第9話 ピエロ服

『名前:ソウシ

 英傑:大賢者「ミネルヴァ」(2/3)

 スキル:カード化、鑑定、理の反転』

 

 表示されたステータスに首を捻る。

 変化はあった。ミネルヴァの後ろに数字がついているじゃないか。

 これが3/3になったらどうなるんだろう?

 謎が残る。

 もう一つ、スキルの選択リストなんだけど、「理の反転」が表示から消えているんだよね。

 既に俺が取得しているためにリストから外れている、と考えるのが自然か。

 カード化と鑑定の取得も省略されたことだしな。


「うーん」

「如何した?」

「不確かなことがある以上、簡単には決められないんだよな」

「スキルの取得かの?」

「うん。理の反転が消えちゃうと困る。もう一つスキルを取得できるのだとは思うんだけどね」

「上書きされてしまうかも、ということじゃな」

「そうなんだよ。でも、次の敵で必要なら躊躇なくスキルを取得するつもりだよ」

「その意気なら良しじゃな。お主も肝が据わってきたの」

「そらまあ、これだけ死にそうな目にあってりゃあ」


 転移した直後は、平和な世界でぬくぬくと生きていたから自分に覚悟は無かった。

 だけど、いきなり右腕の肘から先を消し炭にされて、ヒュドラに追い回され……なんてしていたら甘い考えなんて消し飛ぶよ。

 今ここでスキルを取得しないのだってもちろん理由がある。

 リスクは二つ。ミネルヴァも案じている通り、理の反転が上書きされてしまうかも問題。もう一つは、この部屋を出るとスキルの選択ができなくなってしまうかもしれない点だ。

 だけど、スキルが選択できなくなることは、回避可能と見ている。

 もし、外に出てスキルの選択ができなくなるようなら、またこの部屋に戻ってくればいい。外の敵を倒しているから、扉が消失したとしても深紅の宝珠を実体化させ、またカードに戻すと扉が再度出現するはず。

 もう一つの上書きされてしまう問題も、可能性が極めて低い根拠がある。

 それは、ミネルヴァの表記が2/3になっているからだ。この数字の意味は、俺が英傑を二回選択しているってことだろう。

 もし別の英雄を選んでいれば、ミネルヴァに加えてもう一人の名前が表記されたはず。

 これも上書き可能性があったけど、その可能性を抜きにしても俺は彼女以外選ぶつもりなんてなかった。

 その理由は……ここでは語るまい。

 

 ミネルヴァの顔をチラリと見て、階段を一段降りる。

 そうそう。

 ここでスキルを選択しないメリットも、もちろんある。

 さっきミネルヴァに言ったことだけど、次の敵に合わせてスキルを選ぶことができるってことだな。うん。

 

「何じゃその顔? まだ何か懸念があるのかの?」

「いや、行くしかない。東の扉の向こうで敵が待っているものな」

「うむ。そうじゃの」


 開きっぱなしの出口扉をくぐり、元の大広間に戻ってきた。

 開閉しっぱなしの祭壇に繋がる扉はそのままになっている。どうやら、扉は閉じないみたいだな。

 

 ◇◇◇

 

 東の扉に手を触れると、すううっと独りでに扉が開く。

 中はここと同じく大広間。広さも恐らくよく似たものと思われる。もう三度目だしさ……。

 床と壁の色は薄い黄色になっていた。

 モンスターの姿は……。

 

「あれ。モンスターがいない?」

「いや、おるぞ。お主の目では見えぬか?」

「どれくらい先にいる?」

「そうじゃの。二百五十ってところかの。人型じゃ。お主より小柄な人影じゃの」

「マジか……」


 「英雄伝説」の城主とかじゃあないだろうな。

 城主といってもピンキリだ。初心者用のステージだったらワンパンだし、超難易度ステージだったら……ティアマトと戦う以上に厄介かもしれない。

 身体能力やブレスといった特殊能力だけを見るなら、ティアマトやヒュドラを凌ぐ城主は存在しないと言い切れる。

 だけど、城主は人間並みの知能を持ってんだよねえ。ティアマトやヒュドラのように単純に戦闘を進めることは不可能ってわけだ。

 

