第12話 ラスボス

「一体ここは何なんだ? 外へ出る道はあるのか?」

「どこか……か。『封印の神殿』とでも『盟約の迷宮』でも好きに呼ぶがいい」

「言い方を変えよう。この神殿の目的は何なんだ?」

「何も知らされていないのだな。ならば、私が語ることもない。お前はお前と同じ眷属から聞くがいい。聞けたらだがな」

「やっぱ戦うのかよ」

「それ以外に何が? 言葉を交わしたのは何故だか分かるか?」

「久しぶりのお客様だったから、ワクワクして会話したんだろう」

「久しぶりではないな。お前たちが初の来訪者だ。人間の戦士とはどのような者なのか知りたかっただけのこと」


 やっぱり、戦う以外の選択肢はないのかよ。

 ふううと大きく息を吐きだし、シルクハットの異形――ニーズヘッグを睨みつける。

 

「おっと、大事なことが抜けていたな。私はニーズヘッグ。存分に死合おうぞ」

「名乗られたからには一応、俺も名乗っておくか。俺はソウシ」

「ミネルヴァじゃ」


 後ろからぴょこっと顔を出し、ミネルヴァが後に続く。

 

「準備はいいか? 私は既にできている」


 ニーズヘッグはシルクハットへ気障に手を当て斜に構える。


「ミネルヴァ」

「お主はどうじゃ? 武器は出さぬのか?」

「ポーチに入っているさ。ミネルヴァは何か使うか?」

「そうじゃの。ハンマー……と言いたいところじゃが、双剣はあるかの?」

「うん」


 双剣も、数は少ないがもちろん持っているさ。

 手数重視の武器で、雑魚をばっさばっさするにはいいんだが、城主戦だとどうもつらいんだよなあ。

 プレイヤースキルの高い人が使うと、ひらりひらりと華麗に敵の攻撃を躱し斬りつける、なんてことができてしまうカッコよさピカ一の武器だ。

 俺? ダメダメ。トリッキー過ぎて扱えない。練習はしたんだけどね!

 

『双星・蛟龍』

『クリムゾンセーバー』


 二対の双剣を実体化させ、ミネルヴァに見せる。

 どっちも攻撃力のパラメータはそれほど変わらないけど、「双星・蛟竜」は龍の牙をイメージして作られた双剣で、湾曲した形をしている。

 もう一方のクリムゾンセーバーは、細身のサーベルのような武器だ。刺突より斬ることに向く。


「こちらを借り受けるぞ」


 床に置いたルビーがはめ込まれた柄が美しい双剣――クリムゾンセーバーを足先で蹴り上げ、くるりと回転して宙を舞ったそれをパシっと握るミネルヴァ。

 続いて彼女は、ピンと軽く弾くようにして腰に双剣をさす。


「ベルトか何か出す?」

「いや、まあこれで大丈夫じゃろ」


 ミネルヴァは右側の双剣を鞘から抜き放つ。赤い刀身に天井の光が当たると、赤色の光を反射する。

 

「お主は出さぬのか?」


 双剣を鞘に納めたミネルヴァが問いかけてきた。

 対する俺は、腰に刺したスリングショットを指先で弾き苦笑する。

 下手な武器で斬りつけるより、ポーションや薬品アタックの方が効果が高い、はず。

 実戦でスリングショットの命中率も相当あがったしな……。

 

「準備ができたぜ」

「ならば、はじめよう。いざ!」


 ニーズヘッグが胸ポケットに手を入れ、小さな四角い黒水晶を指先で挟む。

 手首をかえし黒水晶が天に向かって放り投げられた。

 

 あれが、落ちた時が開始ってことか。

 

「距離を取ろう」

「うむ」


 ミネルヴァと頷き合い、前を向いたまま、後ろに下がる。

 

 黒水晶が――床にコロンと転がった。

 その瞬間!

 ボコオオオオ――。

 俺の鼻先で壁が崩れる大きな音が鳴り響く。

 

「首をさげよ! 二撃はもたぬ」

「っつ!」


 咄嗟に首を下にやると、髪先に何かが掠めていった。

 何だなんだと思う暇もなく、赤い軌跡が奔る。

 

「っち」


 ミネルヴァの舌打ちと再度響く壁を壊す音。

 頭を上げたら、三メートルほど先にニーズヘッグの姿が見えた。


「まずは様子見かのお」

「全然見えなかったぞ。壁を壊す音は、エアステップが壊されたからか」

「うむ。壊れた瞬間に消したからの」


 エアステップは透明ではなくスカイブルーの床を空中に出現させるスキルだ。

 踏みつけてその上に立つことができるんだが、強度は石壁程度である。なので、強い力で叩きつければ壊れてしまう。

 さっきの攻防は見えなかったけど、急接近したニーズヘッグの攻撃をエアステップが防御し壊された。そこへ二撃目が来たけど、頭を下げて俺が回避。

 続いて、体勢を崩したところにミネルヴァが切り込んだが、ニーズヘッグが大きく後ろにジャンプして躱したってところか。

 奴の着地時点にエアステップを出現させ、間を作ってくれたのが今だ。

 ふう。

 落ち着け。見えずとも、焦るな。冷静さを保つんだ。

 ミネルヴァがちゃんと見ているし、奴の動きについていけている。俺は奴の隙を見て、ミネルヴァをサポートしよう。

 

 キイイン――。

 前を向くや否や、金属同士が打ち合う高い音が響く。

 繰り返し、土煙をあげながら、赤い軌跡が翻る。対するはニーズヘッグの爪か。

 双剣と打ち合った時だけ、奴の爪先が確認できた。

 幼女の姿だから十全じゃないって言ってたけど、ミネルヴァすげええ。

 目にもとまらぬ速度でお互いに切り結んでいるじゃあないか。

 

「ぐう」


 しかし、互角の戦いは長く続かず、膂力で勝るニーズヘッグに対し徐々にミネルヴァが押されていく。

 

「エアステップ!」

 

 わざわざ宣言して、ミネルヴァは後方に跳躍し、斜めに浮かんだエアステップで両足を蹴る。

 ニーズヘッグが難なく体を後ろに反らし回避しようとした……が、それを遮るように透明な青い壁が動きを遮った!

 なるほど、奴の意識を後ろに張った壁から逸らす為にわざわざ言葉に出したのか。

 

 シュンとクリムゾンセーバーがニーズヘッグの首に吸い込まれるように横に流れる。

 が、ガラガラとニーズヘッグの後ろを遮っていた壁が奴の首の力だけで崩れ去り、後ろに跳躍され逃れられてしまった。

 

 跳躍しつつ空中で大きく息を吸い込むニーズヘッグ。

 ゾワリ。奴の動作に対し俺の背筋が粟立つ。

 

「ミネルヴァ!」


 彼女の名を叫び、力一杯前へ踏み出す。

 一方で彼女は俺の肩へ指先を乗せバク宙の要領で後ろへ華麗に飛び着地した。

 

 彼女が俺の前へ壁を張り巡らせると同時に、着地したニーズヘッグの手から黒い閃光が迸る。

 閃光はビームのようになってエアステップの壁にぶち当たり……全く減速せず、すり抜けるように俺に直撃した。

 溶けた? のか。

 強力な腐食性の魔法か何かなようだな。俺で止まった閃光の欠片が僅かに壁に触れただけで、触れた部分が忽然と消失した……。


「これを喰らったら……」

「うむ。これは我では耐えられぬ。奴め、まだまだ全力じゃないようじゃの……」


 ニーズヘッグは俺たちの様子を楽しむかのように、低く低く嗤う。

 

「こいつは楽しい。これほどココロオドルのは。ソウシだったか、お前が盾役でアンデッドか何か防御に特化しているのだな。ミネルヴァのスピード、センス、これもまた素晴らしい」

「よく言う」


 ミネルヴァが眉をしかめ、決して気を緩めずニーズヘッグに返す。


「ふふふ。まだまだ全力ではなかろう? 全てを出し切り、俺を楽しませろ」


 戦いを楽しむニーズヘッグの姿勢、それがお前を滅ぼすことになるぞ。

 だが、悔しいが驕れる奴は俺たち二人より……強い。

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