第7話 秘策
「ミネルヴァ。このままじゃいずれ白いブレスでやられる」
「ふむ。白いブレスの見極めをしたい、のかの?」
息が整ったところで、どうやってティアマトを倒すか……いや、白いブレスを凌ぐことができるのかを考えることにした。
「事前に分かるのか?」
「事前……というには微妙じゃな。ティアマトのブレスを吐く時の所作は見ておったか?」
「確か。喉元が少し膨らんで鼻先に湯気のようなものがゆらゆらし、口元に光が溜まって……ブレスが吐き出される、だったっけか」
「概ね合っておる。光が見えるまでまるで区別がつかぬ。どのような攻撃であれ、別種の攻撃であれば僅かでも所作が異なるんじゃがな」
「全く同じモーションってわけか」
「うむ。我が分かるのは、ブレスが吐き出される直前。お主に忠告したとして、急所を外すくらいしかできぬだろうよ」
ひょっとしたら、ティアマトはブレスの使い分けをしているのではなく、どの種類のブレスを使うか選ぶことはできないんじゃないかな。
ブレスを吐きだす最後に光が溜まり始める時に、ランダムでどの色のブレスが決定するとか。
だったら、ミネルヴァがモーションを見てどのブレスがくるのか判別することは不可能だろう。
「しっかし、ティアマトが白のブレスを使う意義が分からんな。敵を回復させるブレスなんて混ぜるとせっかく相手に与えたダメージが無意味になる」
「そうかの。理の反転対策によくある話じゃ。ポーションを投げつけてくる兵士がいたろう?」
「いたな。ポーション投げながら切りかかってくる嫌らしい兵士がさ」
「あれと同じじゃないかの?」
「うーん……」
俺はこの世界が俺たちにとって未知なように、この世界も俺たちのことは未知なんかじゃないかって推測している。
知的生命体に出会っていないから、俺の推測が合っているかどうかは分からない。
英傑伝説には幾多のスキルがあって、何も「理の反転」だけのために対策を打つてのもなあ。
もっと単純な事情じゃないかって思うんだ。
この世界には回復効果でダメージを受ける者がいるんじゃないかってね。それも、そこそこ数がいる。
「アンデッドとか……」
「不死者か。なるほどの。不死者は聖なる力でダメージを負うと聞く」
「死者のローブとかを装備すれば、回復を受けるとダメージになる。だけど、その代わり毒だと回復してしまう」
「緑ブレスじゃの」
「ティアマトは二つの口があるから、白と緑を同時に吐かれたら終了だ」
「うむ。先ほどお主が言ったポーションを投げながら斬りつけてくる兵士と同じ理屈じゃの」
「うん、兵士なら一撃斬られるかポーションでダメージを受けても致命傷にはならない。だけどティアマトだと……」
「手足以外に喰らうと即死じゃろうな」
ローブじゃあなあ。貫通して俺の体ごと蒸発して、ジ・エンドだ。
ローブだと防御力が無いに等しいから、ダメージを受けると無力である。
ん。防御力……。待てよ。
「お、何か思いついたようじゃな」
「うん、試してみる価値はあると思う」
いざ、参る。
◇◇◇
「何じゃそれは……」
「何だと言われてもな。進む」
取り出したるは、ボール紙でできた盾である。
その名もまんま「紙の盾」というお遊び感満載。
ペラペラで俺の力でも簡単に折ることができるけど、大きさだけは一丁前で頭から腰くらいまでをガードすることが可能だ。
伝説の盾といわれるものも多数持っているけど、重くて持てない。
こいつの利点は軽い事。それに尽きる。
「ソウシ。白じゃ」
だから、こんなことだってできるのさ。
盾を押し出すように前に投げ、万が一のことを考えしゃがみ込む。
白のブレスに当たった盾はあっさりと溶け落ち、白のブレスの勢いもそこで止まった。
よおっし。
想定通りだ。
