第18話 橋

 ミネルヴァがエアステップを出し、彼女に離れないように俺がついていく。

 次のエアステップに移ると、さっきまで乗っていたエアステップを消す。

 これを繰り返し、あっという間に向こう岸に辿り着くことができた。エアステップをいちいち消していたのは、俺たちの足跡を消すためだ。

 英傑伝説の仕様と同じなら、ほっといても二時間ほどで消えるんだけど、なるべく目をつけられないようにしたい。

 突然出現した不可解な陸地、何が潜んでいても不思議じゃないからな……できれば神殿で対峙したようなモンスターとは出会いたくなところだけど……。

 

「ミネルヴァ。もっと高い位置に登ろう」

「承知した」


 俺の願いに応じ、らせん状にエアステップの階段が伸びていく。

 だいたい地上から百メートルほど登ったところで、足をとめた。

 よっし。準備していたカードをカードフォルダにセットする。


「それは何じゃ?」

「これは双眼鏡といってな。軍用って書いたから、結構遠くまで見渡せるはずだ」


 双眼鏡を覗き込みながら、ミネルヴァへ言葉を返す。

 お、おお。こいつはよく見える。

 さあて、どんな世界が広がっているのかなあ。

 海岸線は砂浜が少しで、残りは岩場かな。切り立っている場所も多々あり、上陸するなら浜辺か細かい岩があって傾斜の激しくない岩礁のどちらかかな。

 普通の人が船で上陸する場合だけど。俺たちに関しては、どこからでも上陸可能だ。

 

 俺から見て南側は広陵とした大地が広がり、遠くに山が見える。山の付近まで行くと草木の密度が高くなっている。

 北側は草原に林、なだらかな丘といったよく見る地形だ。

 丘の向こうが川になっていて、橋を発見。橋からは土を踏み固めただけの街道が伸びていた。

 こ、こいつはこの先に街か村があるんじゃないか。

 

 橋と街道は人間かそれに類する生物がいる証。

 

「橋のところまでいくかの?」

「え? 見えるの? それに俺が考えていることが分かるなんて」

「お主の考えていることまで頭になかったわ。人工物があるのじゃ。行かぬわけにはいかぬだろ?」

「そうだな。だけど、まず少し離れた上空から観察しようぜ」

「全く、警戒心の強いやつじゃ」

「そらそうだ。神殿でとんでもない目にあったってのに」


 呆れたように肩を竦めるミネルヴァに対し、大真面目な俺である。

 

 ◇◇◇

 

「案外ちゃんと作られている橋だな」

「うむ」


 橋げたがセメントで固められていて、綺麗なアーチを描いた土台の上に橋が架けられている。

 道も、土で踏み固められた街道かと思いきや、十キロくらい先で石畳に変わっていた。遠くからだと傾斜で隠れて見えなかったんだけどね。

 

「あの頑丈な道の先に街があるんじゃいかの」

「おそらく。そうだな」

「街に向かおうぞ」

「待て」


 はやるミネルヴァの肩をむんずと掴んで押しとどめる。

 しかし、彼女はまだ自分を抑えきれないのか、足をバタバタさせて抵抗を見せた。

 でも、彼女は本気で抵抗しているわけじゃない。抗議しているだけだ。彼女が本気で力を入れたら、俺なんてすぐに吹き飛ばされてしまうからな。

 

「考えてみろ、ミネルヴァ。俺たちはこの大陸の住人ではない。旅人を装うにも通貨の一つも持ってないだろ」

「それはそうじゃが。衛兵に捕縛されそうになれば、逃げることくらい容易いじゃろ」

「それじゃあダメだ。俺は、暖かいベッドで眠りたいんだ。俺に案はある」

「ほう?」


 ミネルヴァに俺の案を話すと、彼女は子供ぽくない生暖かい目で俺を見やり、はあとため息をついた。

 それでも、納得してくれたようで、彼女も俺の案を実現すべく周囲を見渡し始める。

 

