第19話 アルコール禁止

「悪いことは言わない。とっとと立ち去るんだ」


 ようやく息が整ってきた。

 でもまだ、足がガクガクしているけどな。ちょっと頑張って走り過ぎたようだ。

 せっかく俺がカッコいいセリフで決めたのに、肩に乗った剣を首元によせてきやがった。

 

「自分の立場ってもんが分かってんのか? ああん」

「いいやもう。後悔しても遅いぞ。俺には腕力がない。つまり、拳で語ることなどできないんだから」


 腰にさした「キリングダガー」へ手をかける。

 神殿で使った「クラウ・ソラス」よりこちらの方が扱いやすくてね。キリングダガーはギザギザのついたアーミーナイフにそっくりで、片手剣である「クラウ・ソラス」より取り回しが格段に良い。その分、超接近戦になっちゃうんだけどね。

 

「野郎!」


 キリングダガーを抜いた俺に対し、男は躊躇なく剣を薙ぐ。

 首を切り裂くはずだった剣は、俺の皮膚へ喰い込みもせず反対側へ押し返される。

 

「おい、これで最後だ。剣を引き、立ち去れ。さもなくば、切り捨てる」


 思いっきり睨みつけたつもりだったんだけど、俺を囲む他の二人まで剣を抜き放ってしまった。

 仕方ない。人間を斬りつけるのは気が引けるが、やると決めたからにはやるしかない!

 これまでくぐり抜けてきた死線を思うと、こいつらの動きは神殿の一階にいたモンスターより遥かに弱い。

 問題なくやれる。

 やれるはずなんだが、いざキリングダガーを振り下ろそうとしたら手が止まってしまう。

 

 ぐ、ぐうう。

 その間にも、腹を突き刺され、肩を斬りつけられるがもちろん俺には痛みどころか一切の痒みさえなかった。

 「理の反転」に剣での攻撃など無意味だ。

 

 ちくしょうう。こんなことなら鈍器にしておけばよかった。

 固まったまま動かぬ右腕を左手で掴み、キリングダガーを鞘に戻す。

 男達には俺の動きは理解の範疇を越えていたのだろう。剣が全く通らないことも相まって、奴らは剣を握ったまま怯んでいる。

 

「ひけってんだろおおがああ!」


 拳を握りしめ、最初に剣を突きつけてきた男の腹へ思いっきり拳を撃ち込んだ。

 すると、男が弾かれたように吹き飛び、三メートルくらい宙を舞ったところで地面に打ち付けられゴロゴロと転がってしまった。

 男は泡を吹いて気絶した様子。

 え、えええ。

 自分でやったこととはいえ、信じられない。拳と男を交互に眺める。

 

「野郎!」


 仲間を気絶させられた二人が同時に剣を振るってきたが、遅い。

 スローモーションのように見えた剣の軌跡をひょいと躱し、左右の男へ右と左の拳を打ち受けた。

 彼らはさっきの男と同じようにゴロゴロと地面を転がる。

 

 一瞬にして仲間三人がやられた盗賊たちは、横並びになって弓を構えた。

 矢なんて俺の敵ではないのが、まだ分からないのかこいつらは。

 

「不殺か。それもまたありじゃの。お主は聖者でも目指すつもりかの」

「できれば誰も傷つけたくないってのは人の性じゃないのかな」


 しゅたっと俺の隣に降り立ったミネルヴァがニヤリと口角をあげる。

 幼い顔にとっても似合ってないなんてことは言ってはいけないぞ。

 

「それも良し。お主はそれでよい。悩み、苦しみ先へ進むといい。それが無くて高みになど登れはせぬのだから」

「自分でもどうしたらいいか」

「街へ大手を振って入場したいのじゃろ? それも路銀を得て。なら、あ奴らは生かすべきじゃろ?」


 にいいっと嫌らしく目を細めるミネルヴァに背筋がゾッとした。

 その時、野盗どもから矢が飛んでくる。

 

 前に立とうとしたのだが、矢は突如出現した透明な青い壁に当たり地面に落ちた。

 

