第10話 幼女

『よくぞ参りました。ソウシよ。選びなさい。英傑を』


 身の丈ほどもある大剣から、落ち着いた女性の声が響く。

 もう三度目ともなれば、慣れたもの。


『剣聖 アーチボルト』

『大賢者 ミネルヴァ』

『魔導王 シーシアス』 


 視界に浮かんだメニューから選ぶのはもちろん。

 

「選ぶぞ」

「うむ」


 ミネルヴァに前置きしてから、「大賢者ミネルヴァ」を選択し決定を行う。

 

 大剣が光の粒子となって消え去り、今回も二度目と同じで誰の姿も現れなかった。

 ぼふん。

 ところが、俺の横に立っていたミネルヴァを白い煙が包み込む。

 

「ミネルヴァ?」

「大丈夫じゃ、大事ない」


 白い煙が晴れた後、目をこする少女がそこにいた。

 長い耳、新緑のような髪と目の色はミネルヴァと同じで、顔も彼女と非常によく似ている。

 だけど、背丈が俺の腰くらいまでしかない。

 どう見ても、彼女は十二歳前後くらいの少女なんだよな。

 ミネルヴァは俺と同じくらいの歳に見えた。だいたい二十代半ばってところの凛とした大人の女性だ。

 

「ううう」

「ミネルヴァはどこに?」

「我がミネルヴァじゃ。見れば分かるじゃろ」

「いや、ほら」


 自分の腰に手を当て、そのまま少女の方へ手を動かすと彼女のエメラルドのような緑の髪へ俺の手が当たる。

 当たる?

 え。

 

「ちょっと待て」

「いきなり手を握って、何をす……いや、手を」

「そうだよ。手が触れるんだよ!」

「まさか、我は実体を取り戻したのか」

「たぶん、だけど、ミネルヴァでいいのか?」

「当たり前じゃろう。さっきから何をいっておるのじゃ。突然大きくなったと思ったら」

「いや、違うって。祭壇の台座の位置と自分の立っている位置を比べてみろよ」

「……ち、小さくなっておるではないか! あんまりじゃ……」

 

 よかったな、ミネルヴァ。服もそのまま小さくなってて。

 あ、そうか。ステータスを確認すれば何か分かるかもしれない。

 

『名前:ソウシ

 英傑:大賢者「ミネルヴァ」(成長途上)

 スキル:カード化、鑑定、理の反転』 

  

「成長途上ってなっているな」

「由々しき事態じゃ。これでは十全の力を振るうことができぬぞ」

「ってことは少しは戦えるってこと?」

「不十分に過ぎるがの。この体は我が賢者となる前のものじゃ。当時の力しか持っておらぬようだの……嘆かわしいことに」

「自分の身を護るくらいはできそうな感じなのか?」

「もちろんじゃ! これでもスキルを二つ、一部の魔法や武技だとて使うことができる」

「ま、まじかよ……とんだチートだよ。さすが大賢者になる素質を持つ者だな」

「ぐう」


 褒められて悪い気がしないのか、ミネルヴァはぐううと悔しそうな顔をしつつも、これ以上の不満をのべようとしなくなった。

 「戦える」と彼女は言うが、肉体を取り戻したからには、これまでと違ってモンスターの攻撃を受けたら傷ついてしまう。

 俺は理の反転があるから、完全とはいかないまでもほとんどのダメージは無効化できる。彼女はどうなんだ?

 

「ミネルヴァ」

「お主、我の能力を疑っておるのか?」

「俺よりは戦えるんだとは思ってるよ。だけど、あの変なピエロ服曰く、少なくともあと一回はモンスターと戦わなきゃだろ」

「そうじゃな。ハッキリと言っておいた方がよかろう。我とお主は一蓮托生。我はこの体に慣れておらぬ。当時の我より更に劣ろう」

「大丈夫だ。俺が盾になる。小さくなったのも悪い事ばかりじゃないさ」

「お主の後ろに隠れるにはいいサイズになったとても言いたいのじゃろう。残念ながら事実じゃ……」


 なんだか小さくなってから、感情表現が豊富になったな。

 ミネルヴァは、ずううんっと影が差したように頭を下げていた。


「そういや、スキルを二つも持っているって言ってたよなあ。聞かせてくれよ」


 我ながら棒読みが酷い。

 でも、ま、機嫌よく語り始めてくれたから良し。

 

