第6話 次なる敵
「……何の変化もないな……」
カードを収納し、カード一覧に「深紅の宝珠」が表示されることを確認したが、大広間には特に変わった様子がない。
いや、ま、変化が欲しいってわけでもないんだが……むしろ、床がガラガラと崩れていくイベントなんて勘弁してもらいたいんだけど、さ。
「ほれ、ソウシ。行かぬのか?」
ミネルヴァがせかす。
分かっているって。答えはそこにしかないってことはさ。
パンと自分の頬を叩いて立ち上がり、両開きの扉の右側の取っ手に手をかける。
すると、さっきまでビクともしなかったのが嘘のようにすううっと扉が開いていく。
急ぎ、こちらと扉の向こうの境界線を越えてしまった右腕を引っ込めた。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
「……またかよ」
「これまた巨大な龍じゃな」
扉の向こうはここと同じような大広間になっていた。
天井の高さも同じくらいで、天井がぼんやりと光を放っていることもそっくりだ。違いといえば、壁と床の色が青っぽいことくらいだろうか。
こちらの部屋は、灰色ぽい岩らしい床色で、あちらも素材こそ岩なんだけど色が異なる。
大広間のことなんて些細な問題だ。
問題はまたモンスターがいたことなんだよ!
今度はいきなりブレスを吐かれることが無かったけど、さっきのヒュドラ同様にオーバーキル感満載の巨体を誇る龍がいた。
『ティアマト』
なんかもう一周回ってはははと笑い声が出てしまう。
あの巨体の表示名はティアマトというらしい。
奴は赤みがかった鱗に全身がびっしりと覆われた二首の龍、いや蛇かもという見た目をしている。
顔はヒュドラと異なりドラゴンで、首の背には灰色のたてがみが生えている。鋭いかぎ爪が目に痛い前脚と長い尻尾。
尻尾にも首と同じような白い毛が生え、尾先にトゲトゲ鉄球みたいなものも見える。
ティアマトが蛇なのか龍なのか迷った理由は、後ろ脚が無いことだ。だけど、背中から蝙蝠のような翼が生えているし……飛んだりしないだろうなこいつ。
「ヒュドラと異なり、多少の知恵が回るやもしれんな」
顎に細く指先を当てたミネルヴァがふうむと首を捻る。
「動くモノが目に入ったら、いきなりアタックじゃないだけヒュドラよりは、な」
「ソウシ、
「そら、決まっている」
「そうじゃな」
「進む。あいつを倒せばいいだけだろ。話は単純だ」
扉を超え、青みがかった石畳の床を踏みしめた。
そのままゆっくりと歩を進めるが、ティアマトは座したまま動こうとしない。
ヒュドラはすぐに襲ってきたから感じとる暇もなかったけど、戦い前の緊張感って凄まじいな。
少しでも気を抜くと、ティアマトからの圧力で尻餅をつきそうになるほどだ。
ただ歩いているだけだというのに、額から汗が流れ、顎を伝い床を濡らす。
自然と手がポーチに触れていた。俺の武器はここにあるからな。
ポーチの上から小瓶の感触を確かめ、腰に刺したスリングショットの
彼我の距離三十メートル……二十メートル……きたぞ!
