第20話 平穏
ブラウンから街での生活のことをはじめ、俺たちにあったお金の稼ぎ方までいろいろ聞くことができた。
自分たちは森で生活していて、街のことは知らないなんて適当な理由を言ったにもかかわらず、彼は不審がることもなく何かと手を焼いてくれたんだ。
この世界にはハンターという職業があって、モンスターを狩り、素材を売ることを生業にしている者がいる。
まあ、よくある冒険者ギルドみたいなものだな。
身分証なんてものも必要なく、ハンターの仕事を請け負うことができるんだ。
ハンターに登録すると、ハンターランクってのが発行される。だけど、高ランクの依頼を受けることができないってわけでもなかった。
だけど、依頼を失敗したら次回の依頼を制限されてしまうから、通常、自分のランクにあった依頼を受けるとのこと。
そんなわけで、翌日からさっそくハンターの仕事を受けてみることにしたのだ。
「ここかあ」
「うむ。ばうんさーかうんたー? かの」
「読めるのか?」
「うむ。我はあらゆる言語が読める」
「へ、へえ……なんだか賢者みたいだな」
「……我は『大賢者』なのじゃが……」
「ちょっとちっちゃいけどな」
「ぐぬうう」
ぽかぽかとミネルヴァに背中を叩かれた。
まあ行ってみるとしますかあ。
中は想像していたのと少し違った。こう荒くれものたちが集まる場所だから、陰鬱としたアウトローな雰囲気漂うと思っていたんだ。
だけど、真っ白な壁に大きな窓、観葉植物まで置かれていて、なんか会社の窓口みたいなところだった。
大きな看板が入り口のところにあり、ご丁寧に簡易地図付きで店内の案内が分かりやすく描かれているじゃあないか。
案内通りに進み、奥のカウンターに座る。
対面の腰かけた蝶ネクタイを締めた紳士が俺たちに向け、にこやかに会釈を行った。
「ご登録を希望されますか?」
「はい。俺とこの子の二人で」
「そちらのお子様も、ですか?」
紳士の眉が少しあがる。自分の子供とミネルヴァの姿を重ね合わせたのだろうか。
「この子、実は俺より強いんですよ。は、はは」
「これは失礼いたしました。エルフの方だったのですね」
「そうです」
そういやミネルヴァの耳は長かった。この世界にもエルフはいるのかあ。
会ってみたいな。美女エルフ。こう切れ長の目をした凛とした佇まいでさ。
「お主、何やら不穏なことを考えておらんか?」
「いや、お子様登録拒否にならなくてよかったなあって」
「……」
殴られた。
そんなこんなで、ハンター登録を済ませる。ランクは10とのこと。数字が小さいほど高ランクになるのかな。
◇◇◇
「ちょい右じゃ」
「ういっす!」
ミネルヴァの指示に従い、迷わずキリングダガーを投擲する。
ダガーは木の幹をあっさりと貫通し、勢いを落とさずそのまま唸りをあげて飛んでいく。
『ぐぎゃああああ』
お、当たったのか。
「まあ、こんなもんじゃろ」
「おう、ありがとうな」
「一人で気配を感知できるようになったら、もう少しマシになるじゃろ」
「ほんと手厳しいな……」
さきほど悲鳴のあがった場所を覗き込むと、カバのような顔をした馬が倒れ伏していた。
こいつはバーモーンってモンスターで、本日のターゲットだ。
なにやら、こいつの牙が高価なそうで。牙を粉にして煎じて飲むとか聞いたな。
そうそう、ハンター登録を済ませてから二ヶ月の月日が経った。
あっという間だったけど、神殿にいた頃に比べたら生活の充実っぷりが雲泥の差だ。
ハンターの仕事はなかなかの高収入だし、そのおかげか街でアパートを借りて生活するようになった。
衣食住は完全に確保できている。しかし、神殿の謎とか、何故この大陸がいきなり出て来たのか、なんてことは全く分かっていない。
もちろん、街での情報収集は欠かしていないんだけどね。
一般の人? は知り得ない情報なんだろうってことだけは分かった。
「そういやミネルヴァ。俺の身体能力って上がってない?」
カバの牙をキリングダガーでぎーこぎーこしながらミネルヴァに尋ねる。
すると彼女は、苦笑しつつも応じてくれた。
「そうじゃの。我が思うに、お主が脆弱すぎたのじゃ」
「ちょ、過程を飛ばさず、一から頼む」
これだから賢者ってやつは困る。
「面倒な奴じゃの。いいか、祭壇の間に導かれる者は皆一定以上の水準を満たしておる」
「ほお」
ゲームのキャラクターとして考えるなら、プレイヤーの身体能力は一定だな。
納得だ。
「お主ときたら、水準を100とするなら、1程度しかなかったのじゃぞ」
「100分の1か……よく生き残ったな、俺」
「よいか。祭壇の間を出て最初に会うだろう雑魚兵士でさえ、30はあるんじゃ」
「……あ、はい……」
いいんだ、どうせ俺なんて……もやしっ子だもの。息だってすぐきれるさ。
「それがじゃ。絶え間なく戦い、体を酷使することで、お主の身体能力が本来の水準に戻って来ているのではないか? 何故ならお主は祭壇の間に選ばれし者じゃからの。非常に非常にとてつもなく貧弱じゃがの」
「……貧弱はともかく、一定の水準ってやつまでは身体能力があがりそうな感じなんだな」
「まあ、そうじゃ。励むがいい」
「あいよ」
最近、息切れ動悸も少なくなってきたんだぜ。
片手剣なら問題なく振れるし、武器の力もあるとはいえ投げナイフでカバも仕留めることができた。
そういや、野盗と戦った時も奴らがぽーんと吹き飛んだんだっけ。
「さて、戻るかの。おいしい食事が我を待っておる」
「あはは」
おにぎりの時からそうだが、ミネルヴァってかなりの食いしん坊だ。
彼女の楽しみは食べ物でできているといっても過言ではないくらい。
「何じゃその顔は」
「いや、腹が減ったなあって」
「我もじゃ! はよ準備をせぬか」
「あいあいさー」
カバの牙を麻袋に入れ、既に進み始めたミネルヴァの後を追う。
◇◇◇
その日の夜、自室でビールを飲んでいたらアパートの外が急に騒がしくなった。
なんだなんだと思い、窓の外を覗き込むと白銀の鎧を身につけた騎士らしき集団が大家さんと何やら話をしている様子。
あ、大家さんと目が合ってしまった。
アパートは二階建てで全部で部屋が15ある。俺とミネルヴァの部屋は二階の角だ。
そんなわけで、アパートの外にいる大家さんの顔はバッチリ見える位置にある。
「ソウシさーん!」
大家さんが俺に向け手を振る。
それはいい。だけど、あろうことか騎士の集団が一斉に片膝をつき、真っ直ぐ俺を見上げてくるじゃあないか。
な、何事?
「どうしたんですか?」
「ソウシさんを騎士様がお呼びですよー」
呑気な大家さんの声とかしずく騎士たちのアンバランスさがシュール過ぎる。
騒ぎに対しぐーすか寝ていたミネルヴァも起きてきて、俺の隣から窓を覗き込む。
「なんじゃあやつらは?」
「分からん……」
呼んでいるというのなら、行くだけ行ってみるか。
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