始まり
クリアさんの見かけにそぐわぬほどの引っ張られる力に逆らうことなく、城の中をずかずかと歩く。やがて来るとき通った大きな門を抜け、さんさんと輝く太陽の下――外にまで出てきた。
「ク、クリアさん?」
「……ああ、済まない」
俺が声を掛けると、思いの外あっさりと手を放されたので足に力を込めて勢いに負けないようにする。
「あの……良かったんですか?」
「ん? 何がだ?」
「王様相手にあんな態度を取っちゃったりして良かったんですか? ……何か契約がどうとか言っていましたけどぉ」
俺がこの国の王に不遜な態度を取るのは良い。別に俺にとっては王じゃないし。
そもそも俺は、あんな完全に目上の人間に取るべき態度なんて、それこそ敬語くらいしか知らないからどうしようもない。……まあ仮に知っていたとしても、あそこまで下に見られる対応をされたら、仮に罪人扱いされたとしても頭なんて下げたくなかったが。
でも、クリアさんは違うはずだ。
この人はこの世界で生きてきた人間。もしかしたら、これが原因で致命的な事態に陥るかの知れないのだ。
そうしたらどうお詫びをして良いか俺にはわからない。だって、それは俺のせいになのだから――。
「……はあ」
そんなことを考えていると、少しの痛みと衝撃が額を襲う。
何ごとかと前を確認すれば、クリアさんは溜息を吐きながら、こちらを呆れたような顔を向けてきていた。
「え、えっと……」
「随分と情けない顔だ。これから旅を始める者の顔つきではないな」
指が弾かれ、先程と同じように額へ衝撃が走る。……いったいなぁ。
「私がアールブめに異を唱えたのは、何もお前のためだけというわけではない。私を顎で使おうとするこの国に、改めてはっきりさせておこうと思っただけのこと。お前を庇ったのはそのついでだ」
……嘘だ。それだけが真実ではないと、こんな俺にだってわかる。
この世界での王の重さなんて俺は知らない。それでも、一国の王にあれだけ異論をぶつけることが、どれだけリスクのある行為なのか。
「それに、前も言っただろう? お前は私の命を助けた恩人であると。どうなるのか知っていて見捨てるなど私には出来んよ」
頬を人差し指で掻きながら、少し照れくさそうにそう言う彼女。
ああ、やっぱりこの人は良い人だ。少なくとも、今まで出会ったどんな
再び歩き始める俺とクリアさん。四方八方で飛び交う活気と笑顔に溢れたこの街を、今度はクリアさんの横で眺めながら進める。
「それでこれからどうするのだ? 旅に出ると言ってもだ。何処に向かうのかを知っているわけではないだろう」
「……まあ、手探りで頑張りますよ」
街中を歩きながら聞かれたその問いには、残念ながら曖昧な言葉しか返すことが出来ない。
王様の案を啖呵を切って振り払ったのは、他でもないこの俺だ。今から城に戻って、資金だの移動手段だのをくださいと言うわけにもいかない。
俺が行きたい場所は最果てと呼ばれる場所。クリアさんに聞いても詳しくは知らないと言われた、目的地すらはっきりとはしていない未知の中の未知。
今持っている情報は一つ。確かクリアさんは
それでも、例えどれほどの苦難が待ち受けようとも、俺はそこに行ってみたい。ラビリアの言葉がもし終わりの勇者に当てられたもので、終わりの勇者というのが俺であるのだとしたら、この世界に飛ばされた理由もわかるかも知れないのだ。
……頑張るしかないか。そう前向きに捉えられる自分がいることが、なんだか面白くて仕方が無い。
先なんて見えない。呆気なく死ぬかもしれない。――それでも進む。だって、クリアさんと過ごしたこの一ヶ月はそのための時間だったのだから。
「ほれっ」
「ありがとうございます」
大きな噴水のある広間に到着した時に、不意に待っていろと言い残し何処かへ行ってしまうクリアさん
