第18話。雛鳥の真実

御伽おとぎ。ここで合ってる?」


 日が沈んだ世界。


 僕と御伽は鍵の使える建物がある場所に向かっていた。


 御伽の家からそれほど離れてはいない。街灯の少ない通りを進んだ先にある建物。夜だというのに部屋の明かりは一つもついてはいなかった。


「間違いない。写真で見たことがある」


 二階建ての大きな建物。本来であれば人が寝泊まりをして、生活をする為の建物。外から見てもおかしなところは見当たらない。


 母親が持っていた鍵。玄関の扉に近づいて鍵が使えるか確かめる。扉の鍵は呆気なく開き、建物の中に足を踏み入れることが出来る。


「やっぱり、中も暗い……」


 懐中電灯は使えない。もし、夏芽なつめ竜胆りんどうさんが建物に居たら。気づかれてしまう。なるべく物音を立てないように建物の中に入るけど、空気が重く感じられた。


結莉ゆうり。あまり離れないで」


「ごめん」


 僕の手を握る御伽の手。その反対の手には包丁が握られている。


 万が一があれば、御伽が守ってくれると言っていたけど。あくまでも最終手段だった。


「……っ」


 玄関から少し歩いた先、開けた空間があり。月明かりが差し込んでいる。だけど、一番の問題はそこに一人の人物がソファーに座っていた。


「こそこそする必要はない」


 既に気づかれていた。


 御伽が動き出そうとしたけど、僕は腕を引っ張り止めた。まだ御伽の姿を闇に隠したまま、僕だけが月明かりの下に姿を現すことにした。


「どうして、気づいたんですか?」


「扉の音はよく響く。ここに居ればわかるさ」


 考えが甘かったか。でも、ずっと隠れるつもりもなかった。僕は話し合いを望んで、この場所に来たのだから。


「夏芽さん。質問してもいいですか?」


「構わない。夜はまだ長い」


 よかった。このまま御伽には待機してもらって情報を聞き出そう。


「この建物は夏芽さんや竜胆さんが通っていた大学で。活動していたサークルが使っていた建物ですよね?」


「その通りだ。しかし、わたし達が学校から居なくなった後。後輩達が問題を起こし、サークルの活動停止と共にここも閉鎖された」


 母親が鍵を持っていたのは、この建物の元居住者だったからだ。ここなら結を隠すのに最適だと考えていたようだけど。他にも利用者は居たようだ。


「じゃあ、どうして夏芽さんはここにいるんですか?」


「あの女を閉じ込める為だ」


 夏芽の声には怒りのような感情が混じっていた。


「何故、わたしがキミの侵入を許したと思う?」


「……っ」


「竜胆という女。彼女の犯した罪をキミは知る権利があるからだ。すべてを知ったうえで、答えを聞かせてもらう」


 夏芽はソファーから立ち上がった。


 だけど、僕から一定の距離を空けたまま近づいてくる様子はない。そのまま夏芽は窓際まで歩いて行った。


「すべての始まりは、あの日だった」


 夏芽は懐かしい日々を思い出すようにして語り出す。今の状況を考えれば、無理に話を遮る理由はなかった。


「わたしが大学生だった時のことだ。あの女、竜胆が、大学で孤立していたわたしに声をかけてきた」


 竜胆さんと夏芽の昔話。


「初めはサークルの勧誘だと思っていた。しかし、彼女はわたしを無理にサークルに入れようとはせず、他の仲間と一緒に良くしてくれた」


 特に変わったところはないように聞こえるけど。


「わたしにとって、竜胆は希望だった。彼女の役に立ちたいと考え、わたしはサークルに入り、活動の手助けを続けた」


 そこで夏芽は一度黙った。


 どうやら、ここからが本題のようだ。


「大学を卒業した後、わたしは竜胆と交際を始めた。しかし、思い通りの生活とはいかず、数年と経たないうちに関係は悪化してしまった」


 竜胆さんと夏芽は昔に交際していた。


「竜胆と別居をしているうちにわたしは寂しさを感じていた。だからと言って、許されることではないが。わたしは、竜胆を裏切り。違う女性と肉体的な関係を持った」


「まさか、それが……」


「わたしの浮気相手は律香りっかだ」


 律香は御伽の母親の名前だった。


「律香と夜を共にしたのは一度きりだった。それ以降、わたしが律香と関わることはないと思っていた。だが、律香から連絡が来て驚いた。律香はわたしの子を身ごもり、産みたいと言い出したのだから」


