望み
一度浮上してきた馬鹿馬鹿しい考え。そんなものでも、今の俺には否定する材料がない。
映画。人が作った想像。個人の脳から生まれた妄想。
俺の考察が正しいのなら、そんな狭く限定的な箱庭が実在し、一つの現実として根付いていることになる。
……いやいや。自分で考えといてなんだけど、速攻で取り消したくなる程には訳の分からない考察だ。
だってそうだろう。たまたま奇跡的に似通った言葉があるだけかもしれないじゃないか。
もし本当に映画の世界なのだとしたらなんだ? 作った監督はこの世界を知っていたのか、ええっ?
一旦このぐるぐるに掻き混ざった意見の渦を落ち着けるためにも、もう一度石碑に目を向けてみる。
こちらの困惑など知らぬと言わんばかりに、変わることのない文字が、しゃくに触って仕方がない。
いっそ壊してやろうか。案外、石の中に重要な物でも埋め込まれている可能性もあるし。
突拍子もない適当な思考。そんな必要のないものが、このいかにも大切そうな石碑に向けて、今のストレスとぶつけようとして──。
「……あっ」
一つだけ、天のお告げのようにいきなり閃いた。
もしこれが正しければ、先程抱いたあの妄想が正しい物である可能性が増えてしまう。
……それでも聞いてみよう。その方が、絶対に良いはず。
「……クリアさん」
「どうした。質問か?」
緊張でからっからな喉をゴクリと鳴らしながら、意を決して言葉を放つ。
「勇者っていうのは、今も昔も異世界人だけなんですか?」
「そんなことはない。今の勇者の内、四人はこの世界の者であったはずだ。それが?」
「じゃあ、これを解読したのは……異世界人、ですか?」
「そうだが? それがどうした?」
なんでもないかのようにクリアさんから放たれた言葉。けどそれは、紛れもなく俺の考えを肯定する材料──。
そう、異世界人。異世界人だ。これを読めたのはこの世界の人間ではないのだ。
つまり、この世界の人には読めなくて、異世界人には読める文字で書かれたもの。
──日本語。これは、つい最近まで当たり前に暮らしていた元の世界の文字なのだ。
なるほど、それなら俺に読める理由にも繋がる。頭を弄られなくとも、当たり前のように使ってきた言語なのだから、読めて当然のはずだ。
多少どころかとんでもなく無理がある気がしなくもないが、一応は根拠の一つに数えられなくもない。
少なくとも、ただ漠然とそう考えるよりは信じやすいかもしれない。
……知りたい。これが本当に間違っていないのか、その答えを見たい。
「……それで小僧。お前の中で、少しはまとまったのか?」
「──はい。……少しだけですが」
自分でも意外なくらいには早く返せた気がした。
この世界に来て初めて叶えたいと思えた、生きる以外の願望。
──いや、どちらかと言えば懐かしいのか。
あいつと一緒に笑いながら、ずっと続けば良いと思っていた──あのやけくそにも近い逃避の日々の中にあったものを、少しでも思い出せたのか。
最後の一ピースが揃ったパズルのように、欠片もずれることなく納得が収まった。
そうだ、知りたいんだ。この右も左も分からない世界で、納得のいく答えを探したいんだ。
「……クリアさん」
「なんだ?」
「俺、最果てに行きたいです」
それは願いであり宣誓。己の中に打ち付けた、この世界を歩くための道標。
それが叶うかなんて気になりはしない。これからのことなんて、これっぽっちも予測出来ない。
──それでも、一歩を踏み出すための力にはなる。
「……そうか」
俺の決意に、その一言で答えたクリアさんの顔をはっきりとは読み取れはしなかった。
けどその声の一片にあったのは、恐らく迷い。
「これで、お前に教えることはなくなった。……戻るぞ」
そうして部屋から立ち去ろうとする彼女の背中からは、まるで友を失った人間のような寂しさを漂わせていた──それだけは、確かであった。
帰り道は行きとは違い、大した時間をかけることなく外に出ることが出来た。
線が敷かれたかのように、外とは隔てられているこの空間からの脱出し、外の空気に触れてようやく帰ってきたと安心感が湧いてきていた。
しかしどうなってるんだ。建物内と外では空気そのものにも違いがあったように感じるのだが。
大当たりのパワースポットって感じなのかな。心霊スポットに行くと肩が重くなるみたいな感じのあれに近そう。
不思議と思いながらも、二度と入りたくはないと心の底から断言できるそのファンタジープレイスに背を向けて、馬車のあった場所に戻ろうと歩く。
「……止まれ」
聞いたことがないほどにあまりに短く重い言葉が、目の前の美しい人の口から溢れる。
いつの間にか、クリアさんの手には剣が握られていた。
明らかに今までとは違うその姿に、何かがあるのだと警戒するが、何も感じることはない。
建物に入る前と変化のない周辺に獣の気配はなく、風一つない無音に包まれるこの場所に、危ないものなんてあるはずがないのだ──。
──その思考は、耳に突き刺さる轟音によって掻き消された。
何が起こったのかも分からない。何処から生じた音なのかも掴めない、鼓膜が千切れそうなくらいの音。
「な、何が──」
「動くなっ!!」
混乱する俺に対しクリアさんは全く動じることなく指示を出してくる。
先程のは何なのか、すぐさまそれを聞こうとした瞬間──。
光が襲ってきた。槍のように鋭い青色の閃光が弾け、霧散していくのが僅かに見えた。
二回目でも何処から飛んできたかもわからなかった。それどころか、ただ目の前で起きていた現象も把握し切れてはいなかった。
「──中々にしぶといわね。二発も放れば終わりだと考えていたのに」
どこか面倒くささの孕んだような声が、何処からか聞こえてきた。
周囲を確認するが、人影はない。ないのに、寒気が止まらない──。
だが既にクリアさんは見つけていたらしい。彼女の視線と剣先が、上空の一点を指し示していた。
「それで、その子が勇者かな? 冒険者さん?」
人の形をした人外が、当たり前の様に空に固定されたかのようにそこにいた。
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