第15話 さらば青春の光

 彼女から名前を教えて貰えた。


 明日美 アスミだろう……多分……


 あの時聞けなかった名前を彼女が教えてくれた。


 たった独りの事務所で僕はお菓子の箱を両手にめちゃくちゃ浮かれた。


 そして事務机の角に太股をぶつけた。


「イデッ」内出血するんじゃないかと思うくらい、激突した。

「アハ、アハハ……」痛い、嬉しい、お菓子は明日に皆で食べよう。

 小さなメモ書きをポケットに仕舞う。

 太股はジンジン痛いが、嬉しい気持ちが上回る。

 お菓子を金庫に戻す。金庫のダイアルをグルリと回して、後はいつもの閉店作業。


 ヘルメットを持ちダウンジャケットを来て勝手口を出る……いつも通りSECOMのセキュリティを掛けてマスターキーを返す。


 誰もいない従業員駐車場で一人……

 ヘルメットを腕に引っ掻けたまま、冷えたバイクに跨がる……

 チョークを引いてセルボタンを押す……

 弱いアイドリングをスロットルで拾う……

 安定したらチョークを戻す……

 ヘルメットとグローブを着ける。


 その頃にはアイドリングは安定している。

 細い車体を振動させて、俺がスロットルを捻るのを待っている。


 晩飯を買いにコンビニに行こう。

 帰り道にある、サークルKに寄るんだ。


 ダウンジャケットのチャックを限界まで上げて走る。もう12月なのにまだバイクで走る。


 グローブを貫通してくる寒さで指先が痛い。

 防寒用のグローブは分厚くてバイク操作時に邪魔だからイヤなんだが、もう無理そうだ。


 夜間のコンビニに到着する。

 キーを抜いて、思わずグローブでエンジンを触る。

「暖かい……」思わず呟く。

 一頻り、エンジンを触り指の感覚を戻す。

 端から見たら、バイクのお腹をサスサスしている変態……

 まぁ、こんな冬にバイクで走っているんだから十分変態だ……


 指先の感覚が戻ったのを確認して、店内に入る。


『何、食お』自動ドアを通りながら思う。


 ……カップラーメンは一通り食べ尽くした様な気がする。


 ここは体を気遣ってサラダを食べよう……

 精神安定剤みたいなもんだが……

 いつもカップラーメンなんだから、こんな程度のサラダを食っても焼け石に水だよな。


 と思いつつも、海藻サラダと青じそドレッシングを買う。


 レジに持って行き、

「しゃーまーせ」と言う20代半ばの金髪に商品を渡す。

「480円っす」と最低限の言葉。

「500円でお願いします」と何故か敬語の俺。

「20円っす」と金髪。

「あーりあとあしたー」と金髪。


 店から出て、

 バイクのバッグに商品の上下も考えずに放り込む。

 ……どうせサラダだ、関係ない。


 片手で支えられそうな軽い車体をUターンしてグローブとヘルメットを着けて走り出す。


 深夜ゆえ、最低限のスロットル開度……ジェントルに走る。


 途中からエンジンを切り惰性でマンション駐車場に乗り込む。


 二階への階段を進む、カンカンカンと足音が響くのが嫌だ。サラダを持って静かに俺の部屋に辿り着く。


 鍵を開けて、照明を付ける。

 昨日観た惑星ソラリスのパッケージがテーブルに置かれている。


 なんとも言えないエンディングだった……

 現実に戻るべきなのか?

 ソラリスの海が創りだした世界に居るべきなのか?


 彼女との深夜の座談会はまるで、ソラリスの海が創り出した俺の望む世界だった。


 俺とぴったり会話が合う女性と話し合えるなんて……

 海藻サラダに青じそドレッシングをかけて食べる。

 味気ない食事が終わる。

 彼女との一緒に食事が出来ればな……そんな言葉も掛けれないままに彼女は帰っていった。

 そういえば、彼女のスクーター何だっただろう、黒い車体……2stだった……50cc。

「ビィーーーーーン」という音を奏でて走り去っていった。

 ちゃんと見ておけば良かった。目印になったのにと思うが、後から『俺はストーカーかよ』と思い頭を振る。

 会えたら、必ず俺から話す……

 20代半ばになって『待ちガイル』なんて駄目に決まってる。

 ……

 既に昨日の朝、一度声を掛ける機会を無駄にしたんだ……次は絶対に……話す。

 断られたら……それでも良い……話さなきゃ何も始まらない。


 ーーーーーーー

「マーちゃん、俺達もう終わっちゃったのかぁ?」


「バカヤロー、まだ始まっちゃいねぇよ」


 映画『キッズリターン』より

 ーーーーーーー


 有名な台詞だ……

 どうしようもない絶望の中での主人公二人の台詞……

 青春の1ページと言えば聞こえは良いが、社会の底辺に落ちて行く可能性を孕んだ二人。

 俺は彼等の会話を好意的に受け取れなかった。


『もう終わってるよ』心の中で思う。


 だが、同時にこうも思う。


『だからって……最低だからって……終わりはない……それでも人生は続く、自分で自身の人生を終わらせない限り、辛い人生は続く……『まだ始まっちゃいない』……その通りだ、栄光への道が有る訳じゃない……あの最下層から今更、子供の頃の夢と希望が叶う訳もない、違う、ただ続くんだ……その日暮らしの人生が……』


 俺は音楽も、物書きも、結局一生懸命したつもりでも、何も大成しなかった……

 今や半人前で、レンタル店の店長……

 望まない人生だが、それでも時間を磨り潰して一度きりの人生は続く。


 それは正に昔観た『さらば青春の光』のどうしよもないモッズの主人公……ケンカとクスリに明け暮れ……とは言え、腕っぷしが強いわけでもなく、多量にミラーを付けたランブレッタのスクーターとスーツで威勢良く見せているだけのジャンキー。

 自分のHEROが実はホテルのベルボーイだった時の失望……だが、そんなのは主人公の勝手な思い込みだ。

 社会は、幼い若者の英雄など容易に呑み込んで、歯車として磨り潰して行く。

 そんなに甘いもんじゃない。

 specialな才能を持った人間、大人の世界で英雄に成れる人間なんて正に一握りだ!って事をまざまざと俺に突き付けた。


 俺はその他大勢。

 皆のHEROに成れないなら、せめて俺のレンタル店で従業員の皆に役に立つ、慕われる人間に成りたい。

 人は何時でも誰かに必要とされたい。

 少なくとも俺は誰かの役に立っていると思いたい。

 出来れば彼女の役に立ちたい。


 夜は静かに進む……時間は一方向にしか進まない……タイムマシンが無い限り……どうせまた朝が来る。


 もう20才を過ぎて、そんなに悲観的に成る訳がない。

 今のポジションにも満足までは行かないけど、納得はしてる。

 従業員の為に頑張っている自負もある。


 取り敢えず風呂に入り寝て、明日は『グッドウィルハンティング』が全てレンタルされる事を祈ろう。

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