「こっすい手じゃが、まあ、いいじゃろ」

「なかなかよい手だと思うんだけどなあ……どっちが先に見つけるか競争だ」

「競争となると、負けるわけにはいかぬのお」


 あ、エアステップで移動しながら探し始めやがった。

 だが、俺にはミネルヴァのような動きは難しい。彼女は裸眼で見えてしまうが、俺は双眼鏡が必要だからな。

 あの視力は異常だ……俺は凡人である。凡人は凡人なりのやり方でじっくり探すとしようじゃないか。

 

「ソウシ」

「ん? そんなすぐに見つかるとは思えないから、じっくりと行こうぜ。場所を変えてもいいかも」

「見つけたぞ。どっちにいく?」

「どっちって、二か所も?」

「うむ。お主の希望通りじゃぞ。一つはモンスターに襲われておる父親と少年。もう一つは悪漢に囲まれておる馬車じゃ」


 それ、どっちもよろしくない状況じゃねえかよ!

 聞いたからにはどっちかを見捨てると後味が悪い。

 

「はやくせんと、死んでしまいそうじゃぞ」

 

 どっちがだよとは恐ろしくて聞けなかった。

 そう、俺の作戦とはピンチに陥っている人を探し、それを救うことで便宜を図ってもらおうというものだったのだ!

 我ながら、素晴らしい作戦だと自画自賛していたのだが、ミネルヴァには不評だった。

 

「選べないだろ、そんなの」

「選ぶ必要なんてないじゃろうに。危急の者を放置などしておけぬじゃろ。今ならまだ間に合う」

「どっちがだ」

「どっちもに決まっておるじゃろ。お主は我を追いながら、弓を用意しておいてくれ」

「分かった」


 言葉が終わらぬうちに、ミネルヴァは既に動き始めている。

 彼女に置いて行かれないよう必死でおいかけるが、すぐに息があがってきた……。

 速いったらなんの。

 十分も走らないうちに、彼女が顔だけを後ろに向け叫ぶ。

 

「ソウシ、このまま真っ直ぐ進め。我はここで寄り道していく」


 彼女が手を振ると、下り階段になった道が出現した。

 なるほど、二手に別れようってんだな。

 

「ミネルヴァ。弓」

「応」


 するりとエアステップから飛び降りた彼女に向け、弓と矢筒を投げる。

 彼女のことだ。キャッチできなかったとしても、拾ってくれるだろう。俺は俺で進む。

 

 ぜえはあ……はあはあ……。

 み、見えた。

 な。なるほどな。こいつは気が付かれ辛い。襲い掛かるには絶好の場所ってわけか。

 ここは左右が小高い丘になっていて、街道を進む者からしたら死角となっている。

 前を塞ぎ、左右から取り囲めば不意打ちを食らわすことができるってわけか。しかも、遠くから発見し辛いときたもんだ。

 

 ミネルヴァから俺に託されたのは馬車の方だった。

 大型の馬が引く馬車は、剣や槍を持った軽装の男達に取り囲まれている。

 男達の数は十六……いや十七人か。

 対するで馬車側は、護衛らしき剣を構えた男が二人と、壮年の痩せた男の三人。


「そこの奴ら……はあはあ……その人たちから離れろ……ぜえぜえ」


 肩で大きく息をしながら、両膝に手をあてる俺。

 しまらねえ。ここまで必死に走ってきたんだから仕方ないだろ。

 

 男達は俺が待ったをかけたにも関わらず、全く動じた様子がない。

 それどころか、男のうち三人がニヤニヤこちらに寄って来るではないか。

 

「おう、兄ちゃん。身ぐるみ置いてすぐに消えな」

 

 男の内一人にペシペシと剣の腹で肩を叩かれる。

 よし、言葉は通じるみたいだな。

 でも、何となく、誰にでも言葉が通じるんじゃないかって思っていた。

 何故なら、英傑伝説の世界の住人であるミネルヴァと会話できていたし、神殿で出会ったピエロ服とかはこっちの言葉のはずだが、会話が通じていた。

 全く異なる言語二つと問題なく意思疎通ができていたんだ。

 なら、ここで男達に言葉が通じても何ら不思議ではない。

 

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