第8話 仕様のずれ

 小瓶がブリューナクの根元で弾け、その傷口を広げる。

 続いてもう一発。

 更に一発。

 

 三発目の小瓶がティアマトの肉の中に喰い込み、そこで俺の攻勢は終わる。

 いや、こっちがやばい。

 粘っていたが、右前脚が目前に迫ってきた!

 

「う、うひゃああ」


 情けない悲鳴が出てしまったが、尻餅をついてそのまま仰向けに寝転がる体勢でティアマトの右前脚を回避する。

 ドオオンン――。

 過ぎて行く右前脚の足首から先が爆発したように弾け飛んだ。

 そこを狙って、ポーションを撃ち込む。


「ソウシ!」

「な、何!」

 

 視界が赤みがかった緑の壁で染まる。

 体当たりか!

 奴は後ろ脚が無いものの、体をよじり尻尾をくねらせることで前進してきたのだ。

 こ、ここで引いて、外に弾き飛ばされたら次も懐に飛び込めるか分からない。

 引くな! 進むんだ!

 カードをカードフォルダにセットすると、黒い刀身の大剣「グラム」が足元に出現する。

 柄を地面に斜め四十五度になるよう刀身を上と下から両手で挟み込むようにして支えた。

 両刃の剣だから、切っ先が手に当たるが問題ない。

 

「来い!」


 体当たりされ、俺と剣がものすごい衝撃を受けるが、両足を踏ん張り耐える。

 奴の腹にしっかり剣が刺さっていた。

 更に突き刺さるのにも構わず奴が突進していくるのだ。

 深く、深く剣を突き刺せ。

 右手でポーションを取り出し、手を……伸ばす。

 剣が刺さった傷口へ小瓶を押し込む。

 一つ、二つ、三つ、四つ――。

 そこで俺の足が宙に浮いた。

 

 どんだけ飛ぶんだよ……と場違いなことを考えつつ遠くなるティアマトを睨みつける。

 ドシン――。

 腰からまともに落ちた。


「十二メートルくらいかの」

「奴は?」

「ソウシ!」

「む」


 龍の口元が光る。

 紙の盾を準備するのが間に合わねえ。


「どっちだ。右か左か」

「後ろじゃ」


 転んだ状態で移動もままならなかった。

 俺にはもう、「白」が来ないことを祈ることしかできない。

 

 首をもたげたティアマトの口が開く。

 ドオオン――。

 しかし、そこで、胴体から爆発が起こりティアマトがそのまま倒れ伏したのだった。

 

「間一髪だった……」


 はああと大きな息を吐き、両手を地面につける。


「ヒュドラもそうじゃったが、お主の戦いぶりに感服したぞ」


 慈愛の籠った笑みを浮かべ、俺の背を撫でる仕草をするミネルヴァ。


「敵が強すぎないか……」

「そうじゃの……城主よりタフではあろうな」

「城主か……いろんな種類がいるけど、あれはあれで厄介極まる」


 じゃあ、次は城主を敵として出します、とかされないだろうな。

 ダメだ。今はそんなことより――。

 

「少し休ませてくれ……」

「うむ。何かあれば起こす」

「さんきゅう」


 パタリとその場で倒れ伏した俺はすぐに意識を手放す。

 

 ◇◇◇

 

 喉の渇きで意識が覚醒した。

 口を開けたら、乾き過ぎていてせきこんでしまう。

 緑茶をぐびぐびと飲み、ふううと息をつく。

 

「起きたか」

「見張りありがとう」

「なあに。この身は幻影。疲れることも無し。眠る必要も無い」


 得意気に口元をあげるミネルヴァへ心の中でもう一度感謝を述べる。


「んー」


 立ち上がって力一杯伸びをし、ティアマトの元へ向かう。

 ティアマトの鱗、牙、鉄、トゲ、たてがみ、肉をカード化すると、綺麗さっぱりティアマトの体が消えた。

 残されたのは……。

 

「またか」

「うむ」


 深紅の宝玉だった。

 これで二つ目だ。一通り大広間を見渡してからカード化した方がよいな。

 ミネルヴァに恨めしそうな顔で覗き込まれつつ、おにぎり(かつお)を完食した後、大広間の探索を始める。

 