 律香と夏芽の間に出来た子供がゆうだ。


「わたしは竜胆に浮気を知られることを恐れた。もし、子供が生まれれば、律香はわたしとの関係を竜胆に告げる可能性があった」


「どうして、わざわざ竜胆さんに話すと?」


「律香はわたしと竜胆を引き離したいと考えていたからだ。彼女の口から直接聞いた話だ、間違いはない」


 つまり、結が生まれてくることを夏芽は望んではいなかった。律香が本当に結を使って夏芽を脅そうとしたのかわからないけど、それを夏芽は恐れた。


「思えば、わたしの選択に間違いがあったのかもしれない。律香を見つけ出したわたしは、彼女を階段から突き落とした。後に赤子が死産したことも聞いていた」


「その後、夏芽さんは何をしていたんですか?」


「数年、病院に居た」


 夏芽が結を殺したという事実は確かあった。だからこそ、御伽の父親は律香の身ごもった子供が死んだ事実も理解していた。


 子供が死んだことで律香は狂い、手に負えなくなった父親が出て行ったと御伽は言っていた。きっと、父親は死んだ子供が夏芽の子供なんて知りもしなかっただろう。


「待ってください。その話と竜胆さんには何の関係もないですよね?」


「ああ。今の話は前提でしかない」


 夏芽が浮気をして、律香との間に子供を作った。


 でも、子供である結は死産しており。その遺体も確認した。ならば、竜胆さんの罪とはなんだったのか。


 僕は先にどうしても確かめたいことがあった。夏芽と律香に関係があったのなら、あの監禁部屋で行われていた儀式について知っているかもしれない。


「律香は結を……亡くなった子供を生き返らせる為に儀式を行っていました。その生贄に僕を使おうとしていました」


「……それは、よみがえりの儀式か」


「儀式のこと夏芽さんは知っているですか?」


「知っている。何故なら、その儀式を作ったのはわたし達だ」


 夏芽達が儀式を作った。その儀式を律香が知っていたのは、夏芽から聞いたからだろうか。想像以上の答えに僕は戸惑ってしまうが、夏芽は待ってくれくれない。


「わたし達の所属していたサークル。そこでは死者を蘇生する為に様々な研究……のようなお遊びが行われていた」


「お遊び?」


「ああ、そうだ。誰も儀式を本気にしてはいなかった。儀式を行ったところで死者は生き返らず、実際に行う人間もいなかった」


 それでも、律香は儀式を行っていた。例え遊びで作った儀式であっても、自分の子供を生き返らせる為に律香は藁にもすがる思いだったのかもしれない。


「生き返るって……具体的にどうなるんですか?」


「用意された器に、箱に閉じ込めた魂を移す。写真は魂が自らの姿を思い出せるようにする為のものだ」


「魂を移す……」


 監禁部屋にあった異様な数の写真。あれも儀式の一部だったのか。部屋に貼られていた写真のすべては律香の腹の中にいた赤ん坊の写真だった。


「まさか、律香は本気で子供を生き返らせようとしていたとは……驚きよりも感心する」


「夏芽さんの都合で殺しておいて、その言い方はあんまりじゃないですか?」


「アレは生まれるべきではない子供だった」


 夏芽の言葉に少しだけ感情が揺れ動いた。だけど、僕の感情なんて些細なもの。闇から現れた人物は夏芽に飛びかかり、そのまま地面に押し倒していた。


「御伽!だめ!」


 御伽は夏芽の上に馬乗りになったまま、包丁を振り上げた。夏芽は目を閉じ、与えられる死を受け入れるようだった。


 初めから、夏芽は御伽に気づいていたのか。だから、あんなにもわかりやすい挑発をしたのかもしれない。


「……」


「あの子は……私の弟か妹になる子だった。ママにもうすぐ私はお姉ちゃんになるから、しっかりしなさいって言われて。少し嫌だったけど、ずっと楽しみだった」


 御伽の包丁は夏芽の顔めがけて振り下ろされ。そのまま、横の地面に突き刺さっていた。御伽が夏芽を殺すことはなかった。


「キミは……律香の娘か。彼女によく似ている」


「どうして、結ちゃんが死んで。アナタみたいな人が生きてるの?結ちゃんは何にも悪いことしてないのに!」


 御伽は強がっていたけど、本当は結のことを家族として受け入れていた。僕よりも御伽の方が感情的になっているのが、何よりも証明だった。


「だったら、わたしを殺すといい。キミの母親を狂わせ、子供を殺したのはわたしだ」


「殺してやりたい。でも、私は結莉を一人には出来ない。今の私は結莉のお姉ちゃんだから。アナタの罪を受け取らない」


 僕は御伽の言葉を聞いて、嬉しかった。僕にとって最悪の人間が今は最愛の家族になっている。たった一人の大切な家族。


「そうか……」


 夏芽は目を閉じたまま動かない。


 僕は夏芽に近づき、見下ろした。


「結莉だったか。わたしの口からすべてを話すつもりだったが、気が変わった」


「それはどういう……」


「二階の部屋に彼女はいる。キミの求める答えは彼女が持っている」


 竜胆さんは夏芽が閉じ込めたと言っていた。


 もしも、竜胆さんが何からの罪を犯したのだというのなら。何故、夏芽が罰を与えることもなく部屋に閉じ込めたのか。


 罰を与える権利が夏芽にはない。それとも既に竜胆さんは罰を受けているのか。答えは、自分の目で確かめる他なかった。


「結莉。行って。この人は私が見てるから」


「わたしは抵抗するつもりはない」


 二人に言われて、二階に目を向けた。


「竜胆さん……」


 真実を求める為にここまで来た。


 御伽、律香、結。夏芽の話で一つの家族に与えられた悲劇を知ることが出来た。だけど、それは御伽が求めた真実だった。


 僕が求める真実は別にある。


 二人から離れて、僕は二階に続く階段を登り始めた。今まで御伽が近くにいたから気づかなかったけど、僕の足取りはいつもより重くなっていた。


 御伽もマキもいない一人での歩み。


 僕は一つの扉の前で止まった。


「この扉の向こうに……」


 僕は扉のドアノブに手をかける。


 その先にある真実。


 それを確かめるために。


「結莉くん」


 今、竜胆さんと向き合う。

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