第5話 深紅の宝珠
びっしょりとかいた汗が引いてきたところで、腰をあげる。
よく倒したものだ。
魔剣グラムをカード化しつつ、ヒュドラの遺体へ目をやる。
一本一本の首の太さが、俺の胴体より太いし……。
英傑伝説の力のおかげとはいえ、よくこんな巨大なモンスターを倒せたものだ。
「ソウシ」
前に出たミネルヴァが指さす先には、血のように赤い色をした水晶玉があった。
あれってもしや。
『深紅の宝玉』
鑑定スキルが発動し、自動的に名称が視界に映される。
やっぱりか!
「俺、城を落としたのかな?」
「分からぬ。広間だけで終わるとは思えぬのじゃが」
深紅の宝玉は、城を落とした時に現れるアイテムで、こいつをカード化するとステージクリアとなる。
ミネルヴァが首をひねるのと同様に、俺も不可解だなと思う。
安易にこの宝玉をカード化してよいものか悩ましいな。
「宝玉は後回しにしよう。先にヒュドラの素材をカード化するよ」
「そうじゃな」
ヒュドラの鱗、牙、肉をカード化すると、宝玉を残し綺麗さっぱりヒュドラの体が消え去った。
巨体だけに一枚のカードじゃ収まりきらず、鱗は十枚。牙が五枚。肉は十五枚となる。
「肉……食べられるのかな……」
「はて。試してみるかの?」
「いや、なるべくならご遠慮したい」
手持ちの食糧系アイテムが無くなってから考えるとしよう。
素材を全て回収したところで、深紅の宝玉をカード化せず、ポーチに仕舞い込み歩き始める。
「どこに行くのじゃ?」
「広間を探索しておこうと思って。ここが最終エリアじゃないのなら、どこかに通路なり扉なりあるかもと思って」
「ふむ。我も観察しよう」
大広間は思った以上に広い。
最初に確認したんだけど、俺たちが祭壇の間から出てきた重厚な扉は消失して、綺麗さっぱり無くなっていた。
大広間は端から端まで五百メートルくらいある正方形になっていて、どっちが北か南か分からないけど、出口らしき扉を発見したんだ。
この扉、祭壇の間にあった扉と全く同じ外観をしていて、冷や汗が流れた……。
もう痛みなど無いはずなのに、右肘をそっと撫でぶるりと肩を震わせてしまう。
「どうする? ソウシ」
「開いた途端に消し炭は勘弁してもらいたい……」
念のため、理の反転が自分の体にセットされていることを確認。よし、問題ない。
右側の取っ手を掴むと、じわりと手のひらに汗が滲んできた。
心臓の鼓動まで早まる。
落ち着け。この扉はあの時と違うんだ。
すー。はー。
大きく深呼吸をして、ぐぐっと体重を乗せ扉を押し込む。
が。
ビクともしない。
「ダメだな。押しても引いても動かない」
「深紅の宝玉をカード化してみるかの?」
「それ以外、思いつかないな。だけど、せっかくの安全地帯なんだ」
「ほう? 何かするつもりじゃな」
「うん。ご飯にする」
ミネルヴァが整った顔を歪め、額に手を当てた。
いや、ほら、大事だぞ。ご飯はさ。次にいつ食べることができるか分からないだろ。
随分走ったから、水分補給もしなきゃだしな。うん。
さてっと。何にしようかなあ。
あぐらをかいて、カード一覧を眺める。
カードを実体化させると膝の上にペットボトルに入った緑茶とおにぎりが出てきた。
英傑伝説は剣と魔法でバッタバッタと敵兵を斬っていくゲームなんだけど、ネタアイテムに限っては現代風のアイテムが多数ある。
ゲームだと良くある話だ。
今はそのネタアイテムを多数集めていて本当に良かったと思える……。
ネタカードなんて邪魔だ! と切り捨てていなかった過去の俺に感謝しかないぜ。
「ぷはー」
ごきゅんごきゅんと緑茶を三分の一ほど一息に飲み干してしまった。
随分と汗をかいたからなあ……走ったり、痛みで脂汗が出たり……。
乾きが満たされたら、ぐううと腹が悲鳴をあげた。
「もしゃ……」
「何じゃその食べ物は?」
ミネルヴァがおにぎりに興味を示したらしい。
「おにぎりといってな。米の中にいろんな具を混ぜて固めた食べ物だよ」