「扉が三つか」

「そうじゃな。出てきた扉を西とすれば、東、北の壁に扉があるのお」

「どっちも開かずの扉になっていた。宝玉をカード化すれば開くんだろうなあ……」

「そうじゃの」


 状況は先ほどと似たような感じだな。

 一方通行だと、誰かにいいように動かされている気持ちになってきてしまう。

 しかし、別の道を探そうにも、大広間に閉じ込められた状況じゃあどうにもできないんだよな……。

 

「どうした、ソウシ? 変な顔をして」

「変な顔って……悩みつつ憤っていたというのに」

「男児たるもの、悩み進むものじゃないのかの?」

「そんな健全な悩みじゃないんだってば。先にカード化してしまおうか」


 深紅の宝玉を手のひらに乗せ、カード化を行った。

 これで、扉が開くようになるのかな。

 

 しかし、北側の扉は開かなかった。元来た西の扉も同じく開かず。

 

「となると次は東の扉か」

「うむ。そうなるかのお」


 本当に選択肢が一つもねえな。それなら扉を二か所作る必要なんてないだろうに。

 ズカズカと東の扉に向かっていると、途中でまたしても扉を発見する。

 この扉は壁沿いにあるわけじゃなく、扉だけがぽつんと立っていたのだ。

 奇妙な光景だけど、これ、見覚えがある。


「祭壇の間から出て来た時の扉みたいだな、これ」

「開けてみるかの?」

「うん、中に入るかは別にして、開けてみよう」


 両開きの扉の右側の取っ手を掴み、そっと力を込める。

 ……開かない。

 ひょっとしてと思い、引いてみると、扉が動いた。

 ギギギギギ――。

 嫌な思い出が蘇る音と共に、扉が開く。

 

 中に見えたのは、祭壇だった。

 石畳の階段の上に円形の台座があり、台座の上には三メートルほどの長さがある大剣が浮いている。

 そっくりそのまま、俺が最初に出現した場所と同じ「祭壇の間」がそこにあった。

 

「行こう」

「うむ」


 祭壇の間に足を踏み入れるが、扉は開きっぱなしだった。


「たぶん、ここから外に出たら、この扉は消えるんじゃないかなと」

「ふむ。我らは逆向きに入ってきたというわけじゃな」

「おそらく……な」


 会話しつつも、階段を登って行く。

 ここが「英傑伝説」の祭壇の間だとして、既にミネルヴァを連れている俺が台座の前に立ったらどうなるんだろう?

 

 祭壇の階段を登り切ると、宙に浮いた大剣が青色に輝く。

 

『よくぞ参りました。ソウシよ。選びなさい。英傑を』


 声大剣から穏やかな女性の声が聞こえた。

 ま、まさかのチュートリアル再び!?

 戸惑う間にも、俺の視界に英傑選択メニューが浮かび上がる。

 

『剣聖 アーチボルト』

『大賢者 ミネルヴァ』

『魔導王 シーシアス』 


「どうなってんだこれ」


 想定外の状況に思わず頭を抱える。


「聖剣がお主を導こうとしているようじゃな」

「再び英傑が選択できるってことなのかな……」

「分からぬ」


 バグってミネルヴァが消失とかにならないか心配だ。

 だけど、選んでみる価値はある。

 扉の向こうにいるモンスターは非常に、非常に強力だった。

 対抗するため、少しでも力を増したい。

 ……ならば、選ぶ。

 英傑はもう決まっている!

 

『大賢者ミネルヴァよ。顕現せよ』


 大剣が光の粒子に転じて、消失するが誰も姿を現さない。

 スキルの獲得も無く、スキル選択にコマンドが切り替わる。


『スキルを選択してください

 次元断

 飛行

 合成

 真眼

 シャドウウォーク

 穴掘り

 エアステップ

 ……』


 どうする? 

 いや、急いで決める必要はない。選ばなければ選ぶまでコマンドが出っぱなしになるだけだ。

 

「ミネルヴァ。何か変化はあるか?」

「いや、何もないの。お主、また我を選んだのか? ひょっとすれば別の者のスキルを得ることができたかもしれぬのに」

「それで万が一にでもミネルヴァが消えてしまったら困るからな」

「殊勝な奴じゃ」


 言われて悪い気はしないのか、腕を組んだミネルヴァがうむと頷く。

 お次はステータス確認をしてみるか。

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