甘さゆえの醜態
軽い口調と共に、ぽんと軽めに肩を叩かれる。
その気安さと予想もしてなかったことに、驚きながらすぐにそちらに顔を向ける。
──そこにいたのは二人。俺と同じ、いかにも新人といった風貌の若い男と女が笑顔でこちらを見ていた。
「……どちら様で」
「いきなりすまねえ。実は俺達、パーティーメンバーを探してるんだ」
明るくはきはきとしたしゃべり方に、かつて俺をはぶってきたやつの一人を思い出しながら話を聞く。
何でもこの二人は冒険者になって一週間の新人らしく、自分達と一緒に依頼を受けてくれる人を探しているのだとか。
まあそれはわかるのだが、聞いた限り新人である俺へ勧誘をしてくるというのが理解できない。
普通ベテランとは言わずともちょっと慣れた人に頼むとかした方が、効率も利点も段違いだと思うんだけど。
「いやー、断られちまったんだよ。ライクルの方から出てきた俺達に頼める知り合いはいねえんだ。強い冒険者に助けてもらおうにも金がねえ」
ライクルという場所は知らないが、恐らく田舎から出てきたというのがわかる。
へこんでいる風だが無理して笑ってごまかしている彼に少し悪いことを聞いた気がする。
ともかく先程の疑問も一応納得できたので、少しばかり考えてみる。
初心者とパーティーを組んで一つずつ依頼をこなしていく、そんな王道感溢れる展開は正直とっても面白そうである。
しかし、答えは悩む余地すらなくノー。この人はいい人なのだろうが、クリアさんという指導役がいてくれる以上、ここで頷く理由は一切無い。
「ごめん。外に待たせてる人がいるんだ」
「……そっか。ならしょうがねえや!」
気にすんなと笑顔を崩さない男に少しだけ申し訳なくなってくる。
「お互い頑張ろうぜ!」
そんな俺を気遣うように、全く気にしていないと本当に思えるくらいに手を振りながら扉を抜ける彼ら。
……良いやつだった。若干罪悪感がよぎってくるが、まああいつならすぐに誰か見つけるだろうと切り替えクリアさんの元に向かう。
同じように扉を出て、周囲を見回すと、すぐ横の壁に寄りかかっているクリアさんを発見した。
鎧が目立つから、探すのが楽なのが良いなと近寄って声を掛ける。
「終わりました」
「遅かったな。……貴様、剣はどうした?」
「え?」
クリアさんの問いかけに、思わず腰に差していたはずの剣に目を向ける。
腰のベルトに刺さっている剣。いじってないんだしどうしたもこうしたも――。
「――あれ?」
自分の目を疑ってしまった。
剣が、ない。腰にあるはずの、今日は一度も抜いていない剣が何処にもなかったのだ。
どこかに置いたか。……いやそれはない。ロアイさんの説明の際に確かに少し置きたいとは思ったけれど、手放すことはしなかったはずだ。
考えろ、考えろ俺。最後に剣の感覚があったのはギルド内。ならやはり置いてきた――。
「……まさか」
脳裏によぎった、ほんの小さな可能性。
決してあり得ないとは言えないがそれでも、出来ることなら違うと、鼻で笑いたくなるくだらない考え。
──盗まれた。それしか考えられない。
「……盗られたか。馬鹿者め」
「で、でも腰に! 放さずに持っていたのに!」
「ある程度慣れている者なら不可能ではあるまい。ましてや貴様のような無警戒なやつ、簡単に盗れる」
事実という言葉の刃を、淡々と俺に向けるクリアさんに反論なんて出来やしなかった。
ただ盗まれたというどうしようもない現実が俺を心に反芻し苦しめていく。それが自分の緩みのせいだとわかってるからこそ、尚更だ。
「誰かに話しかけられでもしたか?」
「えっと……俺と同じ新人っぽい人に。パーティーに入らないかって」
「ならそこであろう。良くある装備泥棒に引っかかったな」
装備泥棒。つまり、あの二人は盗むために話しかけてきた?