盾を持つと武器と動きに制限が加わった上に重量も増す。おまけに片手が塞がる為、魔法も使えなくなる。
正直、剣と盾を持つより、片手武器を持つにしても片手を開けておいた方がカードを実体化させることができるから、盾が無い方がってなってしまう。
現に「英傑伝説」だと、盾を持つプレイヤーは稀だ。
だけど、盾には一つ利点があるんだ。
どれだけ防御力が低く、破壊されようとも攻撃を必ず「止める」って特性がさ。
一発凌ぐことができれば十分役に立つ。
ティアマトのブレスの威力は計り知れない。だから、防御力で奴のブレスを上回るのではなく、破壊されることを前提で立ち回りを考えたってわけだ。
新しい紙の盾を構え、突進する。
白以外ならそのまま進み、白が来たら前に紙の盾を押し出し新しい紙の盾を取り出す。
時折、尾先のトゲトゲが来るが、二度ほど当たったところで慣れてきて躱せるようになってきた。
「考えたのお」
後方でミネルヴァが感心したような声を漏らす。
しかし、駆け続けている俺に彼女へ言葉を返す余裕は無い。
言葉を返す代わりに、ティアマトへ一太刀入れてみせる。
ブレスの弾幕をくぐり抜け、ようやくティアマトの巨体目前まで来ることができた。
この位置なら、自分の体が邪魔になってブレスを撃てないようだな。
対するティアマトは、体を起こし前脚の爪を横に薙ぐ。
当たると、吹き飛んでまたここまで来ることになってしまう。
「伏せよ!」
ミネルヴァの言葉に従い、べたーっと体を地面につけ爪をやり過ごす。
ティアマトの攻勢がやんだ隙に今度は俺が仕掛ける。
「うりゃあああ」
ポーションを振りかぶって、投げつけた。
大きすぎる的だから、外しようがないぜ。
弧を描いた小瓶はティアマトの右前脚の人間でいうところのくるぶし上辺りに着弾した。
ドロリとした緑の液体がティアマトの硬い鱗を焼く。
「う、ううん。予想はしていたけどヒュドラと同じだな」
「飲み込ませるか、傷口に流すかじゃの」
表皮を僅かに溶かしただけの結果にガッカリしている暇はない。ティアマトが俺を踏みつぶそうと脚をあげている。
「ソウシ、右じゃ」
いや、これはチャンスだ。
動かず、素早くカードをカードフォルダにセットする。
グガアアアアアアア――。
俺を右前足で踏みつけたティアマトから鼓膜が破れそうなほどの咆哮があがった。
奴の右足の裏には白銀に輝く槍が突き刺さっていたのだ。
「よおっし。うまくいった」
踏みつけられる直前に取り出した槍「ブリューナク」を両手で掴み穂先を上に向けてしゃがみ込んだんだ。
俺の頭もついでに踏まれたけど、理の反転があるからもちろんノーダメージ。上から下への攻撃だったから、吹き飛ばされることもない。
「な……」
しかしそれでも、ティアマトは上げた右脚を地面に打ち付ける。槍が更に深く突き刺さり、ティアマトの足の中まで完全に埋まった。
こ、こいつ……。
「一筋縄ではいかぬようじゃの。あ奴、獣とはいえ、一介の戦士だったようじゃの」
「だな……。痛みから右脚をあげたままにしてくれるって思ってたんだけど……」
地につけた右前脚からは真っ赤な血がどくどくと流れているようで、床を深紅に染めている。
それでも、ティアマトは右前脚を軸にして、左のかぎ爪を振るう。
「さっきよりかなりスピードが落ちているぜ」
ひょいっとティアマトの爪を回避する俺。
一方でティアマトは左前脚が着地したら、次は右前脚をあげ振り下ろそうとしてくる。
待っていたぞ! この時を!
「ソウシ!」
同じことを考えていたのか、ミネルヴァから激が飛ぶ。
任せろ。
もう構えている。
スリングショットに乗せた小瓶をギリギリと引き絞り、狙いをつけ……手を離した。
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