「米……食べたことないのお。うまいのか?」
「うん。激しく動いた後だからおいしい。お、シャケか」
「ほう」
そんなもの欲しそうな顔でおにぎりを凝視されると食べ辛い……。
あと、近い。近いから。おにぎりに吸い寄せられるようにミネルヴァとの距離が詰まる。
「食べてもらいたいところだけど、実体じゃないから食べられないよな」
「そうじゃの……」
ごくんと半ばまで食べたおにぎりを一息に飲み込む。
ミネルヴァが「あ」って顔になった。
凛とした美少女に相応しくない表情に思わず笑いそうになったが、見なかったことにしてグッと堪える。
「お次は……ステータス確認をしておこう」
「そうじゃな。現状確認は肝要じゃ」
「うん。深紅の宝玉を使ったら何が起こるか分からないから」
「うむ」
元の位置に戻り襟元を正したミネルヴァの顔は元通りになっていた。
といっても全てのカードをチェックするつもりはない。カード枚数が膨大だからな……このゲームはカードの所持制限がなかったものだから……。
大丈夫。ソートはできるから! それに新しくカード化したものは「NEW」って表示が出るし。問題ない。問題ないんだ。
『名前:ソウシ
英傑:大賢者「ミネルヴァ」
スキル:カード化、鑑定、理の反転』
至ってシンプルだ。
英傑伝説にはレベルの概念が無い。アクションRPGゲームという表記通り、RPG要素はあるけどね。
それが、カードの引き継ぎだ。武器や防具を集めることで、戦闘を優位に進めることができる。
アクションが苦手な人でも、回数を繰り返し、強い武器防具や魔導書を集めればいずれステージクリアできるようになる設計だ。
「どうじゃ?」
「うーん。特に変わったことはないかな。英傑伝説のステータスと相違ない」
「この世界……と言ってよいのかの。この世界の法則はお主に適用されていないのじゃな」
「今のところ、はだけどね」
俺とミネルヴァも実のところ住んでいた世界が違う。
彼女は現実化した英傑伝説の世界からここに来た。だからこそ、彼女の助言は俺の道しるべになってくれるんだ。
俺はゲームとしての英傑伝説しか知らないのだから。例外はネタアイテムだな。どうも彼女の認識する英傑伝説の世界には、ネタアイテムが全部または一部無かったのだと思える。
先ほどのおにぎりにしてもそうだ。知っているのなら、わざわざ聞いてこないだろう?
それはともかく、この謎世界のことについて、俺もミネルヴァもまるで知見が無い。
どうなってんだろうな……ここ。
この空間から脱出して、青い空を拝まないことには何も見えてこないかもしれない。
「しつこいようだけど、現状を確認したい」
「うむ。その慎重な姿勢、嫌いじゃあないぞ」
「確かめることができることは、何度でも確かめておきたい」
右肘に左手を当て、苦笑する。
「この広間には出口らしき扉は一つしかない」
「うむ。そして、その扉は開かずの扉になっておるな」
「うん。それで、状況を打開できる可能性があるのは深紅の宝珠だけ」
「じゃが、宝珠をカード化すると何が起こるのか不明」
「不確かなことをやりたくないけど、やるしかない」
「そうじゃの。もう一つあるぞ」
「何か気が付いたのか?」
身を乗り出してミネルヴァに問いかけるが、彼女は困ったように眉根を寄せた。
「『待つこと』じゃ。何もせぬまま座して待てば、何かが起こるやもしれん」
「それは避けたい。ここにいればいるほど物資が減っていく」
この扉が開くのを待つとして、どれだけの時間をここで過ごせばいいのか未知数だ。
祭壇の間で考えた結論と同様に、ここに引きこもることはジリ貧になる。
「進もう」
「うむ。お主の勇気に幸あらんことを」
ポーチに入った深紅の宝珠を掴み、膝の上で手を開く。
吉と出るか凶と出るか。いざ。
「深紅の宝珠を『カード化』する」
宣言と共に、深紅の宝珠がカードと化す。
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