。ベンチに腰掛けていると、クリアさんが近くの屋台で買ってきたのであろう串焼きをこっちに渡してきた。
たっぷりとたれがかかっているお肉の刺さった串。今日はまだ朝食しか食べてなかったので、その香ばしい匂いが食欲を促進させてくる。
「――美味っ」
「そうだろう?」
程良く熱いその肉を口に運ぶと、広がってくる重厚な旨み。鶏肉に近い引き締まった食感から感じさせないほどの肉汁が、じわりと体の内側に染みこんでいく。
ああ美味しい。どうしてこう、この世界の肉は美味しいのだろうか。
「
基本何処でも食べれるがね、と軽く微笑みながらクリアさんも食べ進めていく。何度か息を吹きかけているが、猫舌だったりするのだろうか。
気持ちの良い日光の下で食べるランチはほとんど一瞬で終わった。
たった一本だったはずなのに満足したお腹を撫でながら、お腹の調子を整えていく。
「ごちそうさまです。……どうして奢ってくれたんですか?」
「いちいち理由が必要か? まあ、強いて言えば記念だ。お前が一月耐えたというな」
……そりゃ、随分と高いご褒美だこと。まあこの美味しさなら、確かに頑張った甲斐はある。
吹いてくるそよ風と一緒に、何処からか物寂しさが心をよぎるのは、本当にこれで終わりだと実感できてしまったからだろうか。
「クリアさんは、今後どうするんですか?」
「……ああ、そのことだがな。お前に提案したいことがある」
何処から取り出したのか木製のコップに水を注ぎながら、そう言ってくるクリアさんに俺は首を傾げる。
一体何だろう? 追加の教育費の請求とか?
「私もお前の旅に付いて行きたいのだ。もちろん、お前が良ければだが」
「――えっ?」
全く予想していなかった言葉に思わず、他人に見られれば馬鹿みたいな顔をしていると笑われるくらいに目を見開いてしまう。
「
「はあ……」
「それにあの
あの青肌の女悪魔がまた来る。そんなの想像すらしたくないのだが、確かに又で在ってしまう可能性があることは否定できない。
正直交通事故に巻き込まれたくらい確率の低い不運な出来事で処理してしまいたいのだが、生憎そうもいかないのだろうと自分でも思えてしまうのが嫌な所だ。
「それで、どうだろうか。お前が一人で旅をするよりかは、生存率も上がると思うが」
宝石のように美しい瞳が俺をまっすぐに見つめてくる。
……超目を背けたい。こんな誰でも目を奪われるであろう美人に覗き込まれるとか、心臓ばっくばくでめちゃくちゃやばい。
けれど、これは真面目な話。だから、こんなしょうもないことで目を背けるわけにはいかない。
すべての音が消え失せ、耐えがたい沈黙が俺とクリアさんの間に走る。もう回りの音など耳に入っては来ない。伝わってくるのは心臓の鼓動音のみ。
「――はい。よろしくお願いします」
たった一言。それを言葉にするだけでどれほど時間を使ったか、自覚できないくらいに緊張しながらもはっきりと答えを伝えた。伝える事が出来た。
俺の返事を聞いてクリアさんは軽く微笑み、そして椅子から立ち上がり手を差し出してくる。
「そうと決まればもう行くぞ。とっとと準備を済ませて出発だ」
「――はい!」
その手を掴み、彼女と共に街を歩き始める。それが旅の始まりであると己に定めながら。
――ここは別れもなければ終わりでもない。これから始まるであろう長く壮大な冒険の一歩目。
辛いことから逃げ、失うことに慣れた凡人――秋瀬優馬が向き合い進むことを決めた旅。幾多の苦難が待ち受けようとも、進むしかない茨の道。
『ああ、君はどんな風に笑っていたいんだい?』
今はもういない
聖剣と歩む最果てまで わさび醤油 @sa98
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