許、と段階がある。

 

 しかし、道場というのも、ときに経営を考えないといけない。中にはちゃんとしてない道場というのもあった。


(* ̄∇ ̄)「いきなり経営ときた。金の話か」


 小さな道場では道場生を集める為に、簡単に目録や免許を出したりとか。道場生の親が多額の寄付をしたら、その息子に目録を出したりとか。こういうこともあったようだ。


( ̄▽ ̄;)「裏口入学じゃん。あー、裏口入学も日本の伝統か?」


 免許皆伝となれば、その流派の全てを修めたということで、その流派を名乗って弟子を取るようにもなれる。これは流派の看板に関わるので、免許皆伝は簡単には出さなかったようだ。


 また、腕は立っても師として弟子に教えるには、人格的にちょっと、という人もいる。こういう人が道場を出て、新しく流派を立ち上げたりとか。

 また師匠から『これまでいろいろと教えてきたが、君は小太刀の道を極めると良い』と、師に才を見込まれ、新たな流派を立ち上げるなど。

 こういったことで幕末五百流、とも呼ばれるほどに増えたようだ。


(* ̄∇ ̄)「随分と細分化したもんだ」


 土地柄というのもあるだろうか?

 世界的に見ると、農耕民族から産まれるのは重心が低い武芸やスポーツ。狩猟民族から産まれるのは、重心が高くフットワークの軽い武芸やスポーツ。

 相撲とボクシングの違いは、その土地に住む民族の特徴がルーツになる。


 中国拳法では揚子江を境に北と南に、北派、南派と分類される。。

 南船北馬という言葉があり、北では草原が広がり、土地が広く馬が多い。南では川が多く船が多い。

 中国武術では南拳北腿という言葉があり、南では拳技が多く、北では足技が多い。土地柄と生活習慣から、同じ人間でも身体の動かし方が変わり、それが武術に現れるのは面白い。


(* ̄∇ ̄)「北斗現れるところ乱あり」


 地域特徴と武術を絡めるとそうなるのか?

 日本で言うと示現流。


(* ̄∇ ̄)「戦闘民族、日本の西の端っこのド田舎の某放浪者、島津コワー」


 えーと、示現流とは、薩摩藩を中心に伝わった古流剣術。流祖は東郷重位。


 この示現流、源流のひとつは天真正自顕流。発祥したのは関東だ。


(* ̄∇ ̄)「あれ? 薩摩じゃないの?」


 流祖の東郷重位は、タイ捨流の剣術家。

 京都で善吉和尚より天真正自顕流を相伝して、二つの流派の利点を合わせた新流派を立ちあげた。

 この東郷重位が島津藩の師範役に。

 関東生まれの剣術が、島津武士に受け継がれた。これが京都を守護する新撰組に恐れられた、というのは興味深い。


(* ̄∇ ̄)「武術で見るお国柄?」


 示現流の特徴を言うと、雄叫び上げて敵に突っ込んで斬れ、最初の一発で仕留めて足を止めずに駆け抜けろ。

 相手にしてみれば初太刀をなんとか凌いでも、反撃する前に走り去っているという、ヒット&ウェイの極端でやりにくい。

 二ノ太刀要らず、という初太刀を受けても、受けた自分の刀の峰で自分の頭を割るという、疾走の威力を乗せた強烈な一撃。


( ̄▽ ̄;)「馬に乗らずに自前の足でランス突撃チャージ?」


 この豪快さが薩摩武士の気性に合ったようだ。こういった地域の特色が失われていくのが、地方の過疎化と関係があるようにも思えるのだが。


(* ̄∇ ̄)「その地に伝わる古流武術で村おこし? 無理じゃないかなー」

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