第14話 新たなスキル

「ぐ……」


 な、何だこの不味さは。

 苦いだけなら問題なかった。しかしこいつは、苦いのではなくとんでもなく甘い。

 かというのに、血抜きが不十分な生魚のうっとくるアレとパクチーのような清涼感が合わさり……一言で言うと、飲めたもんじゃねえ。

 これ、人間が飲むことを想定して作られたものだとは思えない。

 ポーションを数本使っていいから、全身に振りかけた方がまだマシだ。

 

 も、もうダメだ。ぐばあしてしまおう。

 な、何だと。

 ミネルヴァが俺の背中に体重を乗せ、俺の口を両手で押えてきやがった。

 物凄い力で後ろに引っ張られ、絶妙な角度で喉と口をぐぐっとされる。

 

 ゴクン。


「う、ぐ、ぐう、ぐうううう!」


 胃が焼けるように熱い。

 胃から広がる熱が全身を駆け巡り、熱が刺すような痛みに変わる。

 

「あああううあああああ! ぐうう!」

「お主の筋という筋が損傷しておるのだ。目もつぶっておいたほうがよいぞ」


 ぬううがあああ。

 目に硫酸でも浴びせられたかのような強烈な刺激が。

 頭が割れるんじゃねえかってほどの頭痛も伴い、全身の毛とい毛から脂汗がにじみ出てくる。


「はあはあ……」

「どうじゃ、元に戻ったかの?」


 手をぐーぱーさせ、首を回してみる。

 お、おお。痛みはないな。ポーションすげえ。ただし二分間は地獄の苦しみが伴う。

 

「とんでもない目にあった……」

「我と同じ身体能力を得た反動で廃人になってもおかしくなかったのじゃぞ」

「それに比べりゃ、この程度の痛みで回復できたってのはよかったのか……」

「うむ」


 よくねえわ! と全力で叫びたかったが、ミネルヴァの手前、控えることにした。


「あ……」

「どうした?」

「いや、何でもない」


 自分で自分を殴りつけるのは、痛みを想像してやれないけどミネルヴァがいるじゃないか。

 彼女にハンマーか何かでぼんぼこ俺の体を打ってもらえば、理の反転で回復する。それも痛み無く。

 次回からはそうしよう……いや、でも、彼女が理の反転のことを考慮していないとは思えない。

 全身の筋とか目が損傷していたから、理の反転よりポーションの方が早いと彼女が判断したのかも。

 

「むー」


 あ、疑ってる。何か言おうとしてやめたってことに気が付かれてるな……。

 口を横に結んでぶすーっと考えている姿は微笑ましい少女そのものだけど、彼女の中身は長年闘争の中にあった「大賢者」。

 彼女の「英傑伝説での設定」ってあったっけか。英傑のプロフィールとかは興味がないから全く見ていなかった。

 こんなことになるなら、設定資料を隅から隅まで頭に叩き込んでおきたかったなあ。

 

「ミネルヴァ。いやさ、無事戦いが済んだらお願いがあるって言ってたじゃないか」


 今思い出したことであるが、彼女の疑念を晴らすにはちょうどいい。

 

「覚えておったのか。てっきり忘れられているものだと」

「……そんなわけないじゃないか。痛みが治まるまで待っていてくれたんだろう」

「うむ。お主に我の願いを聞かせる前に」


 ミネルヴァの目線の先にはちょっとグロテスクな姿になってしまったニーズヘッグの遺体があった。


「うん。そうだな」


 体を揺らし勢いをつけて一息に立ち上がる。

 ニーズヘッグに向けてカード化を実施。すると、「ニーズヘッグの爪」だけがカードとなった。

 後に残ったのは赤色ならぬ透き通るような青色の宝珠……。

 

「これは、見たことが無いな」

「お主でも知らぬ物か」


 膝立ちになってツンツンと青色の宝珠をつついてみるが、特に反応はない。

 触れたら体中に激痛が……ってことはないようだな。

 

『青の宝珠』


 鑑定で表示名を確認してみるも、見たまんまの名前か。

 悩んでいても仕方ない。


「カード化」


 青の宝珠をカード化し、仕舞い込む。

 ん?


