背徳症状-腐乱の雛鳥-
アトナナクマ
序章
「……雨」
意識を失うように眠っていた僕を呼び覚ましたのは激しい雨だった。本来であれば雨は僕の体を濡らし、体温を奪う厄介な存在であり、憂鬱な気分を抱く瞬間でもあった。
だけど、今日だけは違っていた。
抱えた膝から顔を少し離してみれば、自分の体が雨に晒されていないことに気づいた。
耳を澄ませば、雨の跳ねる音が聞こえてくる。それに視界の端に映っている人の姿は、幻なんかじゃなくて、確かに僕の目の前に立っていた。
「あらあら、かわいそうに」
優しく憐れむような、女性の声。
僕は正体を確かめる為に顔を上げた。
灰色の空を背に、真っ黒な服を身に纏う女性。大人びた雰囲気が干渉するかように、彼女の周りには別の世界が出来上がっているようだった。
「迷子ですか?」
彼女は躊躇せず、僕に問い掛けをした。
「迷子じゃないです……」
「あ、だったら家出ですね」
「……」
僅かな会話だけで、僕が家出をしていることに気づいた彼女は恐ろしかった。最初に与えられた言葉も、ある程度、僕の在り方を見抜いていたと考えるべきなのかもしれない。
「よかったら。うちに来ませんか?」
彼女の言葉は予想外続きだった。
「どうして、僕を……」
「このまま、アナタを見捨てたくないからです」
「もう、僕は世界から見捨てられてます」
「だったら。私が拾ってあげますよ」
頬に触れられる感覚。
優しく微笑む女性。
「初めまして。迷子さん」
綺麗な人だった。大人の女性と言う言葉が似合う。その人は名前を『
「えーと、アナタの名前は……」
僕はまだ竜胆さんを信じてはいない。
だから、名前を隠しておきたかったのに。僕の乏しい知識では、偽りの名を考えることが出来なかった。
「言いたくないです……」
「なら、私が名前を付けてあげます」
竜胆さんが僕の手を掴んだ。
「それじゃ。行きましょうか。結莉くん」
竜胆と結莉。
この出逢いが、すべての始まりだった。
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