第17話。雛鳥の部屋
僕達は監禁部屋の扉を開けた。
相変わらず空気が重く感じる。部屋の明かりは壊れているのかつけることが出来ず、懐中電灯を使って部屋の中を照らした。
どうして、今まで気づかなかったのだろう。
部屋の真ん中に置かれている椅子。その椅子の真下には箱が置かれており、箱の全体に地面や壁に貼られている写真と同じモノが貼り付けられていた。
ノイズのようにしか見えなかった写真。意味なんてないと思っていた。だけど、この写真に写っているのは人間だった。
「
僕は懐中電灯で箱を照らした。
「
「うん。僕は真実を知りたい」
椅子を動かして、箱に近づいた。
頭の中で誰かが開けるなと叫んでいる。開けたら僕の認識は変わってしまうかもしれない。それでも僕はすべてを知りたいと願った。
箱の蓋に手を触れた時、それ以上手が動かせなかった。すると、僕の手の上から御伽の手が重なった。
「大丈夫。私も背負うから」
「御伽……ありがとう」
御伽と一緒に開けたからか、蓋は軽かった。ゆっくりと蓋を外して、箱の中を覗き込んだ。
分厚い白い布が中身を隠している。ソレに手を伸ばして、布を剥がす。布が減るほど白かった布は変色していた。
必死に考えないようにしながら、布を剥がした最後にあったモノ。白いソレを目にした時、僕は胃袋の中身を吐きそうになった。
「結莉。やっぱり、これが……」
「この箱に入ってるのが、御伽の本当の弟だよ……」
御伽の父親が言っていた通り、弟は本当に死んでいた。それに母親は亡くなった弟の死体を箱に詰めて、ずっと隠し持っていた。
「ママはどうして……こんなことを……」
御伽の弟が亡くなったのはずっと昔のことだと思う。御伽が病院から戻って来た時には既に僕と入れ替わっていた。
「御伽。もしかして、この部屋は何か意味があったんじゃないの?」
「私、色々と思い出した」
御伽は苦しむように自分の頭を押さえていた。
「早く。結ちゃん、生き返ってね」
その言葉を聞いて、僕は理解した。この部屋の異質な在り方。もし、意味を持たせるとしたら、一つしかない。
「まさか、この部屋で儀式をしていた……?」
「わからない。でも、死んだ子供を生き返られる為に結莉が連れてこられたとしたら……」
つまり、それって。
「僕が生贄ってこと……?」
「生贄……」
何故、母親は狂人となったのか。本当の息子を生き返らせる為に、僕を監禁して。この儀式を続けていた。
「私は。そんな馬鹿げたことに付き合わされていたの……?全部、結莉を守る為じゃなくて……死んだ人間を生き返らせる為だったの……?」
御伽が膝をついて、脱力していた。
「そもそも、どうして子供は亡くなったの?」
「……この子は殺された」
「殺された?誰に?」
「本当の父親に……」
御伽の発言に驚いた。
「父親って、あの人じゃないの?」
「ママから聞いた。結ちゃんのパパは別の人だって」
別の人間。御伽が一度だけ口にした名前。
「……
ふと思い浮かんだ名前。
「その人。昔会ったことがある」
もしかして、御伽の記憶が戻ったのか。
「本当に?」
「うん。私が小さい頃、一度だけ見たことがある」
母親と夏芽には関係があり、夏芽には御伽の弟である結を殺す理由があったのかもしれない。きっと、御伽は何かを知っているはずだ。
「御伽。二人に何があったの?」
「私が入院をしている時、ママが頻繁に病室に来てた。なのに、ママのお腹が大きくなってた頃、病院に顔を出さなくなった。次に会ったのは、ママのお腹が空っぽの時……」
「どういうこと?」
「私はママに質問をした。どうして、会いに来てくれなかったのと。そしたら、ママは階段から落ちた時に怪我をしたって言ってた」
その時に結が死んだというのなら。
御伽の母親が狂ったタイミングと同じだ。
「ママから私が夏芽に会っても、結ちゃんが生きてることを絶対に言わないように命令された。夏芽が結ちゃんを殺そうとしているからって」
「でも、もう結は死んでいたから、僕が狙われることもなかった……?」
夏芽は母親の子供を殺して満足したけど。母親は死んだ結を生き返られそうと儀式を行い、生贄の僕を結として育てていた。
「……夏芽さんが真実を知っている」
もし、夏芽が本当に結を殺した人間だと言うのなら。
「御伽。僕は確かめたいことがある」
「わかった」
御伽は監禁部屋の椅子に腰を下ろした。
「……何とも思わないの?」
「私は儀式を信じてるわけじゃない。私がやっていたのはママの真似。だから、結ちゃんを生き返らせる為の儀式だってことも知らなかった」
「言い訳してる?」
「ううん。私が結莉にしたことを無かったことにする気はない」
御伽は両手を広げた。
「私を殺すのも生かすのも、結莉の自由だよ」
既に母親の言いつけを失った御伽に自らの意思はなかったのかもしれない。それでも姉として振舞ってくれるのは、同じ時間を共有した人間だから。
「……色々あったけど、御伽は僕のお姉ちゃんだから。まあ、御伽にとって足元のソレが本当の弟なんだろうけど……」
御伽が足で箱を動かした。
「私の弟は結莉だけ。結ちゃんとはさっき初めて会ったばかり。特別な情なんてない」
「……御伽。お願いがあるんだけど」
「わかった」
ここで一つ。終わらせないといけない。