「臆したか?」

「まさか」


 何が来ようが大して違いは無いだろ。

 一つだけ確かなことは、人型だからといってヒュドラやティアマトより与しやすいと考えないことくらいだ。

 

 しかし、事態は俺の予想の遥か斜め上をいく。

 確かにミネルヴァの言う通り、俺より少し小柄な人型が立っていた。

 まず目を引いたのは、ベネチアのカーニバルで使うような真っ白の仮面だ。

 鼻がツンと尖り、無機質にぽっかりと開いた目に唇の型。

 緑を基調とした二又に先が枝分かれしたクラウン帽子に色鮮やかなオレンジ色のタイツに、黄緑色の裾が鋭角に伸びた上着……鋭角の先には丸いぼんぼりのようなものが装飾されていた。

 うん、緑とオレンジ二色のピエロ服だな、これ。

 背丈は150センチを少し超えるくらいで、両手で長い柄の鎌を持ち斜めに構えていた。

 俺と目が合ったピエロ服は大仰に会釈を行い、向こうから声をかけてくる。

 

「これはこれは、ようこそようこそおいでくださいました。わたくし、ニャミニャミと申します。ニャミニャミとお呼びください」


 うわあ……。

 これは触れたらダメな奴だ……。

 でも、会話で何とかなるのなら戦わずに済ませたい。

 

「俺はソウシ。出口を探している」

「そうでしたかあ。そうですとも。出口でしたら知っておりますよお。で、す、が」


 ピエロ服はちちちと人差し指を横に振る。


「資格をお見せになるか、資格を獲得するのかあ。どちらですか? ソウシ様」


 資格……。

 ここで選択を誤ったら即斬りかかってきそうだな。

 だが、「獲得」するモノと言えば一つしかない。ここに来てから、獲得したモノに限定するのならな。

 カードを指先で挟み、カードフォルダに乗せる。


「ほら、こいつか?」


 深紅の宝珠を握り、ピエロ服へ向けた。

 

「おお。おおー。資格をお持ちでしたか。ならば、渡しましょう。託しましょう。ソウシ様ならば、もしかしたら。キヒヒ」


 手のひらを上に向けたピエロ服は、もう一方の手でポンと手の平を叩く。

 すると、深紅の宝玉が手のひらの上に出てきた。

 

「それを、俺に?」

「そうですとも、そうですとも。見守らせてください。あなたの行く末を。運命を」

「戦わずに宝玉をくれるというのなら、是非もない」

「そうですよお。戦わずとも分かります。ソウシ様には資格があります。ティアマトを倒したのでしょうー。ヒュドラがまだならとっとと倒してきてくださいねえ」

「そいつはもう倒した」

「そうでしたかああ。お見事です! いやあ。行きますか、行きますか。運命の玉座に」

「準備をしてからな」

「キヒヒ。準備は大切ですともお。どれだけこの日を待ったことかあ。待ちます待ちますとも」


 奇声をあげながらピエロ服が深紅の宝玉をこちらに投げる。

 深紅の宝玉を受け取った俺は、すぐにそれをカード化した。これで、ピエロ服は深紅の宝玉を俺から奪い取ることができなくなる。

 しかし、杞憂だったようだ。

 

「玉座の間の前でお待ちしておりますよお」


 ピエロ服はそう言い残して、忽然と姿を消す。

 

「奇天烈な奴じゃの」

「まあ、宝玉が手に入ったんだし、よしだ。きっとこの大広間にも祭壇の間へ続く扉が出ているはずだ。探そう」

「そこに出ておるの」

「え?」


 ミネルヴァが指し示す先に、見慣れた重厚な扉が見えた。

 

 ◇◇◇

 

 ギギギギ――。

 耳につく嫌な音を立てて、扉が開く。

 中は、予想通り「祭壇の間」だった。

 

「三部屋目かの。祭壇の間はそこら中にあるものではないのだがのお」

「これで終わりのはずだよ」


 台座に向かう階段を登りながら、苦笑するミネルヴァに笑いかける。

  

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