異世界

「ご苦労、下がって良いぞ」

「はっ」

「……良く来てくれたクリア。最後に会ったのはいつ以来だ?」

「どうでも良いだろうそんなことは。いちいち確認が必要か小僧?」


 恐らくこの国の王であるはずの男にえらく強い口調で返す鎧の人。

 しっかりとした少し低い中性的な声。残念ながら声で性別を判断は出来ないだろう。


「変わらないな。そのような態度では近づく者も少ないであろうに」

「くだらぬことを口にするな。とっとと依頼について話せ」

「……はあ、世間話を楽しむと言うことを知らんのか?」


 クリアと呼ばれた鎧の人に呆れたように言葉を投げかける王。口調について何も言わないのは、それくらい長い付き合いなのだろうとなんとなく予想できるくらいには気安い。


「まあ良い。依頼はそこにいる候補者殿の教育だ」

「……期間は?」

「一月。頼めるか?」」


 え、今しゃれにならない数字が聞こえた気がするのだが。

 一月って日本と変わらないなら結構短いんだけど。基礎学習すら危ういんだけど。


「……ふん。相変わらずなのは貴様のほうだアールブ」

「引き受けてくれるか?」

「……いいだろう。どうなろうとも文句は受け付けんぞ」


 そう言葉を切り上げ、こっちに視線を向けてくるクリア。

 鎧越しでこっちから相手の顔を把握できないが、その品定めをするかのような目には馴染があるためすぐにわかる。


「……小僧。付いてこい」

「は、はいっ」


 俺の思わず上擦ってしまった声にまったく気にせず歩き始めるクリア。

 一応王に軽い会釈をして、置いて行かれないように後ろを歩く。


 とてつもなく赤い絨緞が引かれる廊下。時折ある窓から見える風景。王のいた部屋から出ても、目に付くところすべてが自分にとって興味しか湧かないものだらけであった。

 残念ながらいちいち立ち止まって見ていたら、最も見失っていけない人を見失う可能性があるので横目でちらっと捉えることしか出来ない。


 前を進むクリアは何か言うこともなく進んでいく。クリアと俺の間にあるのは、クリアが歩くたびに鳴るがしゃがしゃという鎧の音だけであった。


 長い廊下を歩き、これまた豪華な階段を降り、また廊下を歩く。

 もう若干疲れを感じてくる頃なのだが、ここはどれくらい広いのか、見当も付かないくらいには歩いた気がする。


 なんでクリアさんは鎧を着ているのに平然と歩けるのだろうか。

 やっぱ鍛えてるのだろうか。それともそれくらい出来なければ、最低にも達しないのか。


 特に何もやっていないのに気持ちはもう後ろ向き気味になっていた時、ようやく出口らしき光が前方に見え始める。


「──わぁ」


 その光をくぐって初めに出た言葉は、自身の驚嘆をこれ以上無く表わしていた。


 澄み渡るこの綺麗な青空の下、まず目に入ったのは橋。赤色の光沢を放つ金属で造られたアーチ状の橋が向こう側を繋いでいた。


 クリアさんの足は止まらなかったので、歩きながら周囲を観察する。


 先程までいた城を外側から見れば、それは空想フィクション。多くの日本人がファンタジーの城とはと問われて、真っ先に考えつきそうな形で石造りな城であった。


「うっわ、すっげぇ……」

「何をしている。置いて行くぞ」


 驚愕と興奮で視界と頭がいっぱいになって、気づけば足が止まっていたらしい自分に対して、クリアさんは呆れを含んだ声で一言だけこちらに言葉を発し、そしてすぐ歩くのを再開する。


 幼子のようにはしゃいでいた自分を恥じたい。もしこれでクリアさんの機嫌を損ねてしまっては、それは終わりを意味する。


「──しっ」


 緩んだ気持ちを引き締めるように頬を叩きながら、再度足を進めて行く。

 しかし、残念ながらその心意気は長く続かなかった。

 

「──うそぉ」


 橋を渡り終え、前方に見えた景色はまさに、異世界の街と言わざるを得ないほどには現実離れしていた。

 まず歩く人々の服装が異なる。まるでファンタジーに迷い込んだような、自分の着ているこの普遍極まりない服が浮いてしまう程度には、見慣れない格好をするものが大半。

 

 剣と思わしき物を腰や背中に持っているを持っている者。手に杖を握り、軽く振るう者。明らかに体型が人を超える大きさの者。そのどれもが、ここでは決して珍しい者ではないと言わんばかりに生活を営んでいる。

 まるでぐちゃぐちゃに描いてようで妙にしっくりくるキャンパスの上。何かを間違えば見るに堪えない愚作であろうはずなのに、奇跡的に良作と受け入れられそうなそんな一景がそこにあった。


 もしこれがバスツアーの類であれば、その一つ一つについて、メモでも取りながらガイドの方に質問をしたいくらいだ。

 ──まあ最も俺に付いてくれているガイドさんには、その優しさの欠片も見られないのだが。


「……」


 鎧の人はこちらを振り返ることすらない。相変わらず、こちらが頑張ればついて行けるくらいの速度で、変わらずに歩みを続けている。

 

……俺はこの人に嫌われているのだろうか。この短時間でここまで塩対応だとちょっと泣けそうなのだが。


そんな複雑な俺の心情など意に介すこともなく、淡々と街を抜けて行く。


「……ここで良いか」


クリアさんがそれを呟いたのはどれくらい歩いた後だったか。活気に溢れる通りなど既に抜け、あんなにあった建物が、ぽつぽつとしか見えないくらいにまで減った場所であった。


「あ、あのー。クリア? さん?」

「口を閉じろ。名を呼ぶことを許した覚えなぞない」


一体ここで何をするのか。その疑問をぶつけようとした俺に対して返ってきたのは、恐ろしく冷たい言葉。


金属であろう兜に遮られ、一番感情を測れるものである視線が隠されようとも、その一言だけでまったくもって歓迎されていないのが伝わってしまう。


「さて、始めるとしようか」


そう言って何かをこちらに投げてくる。ドスっとした重い落下音が耳を刺激した時、その音の正体を見て、思わず自分の目を疑ってしまった。


「私は貴様に時間なぞ使いたくはない。よって簡単に試す」

「えっ?」

「如何なる方法でも構わん。──私に一回入れてみろ」


──そこにあったのは剣。どう見たって、鉛色の刃に他ならなかったのだから。

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