第15話 無双だあああ

「お、お……」

「お?」


 言いよどむミネルヴァのほっぺが赤く染まり、ちょっと可愛く思えてしまう。

 にやにやと見守っていたら、「むうう」と呟いてプイっと横を向いてしまった。

 

「おにぎり」

「おにぎりが食べたかったのか」

「うむ……悪いかの」

「いや、いっぱいあるから食べよう。俺もさっきから腹が鳴って仕方ない」


 ぐうう。


「……っつ」

「あはは。すぐ食べよう」


 カードリストからおにぎりを選択して、カードフォルダに乗せる。

 茶色の包みが二つと、ペットボトル入りのお茶が二本、実体化した。

 

「ほら」

「お、おお」


 包みを開けると中には三角形のおにぎりが三つ。


「もしゃ……昆布か」

「なかなか美味じゃな。すぐに食べられるのが良い」

「ゆっくりと暖かいご飯を食べたいもんだな……」

「我は食べられらたことに満足しておる。う……」


 ミネルヴァが思いっきり眉をひそめ、口をへの字に曲げた。


「どうした?」

「う、うう」


 おにぎりを口から離し、お茶をぐびぐび飲むミネルヴァ。

 おにぎりの中に赤いものが見えた。

 あれは梅干しかな。どうやら、彼女にとっては酸っぱ過ぎたらしい。

 

「あはは」

「我は童ではないぞお。その目はやめるのじゃ」

「いや、まあ。見た目はまんま幼女じゃないか」

「今だけじゃ、本来はもっとこう」

「知ってるって。いずれ元の姿を取り戻せるといいな」

「我のことは後回しで別に構わぬ。生きるに支障はないからの」


 そうだな、うん。

 俺たちはまだピエロ服の言葉を借りると「神殿」とやらから脱出できていない。

 外に出りゃ、幸せな世界が待っているなんて、ぼんやりと平和な日本で育った俺でさえ考えていないさ。

 といっても、彼女と俺では育った世界が全然異なることは確か。

 危険に対する敏感さは俺の比じゃないだろう。何を優先すべきか冷静に冷酷に判断できるのが彼女だ。


「つかの間の休息くらい、ぼけーっとしたいもんだな」

「そうじゃな。お主は間抜けな顔をしていた方が良い」

「なんじゃそら」

「褒めているのじゃよ」

「えええ。マジかよお」

「ほら、食べたら動こうぞ」


 ミネルヴァが空になったペットボトルをこっちに投げた。

 ゴミはゴミ箱へ……今度はちゃんと空のペットボトルをカード化して仕舞い込む。

 

「んじゃま、玉座の間だっけ? を探すとしようか」


 んーっと思いっきり伸びをしてから、ゆっくりと立ち上がる。

 

 ◇◇◇

 

 このエリアというか大広間もなかなか広かった……探索が完了するまで結構な時間がかかったぞ。

 ざっとしか分からないけど、一辺が一キロ以上は確実にある。

 だが、大したものは発見できなかった。

 

 ガラガラと崩れていた黄金の玉座に、巨大な扉以外、特に変わったものはない。


「それにしても……巨大な扉だな」

「うむ。祭壇の間の扉と比して軽く倍はあるの」


 ミネルヴァと肩を並べ、扉を見上げる。

 今度の扉はこれまでと様相が異なっていた。素材は鉄だろうか真っ黒で格子状に金色の縁といった装飾がなされている。

 また扉か……。これで終わりじゃなかったのかよ。


「行くしかないんだろうけど……」

「そうじゃな。玉座は破壊されておったしのお」

「俺たちがニーズヘッグを倒したから、崩れた線もある」

「かもしれん。じゃが、事態は常に最悪を想定すべしじゃ」

「うん。完全に同意だ」


 展開にうんざりしつつ、扉に手を触れるとギギギギギと錆びついた金属同士が擦れる音がして、ひとりでに扉が開く。

 

 入って早々、扉に張り付くようにして二体の異形が待ち構えていた。

 だけど、向きが扉を背にしていたから、どうもこの扉を護っていたのかもしれない。

 

 異形はまたしても蛇を彷彿とさせるものだった。

 身長はおよそ四メートル。下半身が蛇そのもので、上半身は人型……といっても緑色の鱗に覆われたものだったが……。

 頭は蛇。両手に三メートルくらいの長さがある両刃の斧剣――ハルバードを握っていた。


『ナーガ』

 