まずは小手調べとばかりにティアマトが尾先を横殴りに振るう。
ぐ、ぐう。
思ったより大きいな。尾先のトゲトゲ鉄球は手を回してなんとか収まるくらいだった。
後ろにジャンプして躱そうとしたが、トゲトゲの先が俺の皮鎧をかすめる。
ただそれだけで、横に飛ばされてしまい地面に叩きつけられ一回転したところでようやく体の動きが止まった。
「ヒュドラと同じで、かすっただけでも死ねるな……」
「理の反転があるではないか」
「うん。無かったら即死だったと思う」
追撃の赤色のブレスが這いつくばる俺の背に当たるが、理の反転の効果でダメージは無い。
「灼熱の吐息かの」
「分かるのか」
「うむ」
ダメージを受けない反面、何も感じないからどのようなブレスを受けたのか分からないんだよな。
よっと、と立ち上がったところで右の頭から緑色のブレスが、左の頭から青色のブレスが吐き出された。
ブレスの範囲はヒュドラに比べ大きくはない。俺の知識でいえば、直径五十センチほどのビーム砲に似る。
躱してみようと動くも、ティアマトの口から吐き出されたと思ったらもう俺の胴体に直撃しているんだよ。
「緑は腐食。青は凍結じゃの」
「特徴はあるのかな」
「癖はないのお。まずい、ソウシ! 横に飛べ!」
急に切迫したものに変わったミネルヴァの声色に体が反応する。
とっさに思いっきり右へ体を放り出すようにして飛ぶ。
次の瞬間、真っ白い光線が先ほどまで俺がいた場所を駆け抜けた。
対する俺は、情けなくも受け身なんてとれずにゴロゴロと転がる。
「うああああ!」
な、何だこの痛みは!
左の足首が強酸で溶かされでもしたような、お、俺の足はどうなっているんだ?
床に仰向けに倒れたまま左足の膝を両手で押さえ、激しく首を振る。
「ソウシ、左足を上にあげよ!」
痛みでどうにかなりそうだったが、ミネルヴァの声に寝ころんだまま咄嗟に左足を上にあげた。
赤い光が左足に直撃し、痛みが完全に無くなる。
「ミネルヴァ。一旦距離を取る。指示をくれ」
「うむ。お主は動くことに集中せよ」
ティアマトから背を向け、ミネルヴァの示す通りの道を全力で駆け抜けた。
ブレスが飛んでこなくなったけど、彼女の指示が止まらない。
「どうした?」
「あやつがお主を追ってきているのじゃよ。幸いお主の方が速い」
「く、くう。どこか退避できるような場所はないか?」
「言われんでも探しておる。もう少し、食いしばって走るがよい」
既に息が上がっているが、ここで止まるとまたブレスがくる。
ティアマトはこれまで赤、青、緑、そして白のブレスを吐きかけてきた。
さっき俺の足首を溶かしたのは白のブレス。あれは、ポーションのような回復効果のあるブレスで間違いない。
ヒュドラに俺がやったのと同様に、回復効果があればそれが反転して深刻なダメージと転じてしまうのだ。
「はあはあ……何か手を考えないと……」
「ソウシ、もう少し速度を落としてもよいぞ。奴がお主を追いまわすのをやめたようじゃ」
「あっさりと諦めたな。根競べになったらすぐに脱落する自信はあるぞ」
「口の減らぬ奴じゃ。追ってみたものの、すぐに追いつけぬから止まったに過ぎぬ」
「分かっているさ。そして、奴は思った以上に知恵がある」
「そうじゃの」
徐々に速度を落としながら、ティアマトが追って来ないか逐次ミネルヴァに観察してもらう。
奴が動いてくる様子がなかったので、ついに立ち止まってみる。
「はあはあ……大丈夫そうだな」
「うむ。動き始めたらお主に伝えよう」
「さんきゅう」
「さんみゅう?」
「ありがとうって意味だよ。さんみゅうじゃなくてさんきゅうな」
「ふむ。まずは息を整えよ」
言われなくてもそうするさ。両膝に手を付き、大きく肩で息をする。
カードをセットしてミネラルウォーターの入ったペットボトルを実体化させ、すぐに蓋を開けて一気に飲む。
「ぷはあ……何か見つかったか?」
「我らが来た扉だけじゃな。恐らくじゃが、閉じておるだろう」
「そうだろうな。もし開かなかった場合、ティアマトに追いつかれてそのままあの世行きもありえる」
空になったペットボトルを放り投げ、大きく深呼吸をした。
ペットボトルは後でカード化して持っていくか。ポイ捨て禁止の精神もあるけど、情報はなるべく残さない方がいい。
未知の世界だし、あのペットボトルが原因で何か災いが起きないとも限らないからな。
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