「エア・ステップか」

「いかにも。あ奴らを拘束するぞ」

「おう」

「路銀のためじゃ、ふふふ」


 だから怖いってば。

 腰を落としたかと思ったら、もうミネルヴァは野盗たちの目と鼻の先まで進んでいた。

 彼女は双剣を引き抜かず、クイっと顎をあげる。

 

「うああああああ」


 野盗たちの悲鳴と共に、彼らの姿が消えた。

 なるほど、彼らの立っていた地面にぽっかりと穴が開いているじゃあないか。

 

「まあ、こんなものよ」


 パンパンと手をはたき、俺へ目を向けるミネルヴァ。


「あ、ミネルヴァ。もう一つの場所はどうなったんだ?」

「問題ない。もう終わらせて来ておる。上を見てみるがよい」


 え、ええええ。

 抱き合った父子が上空で座っている!

 エアステップを使って二人をここまで連れてきたのか。

 せっかく助けて、またモンスターに襲われるとたまらんものな。連れてこれるなら連れてきた方が安全なことは確かだ。

 

 ◇◇◇

 

「本当にありがとうございました」


 馬車の人たちとミネルヴァの助けた父子と共に、街道沿いを進み、街へ到着する。

 ペコリと頭を下げた父子が街の入り口に入っていく。彼らからはお礼として少しばかりのお金を頂いた。

 

「では、衛兵のところまで案内しますかな」

「お願いします」


 馬車の主人は俺の予想通り商人だった。野盗どもを突き出すことにも協力すると申し出てくれたのだ。

 街のことは何も分からないからな……。

 衛兵の詰所にいくと、これだけの人数の野盗を連れて来ることは稀なようで、たいそう驚かれた。

 謝礼として一人頭銀貨1枚、大人数を一度にとのことでボーナスを追加してもらい20枚の銀貨を頂く。

 

 この後、馬車の主人ことブラウンのおごりで食事をとることになった。

 異世界に来て初めて見る酒場はとても新鮮に映る。この酒場はカウンター席とテーブル席があり注文するたびにお金を払うシステムだった。

 西欧風の庶民的なバーといえばいいのか、そんな感じかな。

 

「ミネルヴァはアルコール禁止」

「そ、そんな……」


 最初にエールを頼もうとしたミネルヴァの口を差し押さえ、ぶどうジュースに変更した。

 俺? 俺はもちろんビールだよ。ビール。


「この街は海にも近く、魚介類もオススメですよ」

「でしたら、魚介類を」


 何がよいのか分からないのでブラウンにお任せし、さっそくきたビールを手に取る。

 ミネルヴァの恨めしい視線が痛いが、気にしてはいけない。

 俺は、ビールを、飲む、のだ。

 

「何だ?」

「ううう」


 ミネルヴァが「俺の」ビールが入ったグラスを掴む。

 ええいと振りほどき、グラスを口につける。

 うめえええ。

 冷えていないけど、これはこれでいいぞ。

 いやあ、まさかこの世界でビールが楽しめる日がくるなんてなあ。

 来た時のことを思い出すと、涙が出てきそうだ。

 

「あ、すいません。乾杯もせず」

「いえいえ。もう一杯頼みましょう」


 気が付いた時には遅かった。

 ついつい、ミネルヴァを振りほどいたことでブラウンを無視して飲んじゃった。

 

「では、改めて。乾杯」

「乾杯」

「かんぱい……」


 ぶすーっとした顔でぶどうジュースをちびちび飲むミネルヴァ。

 しかし、彼女の機嫌は料理が運ばれてきたところで反転する。

 

「おいしそうじゃあ」


 鍋の蓋を開けると、トマトベースで煮込まれた魚介類がぶわああっと鼻孔をくすぐった。

 オレンジ色と黄色の魚に、イカを輪切りにしたものを香草類で煮込んだものかな。

 

 ブラウンは他にも頼んでくれていたようで、ソーセージやチーズといった定番のものから揚げ物類まで運ばれてくる。

 

「どんどん食べてくださいね」

「ありがとうございます!」

「いやあ、あなた方がいなかったら、今頃命が無かったところでしたから」


 どんと自分の胸を叩いたブラウンが朗らかに笑う。

 

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