第16話 外

 数十体斬り伏せたところで、ミネルヴァから声がかかった。

 

「終わったぞ」

「お、おう」

「お主もそれなりに仕留めたんじゃな。剣には慣れたか?」


 腕を組んだミネルヴァが俺の周囲に倒れ伏したモンスターを一瞥し、顎をあげる。


「いや、無我夢中で振るっただけだよ。普通に振っても当たらないと思ったから、攻撃を受け止めてそのままブンブンとな」

「今回の敵にはそれでよいが、ニーズヘッグのような思考力の在る相手だと通用せぬぞ」

「うん。分かってる。ニーズヘッグのような相手だったら、剣なんて使わないさ」

「弱気じゃのお。まあ良い。そのうち稽古をつけてやろう」


 ふふんと鼻を鳴らし長い耳をピコピコ揺らすミネルヴァに対し、あははと乾いた笑いが出た。

 彼女くらい動けるようになるには、どれだけ修行しなきゃなんないんだろ……。


「水分補給したら、進もうか」

「うむ。カード化も忘れぬようにな」

「うん……」


 この大量のモンスターをカード化か……もう一回水分補給が必要になりそうだ。

 

 ◇◇◇

 

 このフロアにも上に登る階段があった。

 階段を登ると、細い通路になっていて、時折襲ってくるモンスターをミネルヴァが一刀の元に斬り伏せる。

 迷路のように入り組んでいたが、特に問題なく更に上に登る階段を発見した。

 

 ここに来て、俺はある疑念を抱く。

 このフロアも細い通路に入り組んだ迷路のようになっていた。

 

 登る階段を発見したところで、階段に並んで腰かけペットボトルを実体化させる。

 

「ほれ」

「先に飲んで良いぞ。我は汗もかいておらん」

「一応、水分は補充しておいた方がいいぞ」


 脱水は怖いからな。

 ミネルヴァはまるで疲れた様子なんて無かったけど、念には念を。

 けどま、この先、大した危険は無いと思っている。

 というのは、俺の疑念が確信に変わっていたからだ。

 ぐびぐびと水を飲み、ミネルヴァにペットボトルを握らせる。

 

「ごくごく」

「ミネルヴァ。ちょっと聞きたいことがあってさ」


 口元から水を垂らしているミネルヴァは、目だけをこちらに向けた。

 三分の一くらい水を飲んだところで、俺の元にまたペットボトルが戻ってくる。

 残りを飲み干してから、彼女への質問を投げかけた。

 

「上の階に登れば登るほど、モンスターが弱くなってないか?」

「そうじゃの」

「やはり俺の考えに間違いはないか」

「何か分かったのかの?」


 身を乗り出して問いかけてくるミネルヴァの頭から出たぴょこっとした毛束を押し、彼女を元の位置に押し戻す。

 押し込んだのに、またぴょこっと毛束が出てきた。あれはどうなってんだろ……。

 じとーっと睨まれたので、コホンと咳払いをして彼女の疑問に答えることにした。

 

「俺たちはこの神殿? だったっけを逆走してんじゃないかってさ」

「ほう?」

「ニーズヘッグのいた場所が最深部で、外にいたナーガがボスを護る門番じゃないかな」

「なるほどのお。しかし、そう考えると随分嫌らしい迷宮じゃな」

「うん……」


 迷路のようなフロアをいくつも抜けたところに、突然ワンフロアのモンスターパニック。

 その後、ナーガという中ボスを狩らせて、ナーガの数十倍の強さを持つボス「ニーズヘッグ」が待ち構えるという……最終三階層の難易度の上昇率がえげつな過ぎる。

 そら、ニーズヘッグが誰も来てないと言うわけだよ。

 戦いたいなら、もう少し考えてつくりゃいいのに……。いや、まあ、ニーズヘッグがこの神殿を作ったわけじゃないだろうけどさ。


「こちらが正規の道だったと推測しておるわけじゃな」

「うん。で、俺たちの出たあの大広間三つなんだけど」

「ほう。そちらも予想がついたのか」


 だから、乗り出すなってばあ。

 むぎゅうと彼女のほっぺたを押し、元の位置に押し戻す。

 あの凛とした大賢者はどこに行ったんだよ。全く。

 

