第4話 ポーション
「事前にポーションを出しておくべきじゃな」
すぐに体当たりでヒュドラの胴体からはじき出され地面に伏した俺に向け、ミネルヴァがもっともなことをのたまう。
「確かに、割れたら困ると思っていて出して無かったけど、いちいちカードフォルダにセットしていてはチャンスを無駄にしてしまう」
「ポーション(ランク5)に余裕はあるのかの?」
「百以上持っているけど、ポーションだけであいつを仕留めるのは難しそうだ」
「首を落とすことはできるのじゃ。あやつとて無限に再生できるわけではなかろう?」
「確かに」
まずアイテムを準備しなきゃだな。
ヒュドラから距離を取るべく踵を返すと、閉じた扉が見える。
あれは俺が出てきた扉だよな。消えずに残っていたのか。
走り始めたが、ヒュドラは追ってこようとしなかった。
奴が移動できないわけがないと思うんだが、首を落とされたことで俺に対する警戒を高めた結果、様子を窺うことにしたのかもしれない。
「何をしておるのじゃ?」
「試せるものは全て試そうと思ってさ」
まずは、持ち運ぶための袋なりなんなりいる。
そこで生きるのがゲームでは装飾だけのお遊びアイテムだったポーチとかバックパックとかだ。
こういうのを集めるのが好きでよかった。俺のカード一覧にはネタアイテムが多数並んでいるんだぜ。
腰に取りつけるタイプのポーチを装着し、ボタンを開けっ放しでいつでも中に手を突っ込めるように調整する。
「これは……」
いいものを見つけたぞ。
ネタアイテム群を見ていたら思わぬアイテムを発見した。
こいつはゲームだとネタでしかないアイテムだけど、現実世界になった今、有効活用できるはずだ。
「何じゃそれは? 武器かの?」
「うん。こいつはスリングショット。通称パチンコって呼ばれているネタ武器だ」
大賢者でも知らない武器だったか。
ひょいっとスリングショットを持ち上げ、ミネルヴァに見せる。
スリングショットは、持ち手から二又に伸びた棒の先に伸縮性のあるゴムに似た紐が取りつけられていて、紐の中央部分は網になった布と結ばれていた。
普通、これを使って敵と戦うことなんてないから、知らなくても仕方ない。
「何に使うものじゃ?」
「見てのお楽しみってことで」
続いてポーションだけでなく、いろんなお薬を実体化させポーチに仕舞い込んでいく。
「こんなところか」
ぴょんぴょんとその場で軽く跳ね、小瓶が落ちないか確かめる。
よし、うまく固定されているようだし、これでいけそうだな。
スリングショットを握りしめ、再びヒュドラへ立ち向かう。
ヒュドラと十メートルの距離にまで近づくと、奴はさっそく尻尾を振って俺の体を跳ね飛ばそうとしてくる。
何度も喰らうかっていうんだ。
大きく左後方に方向転換し、紙一重で尾の一撃を躱す。
ギ、ギリギリだった。
でも、ヒュドラの速度についていけている。
ポーションをポーチから取り出し、スリングショットの網へ手をかける。
ゲーム内だとポーションをスリングショットで射出するなんてことはできなかったけど、現実となれば話は別だ。
大きく右斜め前に走り、ヒュドラの首を回避する。
すぐに体を倒し、次の攻撃をやり過ごしてからスリングショットを構え、ギリギリと紐を引っ張り――放す。
ヒュウウン――。
風を切る音と共に、小瓶が弧を描きヒュドラの首根っこにヒットした!