……何をやってるんだ。なんであんな他人なんかに、少しでも警戒心を解いてしまったんだ。
たかだか一回、ちょっと良い風に見せていただけのを知らない人を信用してしまったのか。
絡んでくる人ほぼすべてが悪意に満ちた嗤いをしていたあの頃を経験して、それでこんな情けない有様なのか。
いくらなんでも気が緩みすぎだ。馬鹿か俺は。
どうやら異世界に来てからひたすら人と接することなく訓練をしていたせいで、俺も随分と呆れるほど残念な頭になっていたらしい。
何がパーティーだ。何がファンタジーっぽいだ。
この世界の人が善人であると誰が言った。疑わなくて良いと何故自分を甘やかした。
ああそうだ。クリアさんの言うとおりだ。
常に脳を動かし考えなければいいように弄ばれるだけだ。結局、こんな世界で信じれるのなんて自分だけなのだから。
まだ時間はそんなに経っていない。近くにいるはずだし、今から探せば──。
「辞めておけ。既に手遅れだ」
そう決めて、走り出そうとした俺の肩をぐっと抑える手があった。
「何するんですか! 急いで探さないと」
「貴様が探そうとも見つけられやしないさ。それに、今は時間が惜しい」
剣を盗られたというのにまるで動じていないクリアさん。
あの剣は俺が持っていたが、一応クリアさんに借りている物であるはずなのに、どうしてそんなに焦らないのだろうか。
「ん?……ああ、心配するな。ここで何か問題が起きるのは予想が付いていた」
「……は?」
予想していた? それはいったいどういうことだ?
「無警戒に仲介所ギルダを訪れた時点で、何か問題を起きるだろうとは思っていた。……まあ、装備泥棒にあうほどのんきなやつだとは思ってはいなかったが」
なんだ、それは。つまり何かしら巻き込まれさせるために、わざわざここに来たというのか。
意味がわからない。損しかしない、いい事なしの行動じゃないか。
「今回、わざわざ仲介所ギルダなんかに来た理由は二つ。その一つがここについて刻みつけることだ。そのお気楽な心にな」
その言葉は俺という人間が、どうしようもなく愚かであるという宣告。
確かにそうだ。俺はお気楽と言われても仕方が無いほどに浮かれていた。今の現状は、その反論の余地すらない楽観的な思考でしかない。
「くそがっ!」
その悪態は俺自身に向けた、いつも通りの八つ当たり。
自身へのあまりの情けなさへの苛立ちで歯を砕けそうなくらい食いしばり、握られる拳は震えを見せる。
「……剣は既に貴様にくれてやった物。盗まれようとも私の知るところではない、が」
これからどうしようと打ちひしがれる俺を見かねてなのか、兜の中でも認識できるくらい大きなため息を吐きながら何かをこちらに軽く投げてくる。
「――えっ」
その物体の正体に、一瞬時間でも止まったように体が硬直する。
それは剣。赤色の鞘に入った、ついさっきまで持っていた物とほとんど変わることのない一本の剣だ。
「……くれてやる。今自分で調達させていると時間が足りないのでな」
一見優しさを感じさせる言葉。けどそれは、この人が思っていることとは異なるのが理解できた。
これは同情だ。上の者が自分よりも下であると哀れんだ俺に慈愛を施ているだけ。福引きに当たらなかった子供が泣きわめいている時に、生暖かい目を向けながらお菓子を差し出されるのと同じだ。
今、心を支配して離れないのは怒り。たった十四五年の短い生涯の中でも五指に入るであろう、自分への怒り。
奪われることは多かった。蔑まれ遠ざけられることには慣れている。
――けれど、ああ。ただの善意と憐憫を持って接されると、こんなにもいらつきが生まれるのか。
『よく知らない人の同情ってとっても刺さるんだ。なんかこう、自分が人類最底辺ですよーって何も知らない人に言われてようにしか感じないんだもん』
あのくそったれ女の、自意識過剰でしかないと笑ってやった言葉の意味が今、ようやく理解できた気がする。
――ああ確かに、不快だ。言った相手も言われた自分も更に嫌いになれる、すてきなすてきな善意おせっかいだ。
「そらいくぞ。時間が、貴様が損をするだけだぞ?」
歩き出す鎧姿のクリアさんに、今にも癇癪を起こしそうな感情の嵐を押さえ込みながら付いて行く。
この失敗は忘れるな。己に深く刻み込め。
例え世界が変わっても人がいる限り大して違いは無い。脳を動かし思考を回さなければ、損をするのはいつだって――自分でしかないのだから。
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