第13話 念押し
「策はあるかの?」
「ある。けど……」
俺がついていけていないんだよ! ミネルヴァだけがニーズヘッグに対応していては、勝てない。
肉壁として彼女の前に立ち続けるか?
「ソウシ。我らは二人で一人じゃ。じゃから我は躊躇なく使うぞ。御してみせよ。祭壇に選ばれたお主ならば、必ずや」
「ん?」
聞き返すもミネルヴァが両手で複雑な印を組み始めてしまった。一瞬で深い集中に入ったようで俺の声は彼女に届いていないようだった。
「デュプリケート・アバター!」
「ぐ、ぐう」
脳が焼ききれるように熱い。
目から耳から、体から、情報が溢れ過ぎているためだ。まるで、一分を何十倍にも引き延ばしたような、それでいて感じる時間は何十分の一になったような。
感覚が鋭敏に、時間がゆっくりと、反するように速く。
「何のスキルだこれ……」
「スキルではない。精霊魔法の一種じゃ。我とお主の身体能力を合わせる」
「合わせる?」
「うむ。我とお主、例えばじゃな、足がより速い方に、低い方が高い方に合わされる」
「それって、俺の身体能力がミネルヴァ並になってるってことか」
「そうじゃ。じゃが、過ぎた力はお主の脳に筋肉に全てに多大な負荷を与える。効果時間は五分」
「ありがたい」
ゲームにはない術だな……英傑伝説のキャラクターは身体能力が一定だし、仕様上存在しても意味のない術だから無くて当然と言えば当然だ。
しっかし、これがミネルヴァの見ている世界なのか。
気を緩めると、余りの情報量にそのままぶっ倒れそうだ。
幼女なミネルヴァだったから俺の脳みそが焼ききれないで済んでいる。もうこうギリ一杯でね。
後から筋肉痛やらがえらいことになりそうだけど、今はこの上なく心強い。
「作戦はお主に任せるぞ。これで土俵に立てた。ここまで切り抜けてきたお主ならば、必ずや成し遂げよう」
「俺に命を預けてくれるのか」
「もちろんじゃ、頼りにしておるぞ。相棒」
「……ミネルヴァ。分かった!」
拳を打ち付けあい、前を向く。
俺たちの様子を伺っていたニーズヘッグが、さも嬉しそうに長い舌で並んだ牙を撫でた。
「それで全力でいいのだな?」
「ああ」
「ならば、もう止まらぬぞ! いざ!」
言うや否や爆発的な突進力であっという間にニーズヘッグが間合いに入ってくる。
見える!
奴は低い姿勢から右腕を下から上に振り上げてきた。
ギアを一気にあげろ!
風が唸る音が俺の頬を撫でる。
よっし、回避できた。
「下じゃ」
「うん」
空気で分かる。空気が震えているからな。
今度は脚だ。右に大きくステップを踏み、これを回避。
その間にも次の手を打ってくるニーズヘッグ。
今度は右手の手の平がキラリと緑色に光った。
対する俺は奴に覆いかぶさるようにして、緑の光を受け止める。光った右手の爪で俺を切り裂いてくるが、理の反転の効果で俺には傷一つつかない。
そこへ俺の背中を踏んで飛び上がったミネルヴァが死角から左右の双剣を振るう!
それでもニーズヘッグは反応してしまう。
だが、後ろに引こうとするニーズヘッグの左腕を掴み、引きとどめた。
シュンと赤い軌跡が駆け抜ける。軌跡の主はミネルヴァの双剣。
ぐ、ぐうう。
と同時にニーズヘッグに蹴り飛ばされ、数メートル吹き飛び地面に転がってしまった。
片手をついて一息に起き上がったところで、ミネルヴァが俺の隣にくるりと着地する。
「大事ないか?」
「うん。奴は……浅いか」
ミネルヴァの渾身の攻撃もニーズヘッグのまぶたの上を僅かに切り裂いただけだった。
ポタリ……。俺の額に浮いた汗が顎を伝って流れ落ち、床を濡らす。
「ソウシ……」
「ん。汗だよ。え」
「斬られておる」
「まさか」
額に手を当てると、血が滲んでいることが分かった。
戦闘で高揚していたからか、痛みを感じなかったので汗だとばかり……。
「なるほど。これが当たりか」
コキコキと首をゆらし、手首を振ったニーズヘッグが腰を落とし大きく息を吸い込む。
あいつ、あの攻防の中、俺の防御について調べていたのか。
額はおそらく爪先で引っ掻かれただけに過ぎない。
「この攻撃が分水嶺だ! 頼む! ミネルヴァ」
「うむ。エアステップ!」
空中に透明な水色の壁が出現する。
跳躍した俺は、そいつを踏みつけ更に跳躍した。
着地地点には既に壁ができており、更にそれを踏む。
一方でミネルヴァは力を溜めているニーズヘッグに的を絞らせぬよう左右に刻みながら華麗なステップを踏み肉迫する。
カッっと目を見開くニーズヘッグ。
しかし、ミネルヴァの方が早い!
