第17話 一夜明け
カード一覧を睨む。こういう時こそネタアイテムが役に立つ……はず。
塩はあった。なのでパラパラと塩を振り魚を焼いたのだ。
魚? そいつは野生児ミネルヴァが掴み取りしてきてくれた。
もしゃ……。
お、オレンジ色の見た目だったからどんな味がするのかと思えば、サバにそっくりだ。
いけるいける。
毒があったとしてもポーションを飲むか、もう一匹野生児に捕まえて来て貰えば回復するさ。
「ソウシ」
「もしゃ……」
うーん。アイテム数が多すぎる。ソート機能が無いんだよなあ。英傑伝説。
これはワザとそういう設定にしているんだ。プレイ難易度を上げるためだろうな。カテゴリー別に表示はできるんだけど、「武器」「防具」「その他」なもので……。
その他が多すぎて、どうにもこうにも。
「ソウシ」
「どわあ。何なんだよ。まだ子供だから、俺にお色気は無効だぞ」
「さっきから呼んでおるのに答えぬからじゃ」
いきなり押し倒してくるから何だと思ったよ。さすがの俺でも幼女に迫られたところで、保護欲しか沸かねえ。
「さっきから何をしているのじゃ」
「いや、俺はさ、野生児と違って繊細だからね。水浴びと寝床をと思ってな」
「水浴びがしたかったのかの。多少汚れても死なぬし、寝床は少し問題じゃの」
俺の体から離れたミネルヴァは俺が食い残した魚の頭をかじった。
ばりぼりと音を立て、魚の頭と骨がミネルヴァの口の中に。あ、そこまで食べちゃうんだ……。
見なかったことにして、両手を地面につけ空を見上げる。
パチパチと爆ぜる薪の音に打ち寄せる波の音に、満天の星空。
星の並びこそ違うけど、これほど穏やかな景色が拝めるなんて思ってもみなかった。
この島には「今のところ」、猛獣やモンスターの類いは恐らくいない。
探索した結果、猫より大きな動物を見かけることはなかったからな。
もし、いたとしたら、そこで鼻をスンスンさせている野生児が発見したことだろうし。
ニク、ニクって言ってたし……。肉なら神殿でカード化した肉があるにはあるぞ。食べて無事かどうかは保障しないけどな。
「やっぱり警戒しておくにこしたことは無いか。順番に寝るか?」
「そうじゃの。寝床も上の方がよいの」
「上?」
「うむ」
跳躍したミネルヴァは木の幹を蹴り、枝の上にすとんと着地する。
「そこで寝るの……?」
「高い位置の方がよい」
「いや、少し待て。マジで待て」
枝の上なんかで寝たら襲撃を受けた時、逆に対処が取りずらい。少なくとも俺はな。
グラグラするだろうし、態勢を即座に整えることができないじゃないか。
高い位置にというミネルヴァの意図は理解できる。猛獣で木登りしてくる奴らは限られているから、上の方が安全だってんだろ。
でもな、ことこの世界においてはその考えは無意味なんだよ。
「何じゃ、良い案があるのかの?」
「テントみたいなものがないかカード一覧から探してたんだよ。あと、木の上でも地上でも危険度は変わらない」
「ほう?」
「いいか、これまでに出会ったモンスターを思い浮かべてみろ。ここは英傑伝説とは違うんだ」
「なるほどの……なら、足場が整う地面の方がいいかの」
「んだんだ。ブレス一発で蒸発するんだから、より逃げやすいところの方がいい」
ぼーっと星を見ているのもいいが、そろそろカード名羅列の海に飛び込むか。
お、あった。
……テントではないが。
『ミノムシ型寝袋』
うわあ。こういった生活用アイテムって全部ネタカードなんだよね。
なので、どうしてこんなのを! ってのも多々ある。
「あったのか?」
「あるにはあったけど……まあ、無いよりマシか」
カードを取り出し、カードフォルダに乗せる。
ぼふんと件のアイテムが出現した。
「なんじゃこれは?」
「一応、寝袋なんだけど、外見に凝りすぎだなこれ」
ミノムシ型って表現から、枝に釣ったりできる荒縄なんかが付属していると思うだろう?