「そう使うのか。お主も中々考えたの」
「やっぱ、表皮だと効果が薄いな」
後ろでふよふよ浮かぶミネルヴァが褒めてくれるが、俺の顔はすぐれない。
こうしている間にも首や尻尾の攻撃が繰り出され、何とか回避しているが、すぐに息があがってくる。
ヒュドラは口の中にポーションを突っ込まれてから、決して俺に噛みついてこようとはしない。変に学習能力があるのが厄介だ。
ご丁寧に全部の口を閉じてやがるし。
開いた口をスリングショットで狙うこともできやしねえ。
「はあはあ……眼を狙えばどうだ……」
息が続かなくなった俺は、一度距離をとりったところで立ち止まり、膝に両手をあてぜえはあと息を吐く。
「悪くない手じゃが、
「かなり難しいと思う。狙ったところに正確に飛ばすことなんて無理だ」
初めて使った武器で、正確無比な攻撃なんてできるわけがない。
でも、飛び道具になったら格段にポーションを叩きこむのが楽になった。
飛び道具……まてよ。
「ミネルヴァ。ヒュドラの攻撃はだいたい読めたかな?」
「存外単純だったからの。お主も、ほぼ見切っておるではないか」
「躱すだけなら、俺も何とか」
ミネルヴァに内容を説明すると、彼女は「面白い奴じゃの」と笑ってサポートすることを快く受けてくれた。
◇◇◇
「もう少し右じゃ」
ミネルヴァの指示に従い、ヒュドラに近寄っていく。
もうすぐ奴との距離が十メートルになる。ここからだ。
「行き過ぎだの。斜め前、ちと左じゃ」
「この辺か」
って。速いなおい!
指示の方に気を取られていたら、ヒュドラの尻尾が目前に迫っていた。
横腹をヒュドラの尾に叩かれた俺は、ピンポン玉のように宙を舞いどんどん天井が近く。
天井にぶつかり、体を引っ張る力が上から下に切り替わる。
「ここだ!」
事前に出していたカードをカードフォルダにセット。
このアイテムに対し理の反転の対象にはしない。
「出でよ。魔剣グラム!」
身の丈ほどの長さがある大剣が足元に出現する。
魔剣グラム。伝説によると竜を倒したとされる名剣だ。
黒光している刀身が真っ直ぐ下に落ちていく。
その先は、ヒュドラの胴体だ!
――グギャアアアアア!
易々とヒュドラの硬い鱗を貫いた魔剣は、柄だけがヒュドラの体から突き出ていた。
「うらああ」
魔剣と同じ軌道で落ちた俺は、魔剣の柄に向けて思いっきり蹴りを入れる。
「痛ぇええええ!」
蹴りの瞬間だけ、「理の反転」をオフにしたから、激痛が俺の足を襲う。
たぶん、足の骨が砕けている。
しかし、俺の全力の一撃でもざっくりとヒュドラの体を切り裂くには至らず、三十度ほど魔剣の柄が傾いただけに終わった。
それでも、かなりのダメージを与えたはずだ。
地面にぶつかる前に「理の反転」をオンに……間一髪間に合って地面に激突した俺は事なきを得る。
左足が激しく痛みを訴えているが、構わず立ち上がりスリングショットを構えた。
「いけえええ!」
叫びをあげているヒュドラに向かって、連続でポーションを撃ち込む!
二本ほど外したけど、八本くらいのポーションが魔剣に当たり傷口に液体を流し込むことができた。
――ドオオンン。
大きな音を立て、地面に倒れ伏すヒュドラ。
「見事! よくぞ、その身体能力で倒してみせた。お主の機転に感服したぞ」
「ありがとう。ヒュドラの様子を見たいところだけど、その前に……」
ポーチから最後の一本になっていたポーションを取り出し、左足にどろりとした液体を流し込んだ。
「ぐううあああああ!」
白い煙があがり、更なる激痛が!
地面に転がり、耐えていたらすううっと痛みが引く。
「一つ気になったのじゃが。お主、わざわざ痛みに苦しみたいのかの?」
「そんなわけないだろ……骨が砕けてしまっていたんだぞ。誰が好き好んで……」
「『理の反転』ならば、痛みが伴わんじゃろ?」
「そ、そうだった……いや、だけど敵はもういないから使えないだろ」
「自分で足を打ち付ければよかろうに」
「それ、理屈は分かるけど、痛む足を思い切り地面に打ち付けるなんて……想像しただけでもゾッとする」
せっかく痛みが引いたというのに、背筋に寒い物が流れる俺であった。
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