「俺たちの来た道が本命なんじゃないかと思う」

「祭壇があるからかの?」

「うん。正規のルートは嫌らしいけど、入場即殺を狙ったものじゃない。祭壇の間からのルートは全力で殺しにかかってきているから」

「ふむ。となると、祭壇の間からくる者の方こそ、ニーズヘッグらは警戒していたってことじゃな」

「そそ」


 それでも三体まとめて襲って来なかったこととか、ニーズヘッグに「お遊びが過ぎた」ことなんて疑念はあるけど……あの巨体同士が仲良くできるとも思えない。

 いや、違う。

 

「まだ何かあるのかの?」

「祭壇の間は三つあった。大広間も三部屋。ピエロ服は言ったよな。『資格』を持っているのかって」

「うむ」

「祭壇の間が三つあったってことは、俺のような者を同時に三人まで召喚できたんじゃないか。だから、大広間が三部屋あった」

「まあ、そうじゃろうな。じゃが、いたのはお主だけ」

「残念ながら……な。先行者もいたのかもしれないけど、痕跡もないしなあ……」

「もう済んだことじゃ。真相が分からずとも良いじゃろ」

「うん。気になっただけだから」


 よっし、合っているかどうかは分からないけど答え合わせも済んだところで、行くとしますか。

 ミネルヴァはもう立ち上がっているしな!

 彼女につられるように腰を上げたら、彼女は彼女で階段をとんとんと登り始めた。

 元気だな、本当に。

 俺は脚が重くなってきているよ。

 

 ◇◇◇

 

 十五回くらい上に登っただろうか、もちろん休憩を挟みつつだ。

 ウネウネと曲がりくねった複雑な回廊に惑わされながらも、ついに俺たちは発見した!

 日の光が差し込む入口らしき登り階段を!

 

「行くぞ。ソウシ」

「外に何か待ち構えているかもしれないから注意しなきゃな」


 ミネルヴァに注意を促しつつも、俺のどんどん歩く速度があがっていく。

 

「外じゃー!」

「おおおお、外だー!」


 出てきたのは林の中だった。

 まばらに足首ほどまでの雑草が生え、藪の中に木々が林立しているというよくある風景だ。

 白い雲がかかった青い空、太陽の光、心地よいそよ風。

 鳥の囀りは聞こえなかったが、その代わりといっては何だが、かすかに波の音が聞こえる。

 

「村とか街とかもあるのかなあ」

「しばし探索しようかのお?」

「おう、やろうやろう!」


 この時の俺は外に出たことでもう頬が緩んで緩んで仕方なかった。

 そら、わけわからないところに閉じ込められて、ようやく外の光が拝めたんだもの。舞い上がっても仕方ないってもんだ。

 

 三時間後――。

 ちょっとした砂浜が見える草むらに座った俺は、ぼおおっと打ち付ける波を眺めながらはあとため息をつく。

 沈みかけの太陽が海平線の向こうに見え、とても美しい。

 パチパチと薪が爆ぜ、オレンジ色の光が目立つようになってきた。

 

「今日のところはこんなところかのお」


 棒に突き刺したオレンジ色の魚から目を離さずミネルヴァが独り言のように呟く。

 

「だなあ。まさか絶海の孤島だったなんて、あんまりだ」

「案ずるな。海など我らにとっては陸と同じじゃろ」

「まあな。今日はもう疲れた。絶対に街や村を見つけてやるんだからな」

「うむ。我もこの世界の人間がどういう暮らしをしておるのか興味がある」


 神殿のあった場所は、三時間もあれば一回りできるほどの小さな島だったのだ。

 島のどこから見ても、陸を確認することはできなかった。

 陸が数千キロ先とかやめてくれよ……本当に。

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