揺られながらの束の間

いきなりのクリアさんの言葉を受けて、回さなければいけない頭がいまいち活動しきれないのがわかる。


 質問時間。それ自体は喉から手が出るくらいにはほしかった物だが、こんな急に言われても何を聞いて良いかもわからないのだ。

 大体質問とか、何でも聞いても良いとか言っておいてほとんどのことは地雷でしかないなんてざらだ。小学生の時の教師なんて、お気に入りじゃなかった俺が勉強聞いても嫌な顔を隠しきれずに、適当に答えてきた事もあった。


 正直何を聞くかを考える所から、あたまをぐるぐる回転させて馬鹿みたいに悩まなければならないのだからやってられない。


「どうした? なければないで構わんが」


 駄目だ。今は少しでも情報が欲しい。

 情弱が鴨にされるのなんて世の常。この考え方で行くなら、確実に俺が、この世界で一番知識を持っていない最底辺に位置しているであろう。


 どうせ、どこかで聞かなきゃいけないことはごまんとある。ならせめて、他の人よりは信用できるこの人に聞いた方が良いに決まっているか。

 ……まあでもその前に一つだけ、絶対に聞いておきたいことがある。


「あの、どうしてずっと鎧を着てるんですか?」


 ちらちらと相手を伺いながら、勢いのままに気になっていたことをようやく質問できた。

 そう、ずっと気になってはいたのだ。なんせこの人、俺と一緒にいるときはずっとこの格好で一度も素顔を見たことがない。

 男なのか女なのか、若いのか老いているのか。はたまた本当に人間であるかすら、俺は知らないのだ。


「……ああ、これか。別に理由はないぞ。強いて言えば、あまり顔を出したくないだけだ」


 腕を組みながら、特に悩むことなくあっさりと答えるクリアさん。

 とりあえずと質問してみたが、これ聞いていいのかと若干心配だったので答えてくれて本当に助かった。


「それで、他にはないのか? どうせ着くのは夕方だ。聞きたいことは、すべて聞いておくべきだと思うが?」


 どうやら時間はたくさんあるらしい。ならいっそ、今ある疑問すべてに包み隠さず答えてもらおうではないか。

 ポケットに入れていた日本から持ってきていた数少ない所持品であるメモ帳とシャーペンを取り出す。今度は仲介所ギルダの時みたいに聞き流すのはNGだ。


「じゃ、じゃあまずは仲介所ギルダに向かった理由についてです」

「ほう?」

「登録だけで依頼を受けないのなら、別に急ぐ必要は無いと思うんです。予定が詰まっているなら、優先すべきことではなかったはずですが」


 クリアさんは俺がこの世界に生きる上で警戒が足りていないことを身をもって体験させるために連れてきたと先程は言っていた。

 けどそれは、俺がどうなろうとも構わないと言っている人の行動ではないと思えた。そもそも、俺が生きていれば王からの依頼は達成されるらしいのだから、鍛えずとも一応は問題無いはずなのだ。


「……確かにそうだ。貴様のお気楽さは度を超えてはいたが、それだけならあそこに行く意味は薄い」

「なら一体?」

「これだ。これを作るためにあそこに赴いたのだ」


 見せてきたのは小さく細い板。仲介所ギルダでもらったプレートである。

 ……これを作るため? これがそんなに大事な物なのだろうか? ……実は高値で売れるとか?


「こいつがあれば、己を証明することができる。どこぞで名を名乗らなくてはならないとき、偽っていないことを証明することが出来るのだ」

「?」

「登録の際、紙に触れるように言われただろう? あの紙は魔道具マギルの一種で、書いたことが嘘ならば紙が襲ってくるようになっているのだ」


 ……紙が、襲ってくる。それはまた、随分と想像しにくい現象だ。


「更に言えばこの証明石ナンブル。自身の以外には反応せず所持者の魔力で輝きを放つことできる。故にこれは、ある種の身分証明に使えるというわけだ」


 自分のプレートを取り出して眺めてみる。相変わらず、このよくわからない模様が、なんて書いてあるのかはわからない。

 一つだけ付いている白色の宝石。魔力があればこれが光るらしいのだが、残念ながら魔力という単語を今日初めて聞いた俺には関係のない話だ。

 

 そもそも魔力って何だろうか。ファンタジーとかで良く聞くあの魔力でいいのだろうか。

 それなら残念ながら、尚更俺には縁はないことだ。そんなのがおるのなら、もっと人生ウハウハだったろう。

 

 ……そういえば、知らない言葉と言えばそろそろ聞いておきたいことがあった。流石に知らないかもしれないがここで聞いておきたいことではある。


「じゃあ次ですけど。言葉は通じるのにどうして字を読めないんですか? そもそもなんでしゃべれるんですかね?」

「……どちらもはっきりとは知らん。それでも良ければ教えるぞ」


 予想していた後ろ向きな答えよりも斜め上な返しに、少しほっとしながら首を縦に振る。


「そうか。では言うが、会話が通じる理由は主に二つとされている。勇者を呼ぶ際に使う召還術式の影響と聖剣の力。この二つが大きく挙げられている」

「聖剣?」

「ああ。過去の召喚事例で、聖剣を呼び出せなかった異世界人とは言葉が通じなかったという例が三百環ほど前にあったらしい。そのことがきっかけで、召喚儀式の際に知識が付加されている訳ではなく、聖剣によって意思疎通が可能になっていると言う説が生まれたのだ」


 ……なるほど。確かに王も、まず言葉が通じるかについて知りたがっていた。

 あれは俺と会話がしたかったのではなく、召喚が失敗してないかの確認の意味合いも強かったっぽいな。


「……ちなみに俺って聖剣持ってるんですか? あるならぱっと出てくると思うんですけど」

「………………あるぞ。ただ、今のお前では呼び出すことは出来ん。それこそ命が潰える瞬間でも無い限りはな」


 ……何だ、今の間は。別に隠さなくても良さそうなのに、なんで言うのを躊躇ったんだ。

 その珍しく釈然としない態度が若干心にとげが残ったが、今は気にすることでもないので話を進めることにする。


「じゃあ字は? その理屈なら読めるはずですよね?」

「そこは知らん。聖剣が作られた時代と今では言語体系が異なる故、その聖剣ではアールスデントの言葉は読み取れないと言っている者もいるが、結局の所、憶測に過ぎん」


 あれか。現代語辞典を頭にぶち込んでも古典の知識は零……みたいなものだろうか。で、現地の言葉的な知らない単語については、インストールした辞書には載ってない的な感じか。

 ……やっぱり勉強しなければだめかぁ。会話できるだけでもありがたいのだが、どうせならそこまで対応してくれていると嬉しかったんだが、そう上手く行くはずもない、か。


 それにしても、何か一つを聞いたとき、解説のために更に知らない言葉が出てくるのが本当に辛い。

 環ってなんだ。話の流れ的に年的な何かだろうか。……聞いてみようか。あー、辛い。


「……環って何ですか?」

「……そうか、世界が違えばそこも違うのだったな。まず──」


 そうして始まった二人だけの質問会。僅かな揺れと共に話は進んだのであった。

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