第2話 理の反転

 星型の金属板に触れ、カード一覧を表示。

 続いて「ポーション(ランク5)」を選び、「出ろ」と念じる。

 

「よっし。今度はちゃんと出たな」


 カードフォルダを装着している反対側の手の平の上に出現しただろうカードは、そのままヒラヒラと地面に落ちた。

 ギリっと歯を食いしばり、カードを無事な方の左手で拾い上げ口で挟む。

 口元に左腕の手首を寄せ、黒い板――カードフォルダにカードを乗せた。

 ボン――。

 煙が上がり、コロンと透明なガラスでできた小瓶が地面の上に出現する。

 

『ポーション(ランク5)』


 ポーションに目を向けるだけで、視界にアイテム名が表示された。これは「鑑定」スキルの効果だ。

 具体的なアイテムの効果はカードに記載しているんだけど、今はじっくり眺めている余裕はない。

 

 ドロリとした緑色の液体を右腕の肘に少しだけ垂らす。


「ぐううあああああ!」


 半ば痛みが麻痺していたところに、最初の時より激しい痛みが!

 両膝をつき、左手で握るポーションを割れんばかりに握りしめる。

 全身から汗が噴き出てきて、何とか体から痛みを逃がそうとあえぐ。

 ぐ、ぐううう。

 

「ポーションは一本使いらねば、十全な効果を発揮せぬぞ」

「うう、ああうう。マ、マジか……」


 この状態のまま耐えろってたって無理だ。

 残りの液体を一気に傷口にかける。


「あああああああ! 痛ぇえええええ!」


 腕から白い煙があがってるう! これ、肉が溶けてるんじゃないのか。

 あれ?

 急に痛みが引いた。

 ポーションを使っても腕がまた生えてくるようなことはなかったが、右肩に張りもなく完全に傷が癒えたように思える。


「ポーションは傷を癒やす。じゃが、損傷個所は復活せぬ。エリクサーかスキルを使うことじゃな」

「エリクサーか……」


 そんなものは持っていない。

 ん?

 俺は誰と会話をしていたんだ?

 目の前には緑色のふわりとした髪をしたスレンダーな美女。白いローブを羽織っているが、こう上半身がエロい。

 彼女と目が合うと、眉をあげ口元だけに笑みを浮かべる。

 

「どうした? 失った腕を悔やみ、呆けておるのか?」


 両肩からクロスするように帯を巻いただけの上半身だから、しゃがむとローブの隙間から……いや、そんなことより!

 

「ミネルヴァが、ミネルヴァが喋ったああ!」

「うるさい奴じゃの。ここから動けぬ身ではあるが、喋ることくらいできるわ」


 確かゲームでは祭壇の間で英傑を選択した後、部屋を出るまでずっと英傑が表示されたままだったな……。

 だけど、無表情で立っているだけで、特にセリフが表示されることはなかった。

 ゲームと違い、英傑には人格があるのか。


「……そこから動けないの?」

「いかにも。我は祭壇と共に在る。お主が我を呼び出したのじゃろ。力を与えられたはずじゃ。行くがよい」

「やっぱり一人で行くしかないか……」


 恨めしそうに台座の上に浮かぶミネルヴァを見上げるが、表情一つ変えてくれない。

 踵を返し、一段、一段、階段を下り、あの憎き扉の前に立つ。

 

『ポーション(ランク5)』


 カード一覧からポーション(ランク5)カードを出現させ、小瓶を扉の前に都合四つ並べる。

 お次はっと。

 何度もゲーム画面で見た脳内メニューを動かし、自分の体を対象に「理の反転」をセット。

 これで準備は完了だ。

 

 ギギギギギ――。

 慎重に扉の片側だけを開き、外との境界線から髪の毛一つ出さぬよう様子を窺う。

 やはり外は大広間になっている。

 石畳の床に石造りの壁、天井は二十メートル以上はあるようだな。不思議なことと言えば、天井全体がぼんやりと光を放ち、大広間全体を照らしていることくらいか。

 

 広間の中央には八つ首の龍が。


『ヒュドラ』


 「鑑定」スキルがモンスターの表示名を教えてくれた。あいつはヒュドラってモンスターなのか。

 よくよく観察してみると、八つの頭は蛇に似る。胴体にも足が生えて無くて、蛇のように尻尾だけが伸びていた。

 それにしても巨体だ。胴体だけでも横幅七メートル以上、高さに至っては十五メートルほどもあるぞ。

 この大きさになると、ちょっとしたビルが動いているようなものだからな……。

 

「うお」


 首の一つが上を向いたかと思うと、こちらに向け口を大きく開く。

 次の瞬間、視界が真っ白に染まる!