「お、おお」

「何か変化があったのかの?」

「うん、スキルを一つ選択できるようになった」

「ほおほお。すぐに選んでおいた方がいいのお」

「確かにな……」


 外は「英傑伝説」のゲーム仕様とは異なる世界だった。

 いや、外だけじゃなく祭壇の間が三つもあったり、ミネルヴァが実体化できたり……もう「英傑伝説」のゲーム仕様だと思わないほうがいいだろう。

 赤の宝珠で二度目、三度目のチャンスを得た時は、スキル選択をしなかったことで結果的にだがミネルヴァが実体化することの助けとなった。

 そして今度は、「スキル選択だけ」ができる青の宝珠だ。

 いつスキル選択の資格が無くなっちゃうのかも不明だから、やれるならやれるときにやってしまった方がいいだろう……たぶん。

 選択に自信はない。思うに、外の世界には外の世界のルールや法則がある。

 だけど、俺とミネルヴァは「英傑伝説」の仕様が外の世界のものと入り混じってもう分けが分からなくなっている、んじゃないかなと推測しているんだ。

 

「選ぶとしたら、何にすべきか悩ましいな」

「そうじゃの。我のスキルからしか選択できぬのか?」

「うん。剛力とかありゃいいんだけど、ないんだよなこれが」

「うーむ。ならば、『真眼』あたりかのお」


 真眼か。

 真眼は相手の行動予測が軌跡となって見えるスキルだ。

 ゲームから現実となった中でも有効に使うことができるだろう。彼女は俺の身体能力を補う方法を考えていてくれる。

 それはとてもありがたいんだけど、彼女の言葉で気づかされた。


『スキルを選択してください

 次元断

 飛行

 合成

 ことわりの反転

 真眼

 シャドウ・ウォーク

 エア・ステップ

 落とし穴

 転移

 精製』

 

 改めて「大賢者」で選択できるスキル一覧を眺める。

 大賢者って名前から魔法に寄ったスキル群があるのかと初心者プレイヤーなら考えるところだ。そいつは魔導王なんだよなこれが。

 大賢者はトリッキーな術とステージ周回に便利なスキルで構成されている。

 俺の戦闘スタイル、そして、今後、生き抜くために必要なスキルをこの中から選ぶとすれば、選択は二つ。

 どっちかと言われれば、これだ!

 

『スキル「合成」を取得しました』


 脳内にメッセージが流れた。


「選んだか?」

「うん。合成にした」

「ほう……」


 ミネルヴァが大きな目を細め、顎に小さな指先を当て可愛らしく唸る。

 彼女の頭の中が高速で回転しているのか、エメラルドグリーンの瞳をぱちくりさせ「うむ」と呟いた。

 

「手持ちのカードもいずれ不足してくるだろ」

「そうじゃな。安寧を得ることができるまで、どれほどの旅路になるや分からぬからな」

「ははは。外に出られさえすれば、鑑定を使って素材をカード化すればポーションなりシビレ薬なり作ることもできるだろうって」

「うむ。我が身の安全と天秤にかけ、合成を選んだお主の英断に拍手を送ろう」


 無表情に目の前で手をパチパチされても恥ずかしさだけがこみ上げてくんだけど……。

 合成はその名の通り、アイテムとアイテムを合成し新たなアイテムを生成するスキルだ。

 メジャーな合成レシピだけは頭に入っているけど、うまい具合に外で拾ったアイテムが合成できるかはもちろん不明。

 それでも手持ちのアイテムだけで……例えばポーション(ランク1)をポーション(ランク5)にすることだってできるからな。

 

「それで、ミネルヴァ。話は戻るんだけど、願いって何だろう? 俺にできることなら叶えたい」

「難しいことじゃないのじゃ。あ、あのじゃな」

「ん?」


 急に口ごもってどうしたんだろう。モジモジして両手を腰の後ろにやって目が泳いでいるし。

 

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