ようやく終わる初日

 目が覚めて初めに視界に写ったのは、見知らぬ天井であった。


 さっきまでえらく壮大な夢を見ていた気がする。小説にしてネットにでも投稿すれば、僅かにでも評価がもらえそうなくらいには、そんな夢。

 ……無理か。文章力が皆無に近い俺では酷評の嵐に耐えきれないし。


 そんな馬鹿なことを考えながら、一体ここは何処なのかと考える。

 確か、俺は映画を見ていた気がするのだが、どうにもスクリーンとは縁もなさそうな天井だが。


「……起きたか」


 若干生じる体の痛みに疑問を覚えながら、声の方向に首を向ける。

 見えたのは前進を銀を基調とした、妙にかっこいい鎧を身につけながら、椅子に座る人がいた。


 ……夢じゃなかったのかよ。


「今日はもう起きぬと思っていたがな。貧弱さの割には、回復が早いではないか」

「……あの、ここは一体?」

「私の泊まっている宿だ。あのまま倒れられても困るのでな」


 ……そうだ。俺はなんか試験っぽいものを受けてたのだ。確かその最中にぼこぼこにされた所までは覚えているのだが、そこからが曖昧だ。


「安心しろ。試験は合格だ」

「!! じゃあ……!」

「その前に聞いておきたいことがある」


 喜びを露わにしようとした瞬間、クリアさんは少し真剣な声で問いかけてくる。


「貴様は命を懸けて挑み、私を認めさせた。それだけの覚悟があれば、何も私に教えを乞わずともいくらでも生きる手段はある。私は貴様を殺すつもりで鍛えるつもりだ」


 殺すつもり、か。それはきっと嘘ではないのだろう。

 あの試験で、本当に俺は死にかけだった。どうして今、生きているのかすら不明なくらいには何もかもがぼろぼろであったのだ。

 この人が言うのなら、きっとあの時のような苦しみを味合わされ続けるのだろう。俺がどんなに泣こうとも、助けを求めようとも、手を貸してはくれないのだろう。


「その上で聞く。貴様は私に教えを乞うのか?」


 ――けど、それは地獄であって絶望ではない。少なくとも、かつてのどうしようもなかったあの日々よりはましなはずだ。


「やります」

「……そうか」


 不思議と迷いはなかった。自ら大変な方に踏み込むというのに、言葉は自然と吐き出された。

 それを聞いたクリアさんがどう思ってるのかはわからない。兜で隠されたその表情を、見ることは出来ないのだから。


「なら、今日はこれを食ってもう寝ろ。今日が最後の休みだと思え」


 何かの乗った皿を近くの机に置き、そのまま部屋を出て行こうとするクリアさん。


「ああそれと、私のことはクリアと呼べ。小僧」


 そう言い残し、本当に部屋から立ち去った。

 クリア、か。名を言って良いと言うことは、少しは認められたのだろうか。


 なんとか首の皮一枚繋がった。あの人はどこでもやれるとかいっていたが、俺はそんな風なイメージが出来なかった。

 覚悟なんてほんの少ししかない。俺はただ、最後にみすぼらしく死んでいくのだけは嫌だった。それだけだ。


 置かれた皿に乗っていたのは焼かれた肉らしき物であった。

 手を伸ばし皿を取り、箸などは見当たらなかったので肉を手で掴んで一枚口に入れてみる。


「――うまっ」


 口の中いっぱいに広がる肉汁。濃厚な肉の旨みが体に染み渡る。

 正直、軽くでよかったと思っていたが、気づけば食欲を抑えきれなかった。


 気づけば完食。お皿はすっかり空になり、十分な満足感をを感じた。

 美味しい。食事でそう心から思えたのは、随分と久しぶりだった。ここ二年ほどは、味覚が満足しようと心が満たされなかったのに。


 一旦落ち着いたので、現状を整理するためぐるりと部屋を見回してみる。

 よくあるログハウス風の部屋。下には絨緞が敷かれ、なんだか落ち着ける空間になっている。


 なんだか異世界って感じがしない。今自分が使っているこのベッドもそうだが、どうにもそこまで違いがあるわけではないのか。もしかしたら、用具が手抜きの海外ロケ、なんての可能性もある。


 ……いや、さすがにもう現実を見よう。これは異世界。夢でもドッキリでもない、ノンフィクション。

 この手は、あの剣の重みを覚えている。死の直前にまで追い詰められたあの苦痛を忘れるわけがない。


「……なんだかなぁ」


 それでも疑いたくなってしまうのが、容量の少ない俺の心なわけなのだが。まあ、それでも慣れていくしかないのだろう。


 一応心の整理を付けていたら、なんだか眠気が強くなってきた。

 満腹になったからだろうか、それともちょっと考える余裕が出てきたからか。


 どっちでも良い。そんな些細なことを考える意味なんてない。

 とりあえず、今は寝よう。少しでも、体を休めなければ。寝られる内に寝ておかなければ。


「……おやすみ」


 誰かがいたわけでもない。昔から変わらない、一人のさみしさを誤魔化すために声に出し、毛布をかぶり瞼を閉じる。

 どうか良い夢を。見たこともないくせに、珍しくそんなことを思いながら眠りに就いた。

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