違う。こいつはそんな甘いものじゃあねえ。
あの木からぶら下がっている小枝を集めたミノムシの外観を精巧に模している。マジで無駄な努力だ……。
中央にジッパーがあって、ちゃんと寝袋としては機能する。
頭をミノムシから出した姿は間抜けだけどな。見た目を抜きぬすれば、クッション性もあるし地面に寝るよりは余程いい。
「それじゃあ寝るかの」
「おう」
ジッパーを開けてやると、するりとミネルヴァが中に入る。
ぐるぐるその場で寝返りを打っていた彼女はご満悦の様子。どうやら気に入ったらしい。
「どうした? はいらぬのか?」
「交互で寝よう」
「寝ても構わぬよ。お主の言葉を借りれば、ちょっとやそっとじゃない魔物を警戒しておるのじゃろ?」
「うん」
「そのような魔物じゃったら、即起きるわ」
「さすが野生児」
「野生児……そんなことないわああああ! 確かに森の中で暮らしておったこともあるが、ちゃんと家だってあったのじゃからな」
「そかそか」
「分かったら、とっとと入るがよい」
パンパンとミノムシを開け閉めされてもだな。二人で眠ると狭い。
あ、いいことと思いついた。
「こらあ!」
「いいじゃないか、これで。快適快適」
「我に乗っかるとはどういう領分じゃ」
「乗ってないじゃないか。下半分は空いてるだろ。足が下まで届かないし」
「ぬ……そうじゃった。今は小さくなっていたのじゃった……」
「そんじゃ、寝るか」
ミノムシ寝袋の下半分に頭を乗せ、眠ることにしたのだった。
◇◇◇
「ん、んー」
寝ころんだと思ったらすぐに意識が飛んでしまった。
次に覚醒した時はすっかり太陽が登り切った後という……。どれくらい寝たんだろ。
ミネルヴァは、寝てるな。
意趣返しなのか俺のお腹に乗っかってすやすやと気持ちよさそうによだれを垂らしている。
もう俺には元が凛とした女性だったとは思えない。
子供になって中身も子供っぽくなってんじゃないのかな、ミネルヴァ。
彼女をそっと寝袋へ運ぼうと抱っこしたら、パチリと彼女の目が開く。
「特に危険は感じなかったのお」
「アンテナを張りながら、寝てたのか。ありがとうな」
「いや、普通に眠った。危機が迫れば自然と目覚める」
「そ、そか」
さすが野生児。感覚が動物的だな。
はははと乾いた笑い声をあげる俺とは対称的に、俺に姫抱きされたままのぼけーっとした寝起きの顔が急に引き締まった。
「臭いが違う。音も」
「臭い? 何のだ?」
「潮じゃ。波の音も異なるじゃろ?」
「いや、全く」
「確かめるべしじゃ。ほれ、波打ち際まで走るがよい」
「このまま?」
「背負ってもよいぞ」
「ふ、ふふふ。言いおったな」
なら、より子供っぽくやってやろうじゃねえか。
羞恥に悶えるがよい。
ミネルヴァを降ろし、彼女の抱え上げ俺の首に彼女の足を通す。
ほおら、肩車だぞお。
休日のパパ、頑張っちゃったあ、なノリで。
「おー。ソウシ。行くのじゃー」
浜辺を指さし、恥ずかしがるどころかテンションが上がるミネルヴァであった。
つられて俺もはははと笑いながら、浜辺までダッシュする。
ところが、楽しいのはここまでだった。
「あれ、陸地だよな……」
茫然と呟く。
そう、昨日まであった水平線は、地平線に変わっていたのだ。
十五~二十キロかそこらの距離に陸が現れていた。
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