「我の持つスキルは、エアステップと穴掘りの二つだけじゃ。他に精霊魔法と空間魔法の一部を使える」

「聞いたことないな。魔法って魔導王固有のスキルじゃないのか」

「シーシアス……」

「ん? どうした?」

「いや、何でもないのじゃ。ともかく、かつての我は未熟だった。なればこそ、魔法も使っていたということじゃ」

「よく分からないけど、おっけ。スキルは二つとも俺の知るスキルと同じか」

「お主が選択できるものと同じじゃ。どちらも途中経過のスキルなのじゃがな」

「そうなんだ」


 二つともトリッキーだけど、なかなか使い勝手がいい。

 エアステップは文字通り、空中に階段を作成するスキルだ。飛行と違って地面に地をつけて戦えるし、脆いが壁にすることだってできる。

 使い方次第で、化けるスキルの代表だ。

 もう一つの穴掘りはネタスキルの一つなんだけど、ゲームが現実となったこの世界なら戦い以外にも使えそう。

 穴のサイズが半径一メートル、高さ二メートルの円柱が最大と制限はあるから、寝床には使えないけどね。


「うむ。エアステップは飛行に。穴掘りは次元断に昇華できるのじゃ。途上とはいえ、一端のスキルじゃから、それなりに使えるぞ」

「だな。二つとも中々便利なスキルだ。エアステップは俺の体だと不安しか残らないが……」


 空中だぞ。空中。足を踏み外したら真っ逆さまだぞ!


「だいたい把握した。ありがとう」

「うむ。ならば行くぞ。お主はスキルの選択を保留するのじゃろ?」

「待って、自分の体の調子を確かめなくていいのか?」

「問題ない。お主の戦いを二回も見たのじゃ。お主に合わせる」

「分かった」


 幼くなったとはいえ、英傑「大賢者」だものな。「英傑伝説」の三人の英傑は、それぞれ一人で一国を崩せるほどの力を持っていたという。

 その力の一部スキルを授けられ、城を落としに行くって設定だ。

 ミネルヴァは現時点でスキルを二つも保持しているんだから、「英傑伝説」のプレイヤーより上と見ていいだろ。

 

「それと、魔法は使わぬようにする。どうしようも無くなった場合は別じゃがな」

「分かった。理由も理解した」


 魔法は俺が知らない事項だとミネルヴァも分かっている。

 見たことのない術を使ったとしたら、戦い慣れしていない俺の方が戸惑ってしまう可能性が高いからな。

 結果、魔法を使ったことで隙が生まれてしまうことにもなりかねない。


「うむ。お主も戦士の顔になってきたの」


 ミネルヴァは俺の肩をポンと叩こうとしたのだろうけど、届かず腰の上辺りになってしまっていた。

 一瞬、うへえとなった彼女はすぐに佇まいを正し、階段を下り始める。

 彼女に並ぶようにして俺も続いた。

 でも、一つ気になることがあったんだ。彼女の頭頂部からぴょこんと毛束が跳ねているんだよ。

 大人の時、あんなの無かったよな。


「どうしたのじゃ?」

「いや、魔法のことが少し気になってな」

「いざとなれば躊躇なく使う。お主のスキルと同じじゃ」

「おう」


 話をしている間にも、外に続く扉の前まで進んできた。

 さあ、外へというところで急にミネルヴァが立ち止まる。

 

「ソウシ。お主、スキルをあと二つ選択できるのじゃよな」

「うん」

「ならば、今一つ取得しておけばどうじゃ?」

「なるほど。万が一『理の反転』が消えたとしても、再取得できるってことだよな」

「うむ」

「試してみるか」


 ステータス画面を切り替え、スキル選択を保留していたウィンドウを開く。

 開かない……ぞ。

 え、えええ。どうなってんの?

 まさか、俺とミネルヴァのスキル数は共有ってことないよな?

 取得できるスキルは全部で三。俺とミネルヴァのスキル数を合わせれば、三になる。

 う、うーん。

 二度目、三度目のスキル選択は「英傑伝説」ではなかったシステムだからな、謎が残る。ひょっとしたらまた選択できるようになるのかもしれない。

 だけど、先に知っておけてよかった……進退窮まっていざスキルをとなった時、このことに気が付いていたらと思うとゾッとする。

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