規格外な前哨戦

 翼をもがれた鳥のように、地に足をつけながら相手を見つめる魔族デモーア。それを見下すように視線を送るクリア。


 勇者のことを忘れたわけではない。目的は絶対──この魔族デモーアの忠誠心が、忘れることを許さない。

 それでも今この瞬間は、こいつに集中しなければ喰われかねない。例え己の方が上だと自負があっても、油断して良い相手ではないと理解出来ないほどの馬鹿ではなかった。


「それでどうする? 貴様なぞに構う余裕なぞない故、今すぐ去るというのなら追わんぞ」

「……半族ハーヒュ風情が、刃を失ってよくもまあ吠えること」


 ハーヒュと言う単語が出た瞬間、魔族デモーアのほんの少し横の地面に亀裂が走る。

 刃を失った剣。それでも先程と大差ないほどの斬撃が放たれ、地面を抉ったのだ。


「口を慎むべきだ。貴様程度なら剣など不要なのだと、腕でも切れば理解できようか?」

「……じゃあ、こちらも殺す気でやってあげるわ」


 なんともないかのように、汚れを払いながらゆっくりと立ち上がる魔族デモーア

 本来なら躊躇せず斬りかかるべき場面。それでも、クリアにはそんな警戒なしで踏み込むことなどで出来やしなかった。


 ──魔力が変わった。桁が二つほど増えた程度には、先程とは質の違う力を感じる。


「ちゃんとやるのは久しぶりね。──で、こうなったからにはもう殺すしかないけれど、もう文句はないわね?」


 ボキボキと首を鳴らしながら聞いてくる彼女は、今までとは明らかに違う存在。

 切り落としたはずの翼はいつの間にか再生し、二対の翼は四対に増えていた。


 クリアがそう認識した瞬間、魔族デモーアの姿は消え、腹部に衝撃が襲いかかる。

 すぐに流して状況を確認すると共に、見失った魔族デモーアの魔力を探し、頭上を見る。


「──なっ」


 見えた光景は、クリアでさえ驚愕を漏らすほどの異常さがあった。

 先程よりも激しく光る雷の槍が、空を埋め尽くすほどに大量に、こちらに矛先を向けていた。


雷雨サレイ


 言葉通りの雷の雨。その雫のすべてが音を越え、たった一人の冒険者クリア目掛けて押し寄せてくる。

 回避は不可能。折れた剣では迎撃も不可能。──当然、逃走も不可能。


 紛れもなく終演。この一撃を持って戦いは終わりを迎え、主より命じられた目的の達成に戻る──。


「──なっ」


 彼女を中心に吹き荒れる突風と共に、今度は魔族デモーアが驚きを見せる番であった。


 他の雑魚よりは少しまし程度の半族ハーヒュ──それがこの魔族デモーアの彼女に対する評価。

 それは決して間違いなどではなかった。少なくとも、あの瞬間までは正しかった。


「──抜かされるとはな。まったく、己の節穴っぷりが嫌になる」


 絶対の攻撃を放ったのにも関わらず、未だ地を踏みしめ健在の彼女の姿に変化などない。

 変わったのは持っている物。──すなわち、得物である剣。


 先程までのくすんだ銀色の刃ではない。そんな何処にでもあるような色ではなかった。

 ──紅。人の血ですら薄いと感じさせるほどの真紅。触れずとも近づくだけで、溶かし爛れさせるのを幻視させる──煉獄そのもの。


「……そう、隠していたのはお互い様ってわけ」


 変わったのはそれだけではない。そんな生優しいものでは無かった。

 魔力の質が変わった。まるで枷でも外したかのように、何もかも無に帰す烈風でしかなかったのが、すべてを散らし焼き尽くす怪物のそれに変化したのが──この魔族デモーアにははっきりと認識できた。


「だがこれを抜かせたのだから、死ぬ覚悟はあろう?」


 忌々しそうに魔族デモーアを見つめながら、火の粉を払うように剣を軽く振る。

 先程と同じように振るわれた剣から生じた風の刃ですら、大気すら焼き焦がす炎風の嵐へと変わり、命を刈り取らんと突き進む。


極雷槍サベリン


 再度ぶつかる炎刃と雷槍。されどその威力は、先程の小手調べなどとは比較することすら馬鹿馬鹿しい。

 大気は弾け、衝撃は地面を抉り、彼女たちの回りはまさに地獄。


 それを皮切りに両者の姿はぶれ、衝撃と轟音が連続して発生する。

 音を越え、人の領域を抜けた怪物達の攻防は最早常人に捉えることは不可能。


 一対一の戦争。個人に当てはめることがおかしいことだが、それが彼女たちを表わすに一番に相応しい言葉の規模であった。

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