御伽の家から少し離れた場所。夕暮れに染まった公園の隅で、僕と御伽は穴を掘っていた。
もし、誰かに見つかるならそれでもいい。僕は死んでしまった結を弔う為に残っていた骨を埋めることにした。
「どうして、結ちゃんを埋めようと思ったの?」
「僕……いや、御伽にとって結は本当の弟なんだよ。どんな死に方をしたか知らないけど、せめて僕達の手で弔ってあげないと」
「不思議。結莉、昔と変わった」
「あの部屋から逃げ出した後、僕は人の温もりを知った。孤独が怖いことも知った。あの部屋で僕が狂わなかったのは、ずっと御伽が傍にいてくれたから。だから……人並みの幸せを与えられなかった結に僕は同情しているのかもしれない……」
結が背負うべき罪なんて一つもない。ただ、ちょっとだけ世界が残酷だったせいで。未来を掴むことが出来なかった。
そんな結に僕は同情していた。
結が死ななければ、母親は狂わず、御伽という姉が結を愛してくれた。なんでもない家族がそこにはあったはずなのに。
「……さよなら。結ちゃん」
結の入った箱を埋め終わった時、御伽が独り言のように口にした言葉。御伽は結を他人のように扱っていたけど、今の御伽の表情には苦しみで満ちていた。
僕は御伽から目を逸らしてしまった。すると、視線の先で置いていたケータイが光っていることに気づいた。
既に日が沈み、辺りは暗くなり始めていた。だからこそ気づくことが出来た。急いでケータイを拾い上げて、画面を確認する。
「ごめん。御伽、ちょっと電話するから」
「わかった」
何度か竜胆さんに連絡をしてみたけど、電話に出ることはなかった。それでもしつこく繰り返していたら、ようやく連絡がきた。
「もしもし、竜胆さん」
通話開始と同時に呼びかけた。
「違うわよ」
その声は竜胆さんじゃなかった。
聞き覚えのある声だ。
「マキ……どうして、竜胆さんのケータイに……」
僕とマキの関係に直接変化があったわけじゃない。それでも僕は竜胆さんの家から逃げ出して、マキからも離れてしまった。
「お母さん。ずっと家に帰って来てないの」
「帰って来てない……?」
竜胆さんが行方不明になっている。今の状況と結びつけるのはよくないとは思うけど、偶然とは思えなかった。
「マキ。夏芽さんは?」
「夏芽もいない」
やっぱり、夏芽も姿をくらませている。
でも、どうして今なのか。まだ僕と御伽が死んだはずの人間を見つけたことは誰にも知られていないはずだ。
「もしかして……」
僕は御伽の顔を見た。
「パパと夏芽は同じ大学に通っていた」
僕や御伽と接触をした唯一の人物。もし、御伽の父親から夏芽に何らかの情報が伝わっていたとしたら。よくないことが起きてしまったとも考えられる。
でも、何故、竜胆さんが行方不明になっているのか。もしかして、子供の死と竜胆さんには関係があったのか。
「マキ。ごめん」
「何故、謝るのかしら」
「僕はマキにずっと隠し事をしてた。その隠し事のせいで、僕は家を出て行った」
数秒間の沈黙。
「結莉。私は何があっても結莉の味方よ」
信じたい。でも、竜胆さんの娘であるマキをどこまで信じてもいいのか。
「マキ。僕は竜胆さんを探すから」
僕はマキの返事を聞く前に通話を終了した。
もし、竜胆さんに聞かれていたとしても、僕の意思は変わらない。なんとしても、竜胆さんを見つけ出さないといけない。
「御伽。竜胆さんを探さないと」
「それは必要なこと?」
「結を殺した犯人がまだ生きているとしたら?どんな理由で僕や御伽が狙われるかわからない。だから、竜胆さんを見つけて……」
見つけて、どうなるというのか。
だけど、僕は竜胆さんが犯人と無関係だとは思えなかった。きっと、竜胆さんが僕の知りたい答えを持っている。
「闇雲に探しても見つからい」
「それは……」
「でも、鍵なら持ってる」
御伽は首の紐を引っ張る。紐の先に付いていたのは一本の鍵。何処にでもあるような、ただの鍵。
「その鍵って……?」
「ママが死ぬ前に預かった鍵。もし、この家に居られなくなったら、この鍵の場所に結ちゃんを隠してほしいって」
「その場所ってどこ?」
「──の建物。今も残ってると思う」
御伽の話を聞いて、僕は確信した。
竜胆さんが連れて行かれた場所だと。
「御伽。そこに行こう」
「それはダメ」
御伽が僕の体を抱きしめてくる。
「結莉。このまま何処か遠くに逃げようよ。わざわざ結莉が危険なことする必要なんてない」
もし、僕の過去に何も無ければ、御伽の言う通りにしていた。だけど、僕が理不尽に監禁されていた年月がそうはさせてくれない。
真実が存在する。僕が生贄として扱われ、御伽の人生も狂わされた。何も告げないまま死んでいった母親の代わりに自分達で真実を見つけなければならない。
「御伽。どうして、鍵を捨てなかったの?その鍵が無ければ、僕が真実を求めることはなかったのに」
「……私も真実を知りたいから。どうして、結ちゃんが死んじゃったのか。何も知らないままではいられない」
まだ御伽の意思は残っていた。
空っぽの人間よりも、ずっと信用出来る。
「御伽お姉ちゃん。行こう」
「結莉……うん。行こ」
二人の道は、ようやく重なり始めたばかりだ。
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