 異形の名はナーガというらしい。名前からも蛇系のモンスターって分かるな。うん。

 奴らは俺たちが扉から姿を現したことに虚を突かれた様子で、振り返るもまだハルバードを振るうまでに至っていない。

 

「右に行く。お主は左じゃ」

「分かった」


 ミネルヴァと頷き合い、左のナーガと対峙する。

 グウウオオオっと気合の入った咆哮をあげたナーガは、ハルバードを高々と振り上げる。

 遅い。

 唸っている暇があったら、とっとと攻撃しなきゃだぞ。

 俺を見てみろ、既にスリングショットからポーションを放っている。

 

 ヒュルルルル――。

 ナーガの首下にポーションが着弾し、小瓶が割れ中身が零れ出た。

 その瞬間、ドカアアアンと物凄い音が響き渡り、ナーガの上半身が爆散する。

 

「え……」


 あまりにあっさりと倒したことであっけに取られる俺……。

 その時、ドサリと音がして右側のナーガが倒れ伏した。床にはナーガの首が転がっている。

 

「弱い。どれだけの際物がいるのかと思ったのじゃが」

「うん、飲み込ませもせずに爆散するなんて思いもしなかったよ」


 硬そうなくすんだ緑色の鱗だって飾りじゃないだろうに。足先でナーガの尾をコツンと突いてみたら、硬質の金属のようにコツンとした音が返ってきた。

 一方、ミネルヴァも自分の倒したナーガの前でしゃがみ込み、頭からぴょこんと出た毛束を揺らしている。

 指先でナーガの鱗に触れた彼女の長い耳がピクリと動く。

 

「やはり、あの三体には大きく劣るのお」

「触れただけで分かるのか?」

「鱗は黒鉄より少し硬いくらいかの」

「それでも充分硬いんじゃ……」

「何を言うか。この鱗はヒュドラのそれと比すれば、紙同然じゃぞ」

「そ、そうなんだ……」


 むしろ、どれだけヒュドラの鱗って硬いんだよと冷や汗が出てきたよ。

 とはいえ、素材は素材だ。しっかりとカード化して頂いていくとしましょうかね。

 

 ◇◇◇

 

 進んだ先に登り階段があり、迷うことなく上の階へ。

 したらあああ。

 そこはモンスターボックスだった。

 ぐるりと周囲を軽く見渡しただけで、数十……いや数百にも及ぶモンスターがひしめいている。

 大きさは様々で、ミネルヴァより小さい体躯のものから、先ほどのナーガくらいまで幅広い。

 一つ言えることは、全て蛇系のモンスターだってことだ。

 

「何じゃこのモンスターの量はあああ」

「つべこべ言わずにとっとと斬るのじゃ」

「ポーションに限りがあるんだってばあ」

「ならば、武器を出すとよい。しばし我が受け持とう」

 

 俺の返事を待たずにミネルヴァが飛び出していく。

 赤い軌跡が奔るたびに、モンスターがばったばったと倒れ伏していった。

 俺、何もやらなくていいんじゃあ……。

 いや、こんな時こそ実戦経験を積むべしだよな。うん。

 俺でも使う事ができる武器となると、片手で扱えるものがいいな。

 小太刀にするか、片手剣にするか、それともナイフにするか悩みどころ……。

 とりあえずこれで。

 

『クラウ・ソラス』

 

 カードを指先で挟み、カードフォルダにセット。

 実体化したのは、長さが80センチほどの刀身がぼんやりと光を放つ片手剣だった。

 柄を右手で握り、軽く振ってみる。

 うん、これならいけそうだ。

 

「それじゃあ、一丁、行くとしますか!」


 一歩踏み出すと、鋭い尾の一撃を受けてしまうが吹き飛ばされるほどじゃない。

 その場で踏みとどまり、攻撃をしてきた直立する人型蛇の尾に向けて剣を振るった。

 サクリ――。

 何の抵抗もなく刃が尾を斬り飛ばす。

 すげえ、切れ味だな。いや、ミネルヴァの言を借りると、こいつらはそれほど強くないんだったか。

 

 これならいける。

 ガンガン攻撃を受けながら、隙が生まれたところで剣を振るう。

 理の反転で全て無効化できているから、全くダメージは受けていない。

 うっひゃー、周りは全て敵ばかり! だけど、理の反転がある俺は無敵だあああ!

 謎のテンションで、剣を無我夢中で振るう。

 

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