地につかんとするほどの低い姿勢から、双剣をニーズヘッグに向けて斬り上げる。
対するニーズヘッグは高く跳躍し、彼女の攻撃を回避した。
奴の手はどっちに向かっている?
両方か! 奴の右の手には黒い球体。左の手にはオレンジの球体が。
「ミネルヴァ!」
彼女の名を叫ぶ。
重力に引かれ落ちようとしているニーズヘッグの足元にエアステップが現れるが、奴は急に出来た床にもバランスを崩すことなく着地した。
続いて、その壁に重なるように床までエアステップが伸びる。
「そこで、穴掘りだ!」
ミネルヴァがコクリと頷くと同時に、エアステップに穴が開く。
「ぬ!」
落とし穴に強制的に吸い込まれるように落ちて行くニーズヘッグ。
しかし、奴の動きは早い。
体が落ちきる前に左右の球体をミネルヴァに向け、放つ!
落ちた後も壁を破壊しようと、腕を振るう。
ちっ! 俺とミネルヴァ両方にじゃなかったのか。
対するミネルヴァは壁を張り――。
「理の反転! 対象はエアステップだ!」
壁に当たった球体は壁を砕くことなくそのまま消失。
壁を壊している最中だったニーズヘッグの腕が壁に固定された。
「行けえええええ!」
「ぐおおお!」
空中にあるエアステップの床から飛び降りた俺は、黒光りする刀身をもつ大剣グラムを下に構え空いた穴に飛び込んだ。
その先には身動きが取れなくなったニーズヘッグが。顔をあげ、体をよじろうとするがもう遅い!
「見事だ……」
グサリ――。
大剣がニーズヘッグの頭に突き刺さり、そのまま奴を真っ二つに切り裂く。
「解除」
ミネルヴァの声と共に、透明な水色のエアステップの壁が全て消失した。
「た、倒した……」
大剣を放り投げ、ニーズヘッグの遺体の横でへなりと腰を落とす。
「よもやこんな手を思いつくとはな……あっ晴れじゃ!」
「俺に届く攻撃は絶対来ると思っていた。だけど、あいつは俺のスキルのことを知らない。そこが上手くハマってくれたな」
理の反転は俺の体だけが対象ではない。
幸い、あいつに気が付かれるような行動を俺がしていなかった。何しろ、俺はニーズヘッグとミネルヴァの動きについていけず、スリングショットを使う暇がなかったからな……。
それにしても疲れた……。
「少し、休ませてくれ。もう体中が悲鳴をあげてて」
「お主の肉体が貧弱過ぎるのじゃ。もう少し鍛えねばな」
「無事外に出られたら、鍛えるよ……」
筋肉という筋肉が痙攣して、頭がハンマーで殴られ続けているように痛い。
目も耳もぐらんぐらんしているし、いろいろもう限界だよ……。
ん。ミネルヴァが両手を床につけてあえぐ俺の体に覆いかぶさってくる。
「ちょ」
「じっとしれおれ」
腰に手を伸ばしたミネルヴァは俺のポーチへ手を突っ込み、ポーション(ランク5)をひっっぱり出した。
なんだ、ポーションを取ってくれようとしていたのか。
「脆弱な奴めー」っとそのまま背中に乗っかられて叩かれるのかと思ったよ。
「ほれ、飲め」
「体にかけるもんじゃなかったっけ」
「その状態なら飲んだ方が良い。絶対に吐くなよ」
何その念押し、怖い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます