第11話 シルクハット

「理由は不明だが、スキルを取得できない」

「なんじゃと……」

「しかし、取得していたらミネルヴァが肉体を取り戻せなかったかもしれないから良しだ」

「その前向きな態度、嫌いじゃない。此度は一人ではない。二人なのじゃ。戦力はあがっとる」

「そうだよな」

 

 苦笑しつつも気を取り直し、大広間に出る俺とミネルヴァ。


 そのまま、黄色の床と壁をした大広間から青色の大広間へ移動。

 開かずの間になっていた北側の壁にある扉の前までやってきた。

 

 そこへ、忽然とピエロ服が姿を現す。

 彼は慇懃無礼に大仰に右腕を下に左手を開き顔の前にやった奇妙な姿勢で、深く頭を下げた。

 

「お待ちしておりました。お待ちしておりましたとも。この時を」

「この先に何が?」

「『玉座の間』がありますとも。キヒヒ」

「そういう意味ではなく……まあいい。俺たちは行くしかないんだろ」


 ピエロ服はそれには何も答えず、クルリと首だけを回転させ……って! 一回転して――その場に倒れ伏したのだ!

 自害? いやいやまさか。また奇妙な動きの一つだろ? なんて思いつつも、怖気が走りぞわりと全身の毛が泡立つ。


「ソウシ。扉が……」

「開いているじゃないか」

 

 ミネルヴァの声にハッとなり、扉に目を向ける。

 一方で、ピエロ服は伏したまま動かない。

 

「一体何が起こってるんだろう」

「分からぬ。我もお主もこの不可思議な世界について無知じゃ」

「ずっと一方通行なのが、気に障る」

「お主の言わんとしていることは分かる。じゃが、籠の中の鳥たる我らに選択肢は無いようじゃの」


 いきなり抹殺されないだけマシか。

 今起こっていることは現実だ。だというのに、何故かこの世界はゲームのようなんだ。

 クリアするに激しく難易度が高いかもしれないけど、決してクリアできないものではないナイトメア級のまぞげー。

 そうか、ゲームか。

 この施設というのか迷宮というのか不明だが、誰かと誰かの賭博場なのかもしれない。駒は俺。ベットは不明。理由ももちろん不明。

 だああああ。考えても仕方ない。

 だが、もしゲームならば、クリアすれば解放される……かもしれない。更なる遊び場に連れて行かれることもあるだろうが。


「ソウシ。頭を抱えるのは良くない。お主はそうじゃないじゃろ? これまで、絶望的な状況であっても、前を向き、挑んだ。それがお主じゃろ」

「だな!」

「そうじゃ。笑え嗤え」

「そういうミネルヴァはいつも仏頂面だよな」

「むうう。こうか」

「あははは。何だよその顔」


 にゅーんって自分のほっぺたを両側から引っ張っても、笑ってることにはならないってば。


「ありがとう。ミネルヴァ。お陰でいろんなことから吹っ切れたよ。俺たちがやるべきは一つ。とてもシンプルだ」

「感謝されるようなことはしておらぬ。感謝は玉座の間から無事生還してから述べるがよい」

「だな」

「我もお主に頼みたいことがあるからの。聞いてもらうぞ」

「俺にできることならな」

「言いおったな」


 握りこぶしをコツンと打ち付け、二人並んで扉の前に立つ。

 何がこようが、ミネルヴァと一緒なら乗り越えていける。根拠は無いけど、何故かそんな気がしたんだ。

 

 ◇◇◇

 

 玉座の間と聞いていたが、なんともまあ不可思議な空間だな。

 半透明の黒水晶のパネルで床と壁ができていた。黒水晶の縁取りが透明で、天井は他の部屋と同じで明るい。

 光が透き通るこの空間はある種幻想的ではあるのだが――。


「とても不気味だな……」


 俺が感じたのは得も言われぬ不安感だった。確実にここに何か「いる」。そう感じさせる底知れぬモノがここにはある。

 祭壇の間のように狭い空間かと思いきや、大広間のように端が見えぬほど広いことも焦燥感を煽る。

 

「これだけ天井が広いんじゃ。巨体であろうとも十全に動くことができよう」

「そうだな」


 ミネルヴァ。俺だってそれくらい気が付いているさ。

 でもそいつは言わない方がいいセリフだ。何かのフラグみたいで。

 恨めしい目で彼女をじとーっと見ようとしたら、彼女は口元に人差し指を当て片眉をあげる。

 

「来る」


 彼女の言葉が終わるか終わらないかのところで、靴音が響く。

 ――コツコツ。

 音の間隔から推測するに、靴音の主は巨体ではない。

 人型だろう。身長は高くても三メートルちょっとくらいのはず。

 

 ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

 この存在感……成りは小さいが、巨大なあの二匹と同じ、いやそれ以上だ。

 ゴクリと生唾を飲み込み、動かず待ち構える。

 向こうから来てくれるんだ。わざわざこっちが動く必要はない。

 動けないが正確なところなんだけどな……。

 下手に動くとぐっさりといかれる予感がビンビンしやがる。

 

「ミネルヴァ。俺の後ろに」

「まだ来ぬよ。奴から殺気を感じぬ」

「それでも、念のためな」


 ミネルヴァの前に立ったところで、靴音の主との距離は五十メートルを切った。

 だが、モヤがかかったように奴の姿をハッキリと確認することができない。

 

「え……」


 三十メートルになったところで、途端に奴の姿がクリアになる。

 意外過ぎる姿に思わず声が出てしまった。

 奴の姿は黒いシルクハットに黒のスーツ、蝶ネクタイを締めた紳士風の異形だったからだ。

 袖から伸びる手には漆黒の鱗でびっしりと覆われ、指先からは鋭い爪が伸びている。口はワニのように突き出し、瞳孔が蛇のように縦に長い。

 目の色は真っ赤。顔の前面だけ白く、耳辺りから黒い鱗に覆われたいた。

 身長も予想した通り、それほど高くはない。俺よりは高いが二メートルに僅かに届かないくらいだろうか。

 

 十メートルを超える体躯を誇ったヒュドラやティアマトに比べたら姿形は可愛い物だ。

 それどころか、紳士服を着たその姿をカッコいいとさえ思える。

 でも、さっきから冷や汗が止まらない。

 

 突如、シルクハットの異形が両手を開いたかと思うと両手を打ちあわせ始めた。

 パチパチパチ。

 黒水晶の床に音が反射し、拍手の音が嫌に耳に響く。

 

「よくぞここまで辿り着いた。戦士達よ」


 低いくぐもった声でシルクハットの異形が俺たちを称賛する。

 今のうちに……奴の名前を確認しておくか。


『ニーズヘッグ』


 名前から推測するにこいつも蛇の一種なのかもしれない。

 地球の神話が絡んでいるのか、「英雄伝説」か「俺」の認識に変換して地球の神話の名前に翻訳しているのかは不明。

 翻訳なのか、本当にこの名前であるかなんてさして重要なことではない。

 翻訳されたにしても「ニーズヘッグ」という名前を導き出した。となれば、ニーズヘッグと似た伝承を持っているのでは、と考えるのが自然だろう。

 ええっと、ニーズヘッグ……ああああ、こんなところならもう少し神話のことを調べておけばよかったよ。

 俺が分かることは、北欧神話の何かってことと、こいつが蛇だか龍だかそんな姿形をしていたってことくらい。

 弱点か何かを想像できれば少しは役に立つってのに。

 いや、推測は勘違いを生むことだってある。何も知らなきゃ間違うこともないと思って前向きに行こう。

 

「おや、二人か。まあよい。この場に辿りつけぬ者のことなど」

「三人とは……祭壇が三つあるからか」

「さてな。私以外に三体いたのだ。ならば戦士も三人いると考えるのが自然ではないか?」


 うまくはぐらかされた感じがする。

 特に重要な情報でもないから、これ以上突っ込むのはよそう。

 会話できるのなら、聞きたいことが他に山ほどあるからな。

 

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