 あれだ。あれが、さっき俺の腕を消し炭にしたのだ。

 

「問題ない……」


 さっきの痛みがフラッシュバックしてきたが、境界線の内側にいる俺は無傷。

 ゴクリと喉を鳴らし、地面に置いたままのポーション(ランク5)を一つ拾い上げる。

 

「ミネルヴァ。一つ聞くが。ヒュドラという名前に聞き覚えはあるか?」

「無い。兵の名前かの?」


 ポーションに目を落としたままミネルヴァに尋ねるが、彼女からは期待した答えが返ってこなかった。


「外に八つの頭を持つ蛇がいるんだよ」

「ほう。そいつは興味深い」


 今のやり取りで察したよ。

 祭壇の間やミネルヴァ、カード……などは英傑伝説をそのまま現実世界にしたような感じだった。

 だけど、外は別世界だ。

 ミネルヴァがもしかしたら何か知っていると思ったけど、彼女は英傑伝説の世界の人であり、外の世界の住人ではない。

 これ以上彼女に尋ねても外の世界のことは何も分からないだろう。

 

「迷っていても仕方ない。外でも英傑伝説のルールは適用されるはずだ!」


 右腕の肘から先、五センチほどを境界線から外に出す。

 来い!

 こちらの準備は整っている。

 

 ヒュドラの首のうち一つがこちらに向き、白い閃光――ブレスが放たれた。

 痛みは……無い。

 それどころか、右手の指先の感覚が戻ったぞ。

 すぐさま手を引き、自分の右腕の様子を確かめた。

 

「よっし。動く。動くぞ」


 戻った右手をグーパーさせ、左手で撫でる。


「見事じゃ。『理の反転』を使いこなしているようじゃの」


 ミネルヴァから称賛する声が俺の耳に届く。

 理の反転とは、ダメージを回復に、回復をダメージにひっくり返す効果を持つ。パッシブスキルで、対象を指定しオンオフを切り替えて使う。

 現在は俺の体にスキルをセットしているから、理の反転が発動するのは俺がダメージを受けるか回復した時である。

 腕が消し飛ぶ理を反転させ、腕が元に戻ったってわけだ。元から腕がないのに、戻るのは何故だ? と問われると仕様としか答えようがない。

 正直、元に戻るかどうかは半々と思っていたから、戻って幸運だった。

 

「ミネルヴァ。外の世界、供に見に行かないか?」

 

 元に戻ったばかりの右腕を彼女に向ける。

 服の袖の肘から先が無いことに苦笑しつつ、しっかりと彼女の顔を見あげた。


「我はここから動けぬ。この体にも実体はないのじゃ」

「分かっているさ。だけど、ここはゲームの中じゃあない。決められた操作以外のことだってできるんだぜ」


 祭壇の上まで戻り、ニヤリと口元をあげる。


「何をするつもりじゃ?」

「ミネルヴァ。正直に言う。俺は君の力を借りたい。大賢者としての君の知見を頼りたいんだ。一緒に来てくれないか」


 ミネルヴァの質問には応じず、彼女を誘う。

 そんな俺の態度に彼女は長い髪を揺らし、俺と同じように口元をついっとあげた。

 

「我を連れ出せるというのなら、連れ出すがよい。じゃが、我がお主にできることは助言だけだ。生憎、体が無くての。それでも良ければ好きにするがよい」

「ありがとう。万の味方を得た気分だよ。大賢者ミネルヴァ。俺と共に行こう」


 右手を差し出すと、彼女も自分の手を俺の手に重ねてくる。

 しかし、彼女の手は俺の手をすり抜けてしまった。

 俺とミネルヴァは顔を見合わせ苦笑し合う。

 

「大賢者ミネルヴァを『カード化』する」


 「カード化」スキルを発動すると、ミネルヴァは一枚のカードに転じた。

 「カード化」スキルは、敵兵の落としたドロップアイテムや自生している薬草、料理まで「無生物」をカード化し、収納するスキルだ。

 無生物には死んだ動物も含まれる。肉料理なんかもカード化できるってわけだな。ただし、人間や亜人の死骸はカード化できない。

 その辺の境界線があいまいだから、モンスターもカード化できないかも。

 

『大賢者ミネルヴァ』


 すぐにカードを取り出し、カードフォルダにセットする。

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